Yahoo!ニュース

「食品を購入する際の合理的判断」って、なに?

佐藤達夫食生活ジャーナリスト
(写真:アフロ)

■消費者の間で微妙な、しかし決定的な、意見の食い違い

ほぼ2ヶ月前のこの「日記」で「加工食品の原料原産地表示に関する検討会」についてご報告した(下記)。3月1日には同検討会の第2回が開催された。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/satotatsuo/20160206-00054170/

2回目は、はじめに過去の検討会における論点・課題を整理し、その後、委員からの「意見開陳」(いわゆるヒアリング)を行なった。まず消費者サイドの委員3人が意見を述べ、続いて生産者サイドの3人が意見を述べた。

全国地域婦人団体連絡協議会の夏目智子氏は、この検討会は表示の拡大を前提とした会議なので、確実にその方向で検討してほしいと要望した。そのために、「製品の原材料に占める割合が50パーセント以上の材料」となっている表示の条件を取り払うべき等、消費者の知る権利をしっかりと守ってほしいと要望。

公益社団法人全国消費生活相談員協会の永田裕子氏も、合理的な食品の選択の機会を確保するという観点から、現在の原産地表示は不十分だという考え方を示した。たとえば「原料の品質の差異が、加工食品として品質に大きく反映されている品目」という条件を除外するなどして、表示されない品目を少なくしてほしいと要望。また、「輸入品」と表示する場合は、ホームページ等で原産地の詳細を確認できる等、メディアの総合的な利用も訴えた。

一方、食のコミュニケーション円卓会議の市川まり子氏は、同じく消費者サイドの委員ではあるが、前出の二人とは異なる考え方を示した。食品に表示するのはあくまでも「品質事項」に限るべきであり、安全性等の問題と関連づけるべきではない。原料原産地表示の無理な拡大は、それが価格に反映される等の消費者不利益にもつながりかねないため、実施にあたっては根拠に基づいた説明が必要になる、という考え方を示した。

次は生産者サイドから全国農業共同組合中央会(JA全中)の金井健氏。実は、実際に生産者サイドの意見を聞くまでは、「消費者は表示の拡大を希望するが、生産者は(大変なので)それを望まない」のだとばかり、私は思っていた。しかし、意見開陳を聞いてみると、必ずしもそうではないことがわかった。

金井氏は、表示基準の見直しを行なって原料原産地表示義務の拡大を実現することを提案した。さらには、国産農畜産物に信頼を寄せる消費者の選択に資するよう、外食・インストア加工においても、原料原産地などの情報開示を徹底することをも提案した。すでにJAグループでは、原料原産地が輸入品であることや中国産品である場合にも、自主的に表示を行なっている例を示し、「これが価格に反映させずに可能となる」ことも加えた。

全国漁業協同組合連合会(JF)の長屋信博氏は、水産物とりわけ巻き寿司やおにぎりに使用されるのりについて、原料原産地の表示義務化が必要であると提案した。のりは(軽いので)使用される原料の重量割合が低いため表示義務がないが、消費者の要望が大きいということを根拠にしている。

日本園芸農業協同組合連合会の鈴木忠氏は、フルーツジュースの原料は約9割が輸入であり、原産地は季節や天候や価格によってつねに変動するため、対応が難しいと述べた。ただし、消費者が食品を購入する際の合理的判断に資するという見地から、原料原産地の表示を拡大することは大原則なので、どのようにすればそれができるのか、実行可能な方法を検討してほしいと提案した。

(※)

■「合理的判断」の基準の中に「安心」は含まれるのか?

一般的に、消費者と生産者の利害関係はあまり合致しないことが多い。消費者はいい食品をできるだけ安価で提供してほしいと希望するし、生産者はいい食品を作るので可能な限り高い値段で購入してほしいと望むからだ。しかし、ときには、消費者と生産者の意見が似かようこともあり、このケースがそれにあたるだろうか。

消費者(の全部ではないが)は加工食品の原料原産地を知って安心したくて、表示を義務づけることを求める。生産者(の全部ではないが)は国産材料を使用していることを知らしめて安心してもらうために、原料原産地表示を義務づけることを求める。利害関係が見事に一致するというわけだ。

ここで確認しておかなければならないことは、この利害関係の一致は「国産品なら安心できて輸入品は安心できない」という大前提に立脚している点である。以前にも書いたので、くどくなるかもしれないが「国産品は安心であるかもしれないが安全であるわけではない。そして、輸入品には不安が伴うかもしれないが安全でないわけではない」ことを、消費者は冷静に受け止めなくてはならない。

生産者は、まるで「外国産の原料は安全ではない」かのごとく消費者を誘導して、自分たちの(国内産の)商品の売り上げ増加をはかるようなことをすべきではないだろう。正しくない情報による市場操作は、消費者の判断力を低下させ、いずれは国内産商品に対する誤解をも生ずるようになるだろう。

今年に入って2回開催された「加工食品の原料原産地表示に関する検討会」を傍聴して、素朴な疑問を1つ抱いた。検討会の冒頭に行なわれた事務局の確認事項の論点1・原料原産地表示の目的の中に「消費者が食品を購入する際の合理的判断に資するために」という文言がある。この「合理的判断」とはどういうものなのかがイマイチ明確ではない点だ。

この検討会では、たびたび「食品を購入する際の合理的判断に資するため」という発言が登場する。この会議の大前提となっている考え方である。にもかかわらずその内容があいまいすぎると私には思える。大前提の中に不確定要素が含まれていると、モノゴトは進まない。

たとえば、合理的判断の基準の中に安心という概念は入っているのだろうか?安全であれば、一本に絞り込むことはできなくても、科学的に検証して、ある程度客観的な基準を定めることが可能だ。しかし安心のほうはそうはいかない。たとえば中国産の原料に関して「中国産というだけで安心できない」という人もあれば「科学的に根拠が示されれば安心できる」という人もある。どちらを選択するかという議論に際しては、いずれの人も「合理的判断に資する」という文言を用いるだろう。

これでは結論が出るはずがない。現時点でこの検討会では、この「合理的判断に資する」は大前提として存在しており、その中身の検討が行われる気配はない。この点をつまびらかにしないと、多くの無駄な時間を費やすことになるだろう。

※:この検討会の議事録は、農林水産省のホームページに掲載されるので、詳細はそちらをご覧ください。

- 1-

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

佐藤達夫の最近の記事