Yahoo!ニュース

福島県産のお米の「全量全袋検査」はもう止めるべきではないか!?

佐藤達夫食生活ジャーナリスト
(ペイレスイメージズ/アフロ)

■お米の全量全袋検査は「例外中の例外」

 東北大震災(東北地方太平洋沖地震)そして原発事故(福島第一原子力発電所事故)から6年半以上が経過した。地震、津波、原発事故の傷跡は未だに癒えていないし、復興も遅々として進まない。人も土地も産業もそして食べ物も元通りにはなっていない。

 福島県は、震災前は、日本で有数の農産物(畜産物、海産物)産地であった。震災直後は壊滅的な状態に落ち込んだが、その後、徐々に生産量が増え、とりわけ米については平成28年産米の収穫量は全国第4位にまで回復している。味についても、一般的な指標とされている日本穀物検定協会の、「平成28年度産米の食味ランキング」で、福島産の米は最もおいしい「特A」を3品種が獲得している。これは新潟県に次いで全国第2位だ。

 そこで消費者が気になるのは「安全性」である。もちろん、原発事故による「放射能汚染」の懸念だ。事故の直後は放射性物質で汚染された米もあったし、まったく汚染されてはいなかったが福島産であるという理由だけで「放射能汚染米」という風評被害に悩まされた米もあった。

 現在、福島県では、県産米の「全量全袋検査」を実施している。福島県で生産された米の全袋(販売する米だけではなく、農家が自分たちで食べる米も含む)について放射線量を計測しているのだ。

 念のために書き添えておくと、現在、日本で生産される農産物については(日本に限らずほぼ全世界的に同じ)様々な検査が実施されている。その主たる対象は放射線検査というよりも残留農薬検査である場合が多い。ただし、そのすべて(といっていいだろう)が「全量検査」ではなく、サンプリング検査(いわゆる抜き取り検査。モニタリング検査ともいう)である。「全体の何パーセントを検査すれば有効か」という統計学的な数値を根拠に抜き取り検査をする。これは「当然といえば当然な方法」で、検査の中には対象物(野菜等)を完全に破壊しなければ実施できない方法もあるので、全量検査をしてしまうと食べるものがなくなってしまう。

 福島県産米の全量全袋検査は、やむにやまれぬ「例外中の例外」といえるのだが、この検査用に特別に開発した機器で計測する「非破壊検査」なので、もちろん「食べる米がなくなる」などということはない。

■食品は「検査をするから安全」なのではない!

 例外中の例外である福島県産米の全量全袋検査だが、検査をする側(福島の生産者)の負担は膨大だ。金銭的な負担(検査にかかる費用)は、2012年が約85億円、その後は年間約60億円と計算されている。そのうちの約50億円は東京電力と国からの補償でまかなっているが、それもこの先永久的に続くわけではない。

 2012年が多いのは(ランニングコストだけではなく)検査機器の導入に多額の費用を要したからだ。そろそろ、その機器類の取り替え時期にさしかかっているので、ここ2~3年のうちに2012年と同様の費用がかかるようになるだろうと心配されている。

 このところ福島県は、消費者や報道関係者など、様々な人たちを対象に「福島県産米の全量全袋検査の取り組み」についての説明会・意見交換会を頻繁に行なっている。「検査の結果、福島県産の安全性は確認できているので、これからどうすべきかをいっしょに考えたい」ということのようだ。ホンネは「全量全袋検査は大変なので、そろそろサンプリング検査に切り替えたい」ということなのだろうが、それはおくびにも出さない。

 2017年9月29日にも、福島県・食生活ジャーナリストの会・フードコミュニケーションコンパスの共催で、意見交換会を開催したのだが【※1】、福島県の担当者は「私たちは『切り替えたい』ということは一度もいったことはないので、誤解しないでいただきたい」ということを何度も繰り返し述べた。確かにその言葉は使わなかった(当日取材した私には「いったも同然」と聞こえたが・・・・)。

 ここで、もう1つ肝心なことを確認しておきたい。福島県産米だけに限らないのだが、食品は「検査することによって安全になる」わけではないということだ。食品の安全性は、「その食品を安全にする生産システムが構築され、それを確実に実行する」ことによって保証される。検査は、その「食品を安全に生産するシステム」がきちんと機能しているかどうかを確認するために行なわれるにすぎない。

