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東京五輪で再燃してしまった反ユダヤ主義とホロコースト否定にNetflixが作品紹介して抵抗をアピール

佐藤仁学術研究員・著述家
フランスのユダヤ人墓地でナチスのシンボルのカギ十字が落書き(写真:ロイター/アフロ)

世界的に広がる反ユダヤ主義とホロコースト否定論

映画監督のスティーヴン・スピルバーグ氏が1998年に製作した映画「The Last Days」(日本語タイトル「最後の日々: 生存者が語るホロコースト」)がNetflixで配信されている。ユダヤ系アメリカ人でもあるスピルバーグ氏は1993年に「シンドラーのリスト」というホロコースト時代にユダヤ人を救ったドイツ人の物語を映画化。「The Last Days」はハンガリーのユダヤ人のホロコースト生存者らの物語を映画化して1998年に公開された。映画では1981年から2008年までカリフォルニア州選出の下院議員を務めたハンガリー出身のホロコースト生存者のトム・ラントス氏らも登場している。

第二次世界大戦時にナチスドイツが約600万人のユダヤ人を殺害した、いわゆるホロコースト。欧米や中東諸国では現在でも反ユダヤ主義が根強く、ユダヤ人の差別は現在でもなくなっていない。また「ホロコーストはなかった」「ホロコーストはユダヤ人のでっち上げだ」といったホロコースト否定論を主張する人も多い。

そして東京五輪の関係者が過去にホロコーストを揶揄していたことで解任された。だが、反ユダヤ主義者やホロコースト否定論者は、あのようなパフォーマンスを支持している。東京五輪関係者が過去にホロコーストを揶揄していたことに対して、サイモン・ウィーゼンタール・センターが7月21日に抗議文を発表したことから世界中で報道されていた。ホワイトハウスでの記者会見でもジェン・サキ報道官が「解任は正しい判断です。小林氏の当時のコメントは攻撃的で全く同意できません。(ホロコーストを過去に揶揄したことは許されませんが、それによって)バイデン大統領夫人の五輪開会式参加を取りやめることはありません」と見解を発表していた。

日本では馴染みのないテーマだが、欧米ではホロコースト教育が現在でも行われており、ホロコーストの歴史を学んでいる。欧州の学生はポーランドやドイツの強制収容所に社会科見学で行っている。またホロコーストの生存者を学校に呼んで、当時の経験や記憶を語ってもらって、クラスで議論をしたりレポートを書いている。そのためホロコーストを揶揄することは絶対にやっていけないことだという意識がある。またドイツではナチス犯罪に時効はないため、戦後70年以上経った現在でも90歳台の当時のナチス親衛隊や収容所の看守らが裁判にかけられて有罪判決をうけている。

20年以上前のことで、日本人のやったことだから許されるという意識は欧米では全くない。「戦後70年以上が経過しているのでもうホロコーストのことなんていいだろう」という感覚がホロコーストを風化させてしまい、またホロコーストのような民族抹殺が再び行われることを欧米では懸念している。現在でも欧米ではユダヤ人だけでなく、アフリカ系、ヒスパニック系、ムスリム、そしてコロナ以降はアジア系が差別されている。ホロコースト教育のクラスでは当時のホロコーストの歴史だけでなく、ホロコーストと同じような民族抹殺の悲劇が別の人種でも再び起こらないようにと教育している。そのため世界中で多くの人が、過去にホロコーストを揶揄していた関係者の解任は当然のことだととらえていた。

だが、反ユダヤ主義者やホロコースト否定論者は、今回の解任の報道をうけて「ホロコーストなんてなかったのだから、解任はおかしい」と発言したり「ユダヤが世界を支配している」といった陰謀論を持ち出してくるなど、東京五輪の関係者が解任されてから、反ユダヤ主義やホロコースト否定論がネットでも多く投稿されている。

「人類の歴史で起きた出来事を決して忘れてはいけません」

このように世界的に反ユダヤ主義やホロコースト否定の風潮が出てきていることに対して、7月27日にNetflixはツイッターで配信しているホロコースト生存者の記録の映画「The Last Days」の紹介をしていた。

