Yahoo!ニュース

果物をたくさん食べることで脳卒中や心筋梗塞を予防できるのか!?

佐藤達夫食生活ジャーナリスト
(写真:アフロ)

■食塩-高血圧-動脈硬化-脳卒中・心筋梗塞という連鎖

 健康を害する生活習慣として最も影響が大きいのは「喫煙」だということはよく知られているが、2番目にくるのが「食塩の過剰摂取」であることを知る人は少ないかもしれない。

 食塩(中のNa=ナトリウム)を過剰に摂取すると、多くの人では血圧が上昇する。高血圧の状態が長く続くと、動脈硬化が進行し、脳卒中や心筋梗塞などの「致命的な疾患」に至るリスクが極めて高くなる。そのため、食塩の取り過ぎに気をつけている人は多いはず。

 しかし、このこと(食塩を取り過ぎないようにすること)は、長年いわれ続けているにもかかわらず、とりわけ日本では、なかなか実現しない。日本人の食事には、食塩以外にも、みそ・しょうゆなどの調味料や漬物・干物といった「食塩の過剰摂取」につながる食品が欠かせないからだ。そして、これらの食品を極端に減らすと、食事が味気なくなり(とりわけ中高年者では)食欲そのものが低下してしまい、栄養不足に陥るリスクも生ずる。

 そこで「次の手」として研究されているのがカリウム(K:ミネラルの1種)の積極的な摂取である。高血圧への悪影響は食塩中のナトリウム(Na)によるものが大きいので、食事中のナトリウムを減らすことが重要なのだが、それだけではなくナトリウムとカリウムの摂取比率(NK比という)も、血圧上昇に大きな影響を与えることがわかってきた。

 NK比は[Naの摂取量÷Kの摂取量]で求められる。この値が小さいほど血圧は上昇しにくいことがわかっている。つまり、Naの摂取量を減らせないのであれば、Kの摂取量を増やせばいいことになる。逆に、たとえNaの摂取量が少なくなっても、Kの摂取量も減ってしまっては、血圧は上昇しやすくなるようだ。

■食塩を減らせなければカリウムを増やそう

 カリウムというのはあまりなじみのないミネラルだが、摂取量を増やすためにはどうすればいいのだろうか。もし、カリウムを多く含む食品を知りたい人がいたら『日本食品標準成分表』を見てほしいのだが、一言でいうと「野菜と果物をたくさん食べる」となろうか。肉や魚にもカリウムはけっこう含まれているのだが、これらにはナトリウムも多いのでNK比がなかなか低くなりにくい。

 ただし「野菜と果物の摂取量を増やす」ことはとっても難しい! 厚生労働者や栄養関係者が何年も前から口を酸っぱくして「一日に野菜を350g以上食べましょう」と言い続けているのだが、いっこうに達成できない。日本人の平均で約280g前後を行き来しているのが現状。この「野菜一日350g」をクリアしようとすると、生野菜ではなく加熱野菜を食べることが必要になるのだが、カリウムというミネラルは洗ったり煮炊きしたりすると流出してしまうので、摂取量を増やすことがさらに難しくなる。

 もっとも簡単な方法は果物を食べること。これもなかなか普及しないのは主として経済的理由だと推測される。何を基準にするかの判断は難しいところだが、果物はやはり高い。もう一つの理由は「果物は太る」という誤解だろうか。たしかに、果物は野菜に比べるとカロリーが高いし、近年はさらに甘くなってきているので少しずつ高カロリーになりつつあるのはたしかだ。しかし、果物のカロリーは脂肪の多い食事や菓子類やアルコール類に比べれば、はるかに低い。果物の食べ過ぎ(だけ)で肥満している人は少なかろう。

 また、ナトリウムの摂取量を増やさずにカリウムを増やす方法として牛乳とヨーグルトの摂取がある(チーズはナトリウムが多い)。しかし、きわめて簡単な方法であるにもかかわらず、なぜか、これもなかなか実現しない。

■NK比を低減する調味料とその加工食品

 高血圧症そしてそれを原因とする動脈硬化を予防する生活習慣としては、禁煙・運動不足の解消・適正体重の維持があり、食習慣の改善としては、食塩摂取量の低減とカリウム摂取量の増加がある。具体的には野菜料理を増やすことと、果物と牛乳をより多く食べること、となる。しかし、いずれも「言うは易く行うは難し」の代表のようなものであることを述べてきた。

 これ以外にNK比を小さくする方法はないのだろうか? 管理栄養士や医師や食品関係者たちがチャレンジしているのが「調味料の改善」と「それを応用した加工食品の改善」である。日本人は食塩・みそ・しょうゆから、そして漬物・干物・汁物・パン・水産練り製品(かまぼこなど)・畜産加工品(ソーセージなど)から、多くのナトリウムを摂取している。これらでナトリウム摂取の約6割を摂取しているという報告もある。

 基本的には食塩(Nacl)中のナトリウム(Na)をカリウム(K)に置き換えた食塩(ナト・カリ塩)を作ること。これはすでにでき上がっているし、食塩だけではなく、みそとしょうゆもできている。

 今は同様の技術を用いて、めんつゆやかまぼこやパンや塩鮭なども作っている。主として、塩分摂取量が多い岩手県で試作や味覚テストなどを行なっている。現時点では「食塩中のNaの20%~30%をKに置換しても味覚は変わらない」という結果が得られているようだ。ただし、NK比が低いほどいいということから(調子に乗って?)40%を超えて置換してしまうと、味覚に明らかな変化が生ずる。食品企業の多くは、ここで失敗するらしい。まさに「過ぎたるは及ばざるがごとし」になる。

■「楽して血圧が下がる」食品は両刃の剣

 この「ナト・カリ食」のよいところは、「自分では何も意識しなくてもこれらを食べてさえいればNK比が下がる」という点にある。味も変わらないし、食習慣を変えるという努力も不要だ。「ナト・カリ食」の関係者は「NK比を下げることは個人努力だけでは限界がある。社会環境を変えなければならない」と考えて、この活動を始めたという。

 実際に、岩手県矢巾町で行なわれているプロジェクトでは、「ナト・カリ食」の実践によって「塩味を我慢しない食事をしながらも、尿中のNK比の低下」が確かめられている。とりわけ「NK比が高い人ほど、NK比の改善効果が大きい」という結果も得られた。つまり食塩摂取量が多い人ほど効果が出やすいことが期待できる。

 よいことだらけのようだが(ここからは筆者の個人的見解だが)、この「個人が意識や努力をしなくても、新しい食品を用いることによって栄養素の摂取量が改善できる」という手法は、両刃の剣である。たしかに、これによって多くの人が高血圧症やそれに起因する動脈硬化を予防できるかもしれない。しかし、同時にそれは「個人の生活習慣の改善にはつながらない」というリスクも持ち合わせてある。

 現在、世の中に氾濫している「いわゆる健康食品」の多くは、そこからスタートしたはず。出発時は善意であっても、大きな利害が絡んでくると、悪意に満ちた人や組織や行為が出現するのは歴史が証明している。「楽して動脈硬化を予防できます!」というサプリメントが登場して、科学的成果を根こそぎ壊してしまうことにならないような、周到な準備と戦略が必要とされているといえるだろう。

(この記事は、2017年8月5日、さいたま市で開催された「ナト・カリ食ワークショップ」の内容を元に執筆した)

 

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

佐藤達夫の最近の記事