 たとえば福島県産米の場合、水田の土壌洗浄や、水稲が放射性セシウムを吸収しないようにカリウムを水田に施術するなど、「安全な米を生産するシステム」を徹底して行なっている【※2】。その安全生産システムが機能しているかどうかを「検査」で確認しているのだ。なので、その検査は本来ならサンプリング検査で事足りる。しかし、福島県では、「それでは安心できない」という消費者の声に応えるべく、やむなく(?)「全量全袋検査」に踏み切ったのだ。

 そしてその検査結果は福島県のホームページに詳細に公表されてある【※3】。これを見ればわかるとおり、福島県産の米の放射線汚染のレベルは、「食べた人の健康を損なわないレベル以下」に充分にコントロールされてある。一言でいえば「安全」である。

 私は、福島県産米の「全量全袋検査」はすぐにでも取りやめて、サンプリング検査(抜き取り検査)に切り替えるべきだと考える。そして現実的には、この時点でサンプリング検査に切り替えてもそれほど大きな混乱は起こらないだろうと推測する(この先どれだけ時間をかけて説明しても反対者がゼロになることはあり得ない)。

■生産者の苦労と食品の安全性は関係がない

 さてここで、9月29日東京都内で開催された「福島県産米の全量全袋検査、今後の方向性について意見を交わす会」【※1】に話を戻す。私は、いま書いたように、福島県産米の放射線検査はサンプリング検査にすべきだと考えている。しかし、この意見交換会を取材していて、少なからぬ違和感を抱いた。

 主催者挨拶に続いて、福島県水田畑作課の担当者が「これまでの全量全袋検査の概要」を約45分ほど解説した。説明は上手で当を得ていたのだが、持ち時間の半分(約20分)ほどを「米の全量全袋検査がいかに大変か」に費やした。

 私もこの検査を現地取材したことがあるので、どれほど大変であるかは推察できる。しかしこれは、このタイミング(全量全袋検査を見直すかどうかについて議論を始めたい時期)で、しかも(一般市民ではなく)報道関係者を相手にした意見交換会で、長々と時間を割いて説明すべき内容であろうか。まるで「大変だから止めたい」ということを報道してほしいかのように受け取られる可能性がある。この解説の中で最も多く使われたのが「大変」という言葉であったことに、私は失望した。

 食品は大変な思いをして生産したり検査をしたりすれば安全にできるわけではない。いくら大変な思いをしても安全でないこともあるし、まったく大変な思いをしなくても安全な食品ができることもある。大変さと安全性は関係がない。

 福島県の関係者は、今までも福島県産の食べ物の安全性を(主として)都会の消費者に理解してもらおうとして、何度も何度も説明会やリスクコミニュケーションを開催してきたであろう。私は関係者から「いくら詳細なデータを示して安全性を科学的に説明しても、消費者の人たちにはなかなか理解してもらえない。どちらかといえば非科学的な安心情報に左右される人たちが多い。消費者がもう少し冷静に、科学的な情報を元に判断してくれるとありがたいのですが・・・・」という悩み(?)をたびたび聞かされてきた。

 その張本人(福島県関係者)が、たとえば「苦労のしすぎで髪の毛が薄くなった人もいます」とか「胃の手術をした人もいます」などという非科学的情報を提供して理解してもらおうというのは(笑いを誘った発言であることは認めるが)理解に苦しむ。

 さらに、これまで(今でも)福島県関係者は「福島県産米は全量全袋検査をしているから安全です」(太字筆者)といい続けてきた。つまり消費者は耳にたこができるほど「検査をしたから安全だ」といわれ続けている。「検査をしたから安全」だということは、逆にいえば「検査をしなければ安全は確認できない」ということになる(消費者は長い間そのように思い込まされてきた、ともいえる)。

 なのに、ここへきて急に「全量全袋検査をしないというのはどうでしょうか」と聞かれて、「はいわかりました、検査をしなくても安全ですね」とスンナリ受け入れる消費者は少なかろう。自分たちのまいたタネは自分たちでに刈り取るしかない。

 「福島県産米の生産に当たっては安全対策はこれまで以上にきちんと行なうし、数年にわたる全量全袋検査で安全性は確認されてある。なので膨大なエネルギー(経費・時間・人材)を投入せざるを得ない検査ではなくサンプリング検査に切り替えることを検討することに関してご意見を伺いたい」ということをていねいに、根気よく訴えるしかないであろう。

【※1】

http://www.foocom.net/column/editor/16434/

【※2】

http://www.jrsm.jp/shinsai/1-3_Yoshioka.pdf

【※3】 https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/36035b/zenryouzenhukurokensa-kensakekka.html  

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

佐藤達夫の最近の記事