Netflixは「私たちは一致団結して、どのような形態であれ、反ユダヤ主義に対しては反対していきます。ヘイトスピーチやホロコースト否定などが増加していることを懸念しています。私たちは人類の歴史で起きた出来事を決して忘れてはいけません」とツイッターに投稿して作品を紹介していた。

▼Netflixがツイッターで「The Last Days」を紹介しながら反ユダヤ主義に反対していることをアピール

ユダヤ団体も呼応「大手メディアの果たす役割は重要です」

Netflixが反ユダヤ主義やホロコースト否定と闘っていくことを表明して、映画「The Last Days」を紹介する投稿に対して、反ユダヤ主義と闘う団体のCombat Antisemitism Movementは「世界規模で拡大している反ユダヤ主義とホロコースト否定に対して強く闘う姿勢を示してくれてありがとうございます!他のメディアも民族憎悪や偏見と闘うために立ち上がってくれることを期待しています」とツイッターでコメントしていた。

また欧州ユダヤ人評議会も、Netflixの投稿に対して「反ユダヤ主義に対抗してくれる姿勢を見せてくれてありがとうございます!反ユダヤ主義やホロコースト否定といった民族憎悪と偏見と闘っていくために大手メディアの果たす役割は重要です」とツイッターで呼応していた。

東京五輪での過去のホロコーストを揶揄していた関係者解任をうけて世界中で反ユダヤ主義の投稿が増えていることから、反ユダヤ主義と闘う団体のCampaign Against Antisemitismもツイッターで「ネット上で反ユダヤ主義の投稿を見たことありますか?」とアンケートを実施していた。

▼Netflixの投稿に対して呼応するCombat Antisemitism Movement

▼Netflixの投稿に対して呼応する欧州ユダヤ人評議会とCampaign Against Antisemitismの「ネット上で反ユダヤ主義を見たことありますか?」のアンケート投稿

進むホロコーストの記憶のデジタル化

映画「The Last Days」や「シンドラーのリスト」といったホロコースト映画の監督を務めたスピルバーグ氏はユダヤ人だが、アメリカに生まれたため、彼自身はホロコーストを経験していない。そして1994年に設立された南カリフォルニア大学ショア財団研究所(USC Shoah Foundation)はスピルバーグ氏の多額の寄付によって設立された。ショア財団では、20年以上にわたって、ホロコーストに関するあらゆるデータや生存者の証言を集めてデジタル化して保存したり、録画した証言をYouTubeで全世界に配信したりしている。ショア財団には世界中のホロコースト生存者らの証言集があり、その証言者のほとんどが他界している。

ホロコースト経験者のうちの生存者もかなりの高齢化が進み、記憶が曖昧になってきている。当時の記憶が残っている世代はもはや80代後半だ。それでも、ショア財団では現在でも残っている生存者らに、当時の経験を語ってもらい、彼らの記憶をデジタル化し後世に残していこうとしている。映画「The Last Days」に登場しているホロコースト生存者のトム・ラントス元下院議員も2008年に他界している。映画「The Last Days」もショア財団が製作に協力しており、記憶のデジタル化に貢献している貴重な作品の1つ。

そしてホロコースト生存者は高齢化が進み、ホロコーストを体験した人たちは年々減少している。「ホロコーストは当時、実際にあった」と証言できる生存者らがいなくなると、「ホロコーストはなかった」という"ホロコースト否定論"の投稿や情報が世界中に蔓延することによって「ホロコーストはなかった」という虚構がいつの間にか事実になってしまいかねない。いわゆる歴史修正主義だ。そのため高齢のホロコースト生存者らも「記憶のデジタル化」に協力するために、証言を動画に残したり、慣れないSNSを活用して、当時の記憶と経験を伝えて、二度とホロコーストが起きないようにと世界中に訴えている。

▼「The Last Days」オフィシャルトレイ―ラー

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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