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ゼレンスキー大統領 イスラエルにアイアンドーム提供を依頼:ホロコーストの例えに複雑な感情のユダヤ社会

佐藤仁学術研究員・著述家
イスラエルの国会でビデオ演説するゼレンスキー大統領(写真:ロイター/アフロ)

ロシア軍がウクライナに侵攻してから約1か月が経とうとしている。ウクライナのゼレンスキー大統領が2022年3月20日にイスラエルの国会でビデオ演説を行い、イスラエルに支援を求めた。

ゼレンスキー大統領はビデオ演説の中で「あなた方イスラエルのミサイル防衛システムは世界で一番強いことを誰もが知っています。イスラエルの皆さんは必ずウクライナの人々と、ウクライナに住んでいるユダヤ人の命を救うことができます」と訴えていた。ゼレンスキー大統領が述べていたミサイル防衛システムとは「アイアンドーム」や「レーザーウォール」のこと。

イスラエル軍には「アイアンドーム」と呼ばれるミサイル迎撃システムがあり、2021年5月10日から約3000発のハマスからのロケット弾や攻撃ドローンの9割を迎撃し、実戦においても精度の高さを見せつけていた。アイアンドームは地上にいる人たちや建物への攻撃を回避させダメージを最小化させることが目的。アイアンドームは上空のロケット弾やドローンをレーダーが察知すると、地上からミサイルが発射されて、地上の標的が攻撃されて大惨事になる前に、敵のロケット弾や攻撃ドローンを上空で爆破することができる。

またイスラエルでは上空からの攻撃ドローンやロケット弾にレーザーを使用して防衛する防空システム「レーザーウォール(Laser Wall)」の試験運用も開始している。2021年に実証実験も行い、1キロメートル先の上空の攻撃ドローンを100%確実に撃墜したとのこと。現在は1キロ先の上空のドローンを撃墜できるが、イスラエル軍は将来には100キロワットのレーザーで20キロ先の上空の攻撃ドローンも撃墜することができるようにする。レーザーウォールはアイアンドームよりも低コストで開発、運用ができる。ロシア軍による上空からの大量の軍事ドローンによる攻撃を受けているウクライナとしてはドローン防衛システムは必須であり急務だ。イスラエルは具体的な提供や支援については言及はしていない。

ロシア軍のウクライナ侵攻をホロコーストに例えたゼレンスキー大統領に複雑な感情のユダヤ人

今回のゼレンスキー大統領がイスラエルの国会でのビデオ演説で、ロシア軍の侵攻をナチスドイツがユダヤ人を大量虐殺したホロコーストになぞらえて「ロシアは、ウクライナへの侵攻をナチスドイツがユダヤ人絶滅の際に使った『最終的解決(Final Solution)』という言葉を使用している」と訴えていた。ゼレンスキー大統領自身がユダヤ人で、祖父がホロコースト生存者である。だが、このゼレンスキー大統領の演説で、ロシア軍のウクライナ侵攻をホロコーストになぞらえていることに対しては、多くのイスラエルの国会議員や市民が異を唱えている。彼らにはとっては、ホロコーストとはナチスドイツによって約600万人のユダヤ人が殺戮された事件のみであって、他の事件と比較すべきではないというのがイスラエルのユダヤ人の主張である。

ホロコーストは「the Holocaust」(theがついて大文字のHから始まる)と表記されて、ユダヤ人がナチスドイツによって虐殺されたホロコースト以外にはない「世界に唯一のもの」という意識が強いので、ロシア軍のウクライナ侵攻をホロコーストに例えることに複雑な感情を持つユダヤ人は非常に多い。

ゼレンスキー大統領はウクライナ生まれのユダヤ人で祖父がホロコースト生存者だから、ゼレンスキー大統領に対しては同情的なイスラエルのユダヤ人も多い。だがホロコーストの時代のウクライナでは、多くのユダヤ人がナチスに雇われた地元のウクライナ人に密告され、殺害された。ナチスは誰がウクライナ人で、誰がユダヤ人か区別がつかなかったので、地元警察がユダヤ人の捜索と検挙を徹底的に行った。ナチスと一緒に検挙するだけでなく、地元警察はユダヤ人を射殺して穴に落としていた。そしてウクライナやロシアではユダヤ人はホロコースト以前から長い間、差別迫害され続けてきた。飢餓やポグロムと呼ばれるユダヤ人襲撃で、ウクライナやロシアで生活できなくなりアメリカやイスラエルに移住してきたユダヤ人も多い。このように家族や親せき、友人をナチスドイツだけでなく歴史的にウクライナ人やロシア人に殺害されたユダヤ人もとても多い。

そしてイスラエルがアイアンドームのような優れた防衛システムの開発を積極的に行い国防を強化している背景には「二度とホロコーストを繰り返させない」、「ユダヤ人が二度と大量虐殺のターゲットにされない」というイスラエルのユダヤ人社会の強い意思がある。

▼アイアンドームでの迎撃の仕組みを解説している動画

▼パレスチナからの上空からの攻撃を撃退するアイアンドーム

写真:ロイター/アフロ

▼アイアンドーム

写真:ロイター/アフロ

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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