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イスラエルのサイバーセキュリティ「強さの秘訣はエコシステム」

佐藤仁学術研究員・著述家
Japan IT Weekのイスラエルブースは多くの日本企業からも注目を集めた

2017年5月には世耕経済産業大臣がイスラエルを訪問してコーヘン経済相と政策対話を行った。その中でもサイバー攻撃対策をはじめとする産業分野のサイバーセキュリティ強化や技術革新分野で日本とイスラエルの協力を推進していくことで合意した。

イスラエルは世界有数のサイバーセキュリティの先進国で、サイバーセキュリティ産業は同国にとっても重要な輸出産業の1つだ。そのイスラエルからサイバーセキュリティに関するサービスや製品を提供している企業が2017年5月に東京で開催された「Japan IT Week」(情報セキュリティExpo)に集結した。

現地のイスラエル輸出国際協力機構(The Israel Export & International Cooperation Institute:IEICI)が選出した14社の企業が出展した。IEICIはイスラエル企業との事業提携や海外進出などの窓口になっており、サイバーセキュリティ専用のセクターもある。

サイバースペースが登場してからすぐにイスラエルではセキュリティの専門家や技術者がその最前線で活躍している。その分野はサイバー犯罪、オンライン不正行為の防止と検知、スパイ行為の阻止、ダークネット対策、教育プログラム(サイバーレンジ)、重要インフラ施設の保護まで多岐に渡っており、どのようなサイバーセキュリティの分野も網羅している。

今回日本に出展している企業はもちろんだが、多くのイスラエル企業は非常に親日的だ。既に多くのイスラエル企業が日本で事業を展開しており、イスラエルでの日本市場の評判も良いとのこと。日本市場への関心は高いが、言葉の問題や欧州と違ってフライト時間が長いことからコストもかかり、全てのイスラエル企業が日本に進出できるわけではない。

サイバーセキュリティ「強さの秘訣はエコシステム」

IEICIのサイバーセキュリティ部門責任者のAchiad Alter氏がイスラエルのサイバーセキュリティの強さの秘訣を語ってくれた。

(イスラエルのサイバーセキュリティの強さの秘訣を語ってくれたIEICIのサイバーセキュリティ部門責任者のAchiad Alter氏)
(イスラエルのサイバーセキュリティの強さの秘訣を語ってくれたIEICIのサイバーセキュリティ部門責任者のAchiad Alter氏)

――イスラエルにはスタートアップも含めて、数えきれないくらいのサイバーセキュリティ関連の企業がある。どのような企業が日本の展示会で出展しているのか?

まずIEICIがイスラエル中にあるサイバーセキュリティ関連の企業に声をかけて、その中からIEICIが面接を行い「日本に進出できる準備はあるか、日本市場を理解しているか、日本文化を理解するメンタリティがあるか」といった基準をクリアした企業だけが出展することができる。つまり日本の展示会に出展しているイスラエル企業は、日本で販売や開発のパートナー企業があるなど、今すぐに日本でビジネスができる状況にあり、すでにイスラエル国内や国外市場での相当の実績がある企業だ。

――イスラエルのサイバーセキュリティ製品はどのような市場で受け入れられているのか?

イスラエルは小国なので、国外市場への進出は不可欠。圧倒的に多いのはアメリカ。次いで英国、オーストラリア、欧州諸国、日本などだ。日本は重要な市場。セクターや業界としてはあらゆる業界で受け入れられている。サイバーセキュリティ関連でもあらゆる分野で強固な製品やサービスを提供している企業が多いことから、各国の軍事機関、政府、銀行、重要インフラなどにも多くの導入実績がある。

――イスラエルのサイバーセキュリティの強さの秘訣は何か?

以下の3つの点でエコシステムが上手く回っている。

1.軍で培われたサイバーセキュリティ:イスラエルにとってサイバースペースの防衛は国土の防衛と同じくらい重要であり、そのため世界でも最高クラスのサイバー部隊があり、そこで培われた技術力と経験が多くのセキュリティ製品の開発に役立っている。

2.国家や大学のサポートと連携:首相府のイスラエル国家サイバー庁(INCD)が国家サイバー防衛政策を制定し、サイバーセキュリティ確保において、国家対応能力の構築と向上に向けてサイバースペースの脅威に対抗している。また大学などでの人材育成や教育も非常に熱心である。

3.イスラエルは「スタートアップネーション」:こう言われるように起業が非常に盛んで、多くの起業家がいる。そして彼らは非常にイノベーティブでクリエィテイブだ。他にない技術力やアイディアで差別化される競争力のある製品を生み出している。特に退役した軍人らがサイバーセキュリティ関連のスタートアップを起業しており、さらに軍時代に培った人的関係が製品販売や事業提携などをスムーズに進めやすくしている。

つまり、軍での実践的なサイバー防衛の経験による技術力向上→国家や大学の支援による人材育成→スタートアップネーションとしての起業風土と人間関係のエコシステムがうまく回っており、それがイスラエルでのサイバーセキュリティの強さの秘訣で、これからも好循環を続けていきたい。

――イスラエルはサイバーセキュリティ以外の分野でも強いのか?

「Homeland Security」(ホームランド・セキュリティ)はイスラエルにとって重要な概念。軍で培った技術力と経験や人的関係はサイバーセキュリティだけでなく、ドローンやロボット産業などにも大きく貢献している。今回はサイバーセキュリティに特化した企業だけが展示しているが、他にも農業関連技術など様々な分野でのスタートアップがイスラエルにはある。農業も食料確保で重要な分野。そしてイスラエルは小国なので自国市場だけを対象にしていられないので、どのような分野でも積極的に国外に進出している。

サイバーセキュリティからドローン、ロボットへ

イスラエルのサイバーセキュリティの強さの背景にサイバー部隊の存在があることは有名だ。以前にイスラエルを訪問した際に行ったサイバーセキュリティのスタートアップも、イスラエル参謀本部諜報局情報収集部門の1つである8200部隊出身者が起業していた。今回展示に来ていたイスラエル企業関係者からも、イスラエルのサイバーセキュリティの強さの秘訣として軍での経験についてはよく話題になっていた。「僕は優秀じゃないからパラシュートつけて空から飛んでいたよ」と言いながら、イスラエルの軍でサイバーセキュリティ関連につけるのは本当に優秀な一握りだけだということを示唆するイスラエル企業の説明員もいた。

イスラエルのサイバーセキュリティ製品の技術力の高さの背景に軍で培った技術力や経験がある。イスラエルにとってサイバースペースの防衛は国家の防衛と同義で、日本や諸外国とは危機感が全く違うことを痛感する。そしてその実践で培われた技術力に裏打ちされた強固なサイバーセキュリティ製品が世界中で支持されている。政府や教育機関のサポート、スタートアップネーションと言われる起業文化のエコシステムがうまく回っており、これからも多くの起業家や製品とサービスがイスラエルから登場するだろう。さらにそのエコシステムはドローンやロボットにも拡大しているようだ。

▼出展していた企業の1つのSasa Softwareの製品GateScannerはイスラエルの政府機関で多く採用され、その実績が認められて各国の政府や銀行などでも多く導入されている。

(Sasa SoftwareのRonen Arad氏)
(Sasa SoftwareのRonen Arad氏)
学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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