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経済制裁を理解する

佐藤丙午拓殖大学国際学部教授/海外事情研究所所長
著者撮影

〇ウクライナ‐ロシア戦争と経済制裁

 2022年2月23日に、ロシアはウクライナに対して軍事侵攻を開始した。正確に表現すると、ロシアはウクライナのドネツクとルガンスク地方のロシア系住民に対するウクライナ政府による迫害に対し、「平和維持部隊」を派遣した。

 しかし、ロシアの部隊は、ウクライナ東部の地域における紛争の仲裁や兵力引き離しではなく、ウクライナに対して全面的な軍事侵攻を行い、25日には首都キエフに迫っている(28日時点でキエフは陥落していない)。米国のバイデン大統領や日本の岸田首相は、ロシアの行動は主権国に対する侵略であり、国際法違反であると批判している。

 ロシアのウクライナ侵攻の軍事的な側面は、今後詳細に分析する必要がある。残酷なことではあるが、NATO未加盟のウクライナは、米国などのNATO諸国の軍事支援を得ることはできず、独力でロシアに対抗する必要がある。しかし、ロシアの侵略を非難し、ウクライナでの戦争を止めるため、日本を含めた国際社会の多くは、直接的な軍事支援ではなく、ロシアに対して経済制裁で圧力をかけた。

 ロシアの軍事侵攻直後に各国は第一段階の制裁を発表し、ウクライナ全土に戦線が拡大する状況が明らかになった後、すぐに第二段階の措置を発表している。27日には、米欧がロシアの一部銀行をSWIFTから排除することに合意し、日本もそれに同調することを表明している。

 経済制裁の内容は、事態の進展と共に変化していくだろう。もしかしたら、現在の制裁が劇的な成果をあげるのかもしれない。それとは逆に、ロシアが作り出した「既得権益」を日米欧諸国が追認する状況に追い込まれるかもしれない。またあるいは、ウクライナやロシアのどちらかで、大きな政治変動が生じ、経済制裁自体の評価をする必要がなくなるかもしれない。

 本コラムは、今回の戦争における対ロ制裁の評価をするものではない。ただ、経済制裁に対する期待と失望が交錯する中で、経済制裁の現状を理解するための一助を提供したい。

〇経済制裁とは?

 経済制裁の効果については、2月24日のバイデン大統領の記者会見におけるQAが最も端的に説明している。バイデンは、「誰も制裁(この場合経済制裁)が、問題発生を防止できるとは期待していない」とし、「(効果が出るには)時間がかかる」とした上で、「(制裁の脅しをかけただけで)彼(プーチン大統領)が、制裁を課せられるので、行動をやめなければ、となることはない」と強調している。バイデンは同時に、制裁によって、決意を明確にロシアに伝える必要があるとしている。

 実はロシアの軍事行動に関して、ロシアの計算が失敗した面があると指摘される。その一つが欧州諸国等の団結だとされている。プーチン大統領は、2014年のクリミア併合の際の欧州諸国の足並みの乱れがあり、ウクライナに軍事侵攻しても、ロシアからの天然ガス等の天然資源にエネルギーを依存する欧州諸国は、一致結束して行動できないという計算があったようである。

 ところが、欧州諸国は、ウクライナに対して兵力派遣は控えているものの、SWIFTからの一部のロシアの銀行の排除などにおいて、最終的にはこれに消極的であった一部の国までも、米国と歩調を合わせている。この計算違いにより、ロシアは文字通り「世界で孤立」することになった。

 このケースは、経済制裁の効果の一つを示すものである。経済制裁は、問題が起こった「後」に被制裁国(target国と言われる)を罰する行為である。罰せられるべき行為が先行して発生していない場合に制裁国(sender国と言われる)が制裁的行動を取ることは、制裁国の将来の行動を規定する意思の表明と解釈される。

 国際秩序を語る際、秩序の実態は何か、と問われることがある。国家が秩序に即した行動を取る際は、それは規範に基づくものと評価され、秩序の境界線もしくは境界を踏み越えた行動を取る場合、誰かがそれを罰することが「想定」され、各国は秩序の境界を知ることになる。

 つまり、国家が秩序のもとで期待される行動を取らない場合に加えられる圧力が、問題発生後の「制裁」の本質と理解すべきである。逆に、懲罰を加えない限り、国際社会は法的境界が理解できないので、秩序はますます混乱する。

 重要な点は、前述のように、経済制裁は問題が発生した後に加えられる懲罰なのだが、主権国家を中心とした国際社会の下で、何を目的として懲罰を加えるかは、必ずしも明確ではない。このことが、経済制裁に対する誤解を深める要因となっている。先のバイデンの言葉を考えてみても、米欧の一致結束は副次効果であり、制裁がそれを目的とする訳ではない。

○経済制裁の目的について

 経済制裁研究では、被制裁国が起こした行動(政策)に対する懲罰として制裁を加えたとしても、少なくとも短期的には行動変容に結びつかず、中長期的にも経済制裁だけで行動変容が起こることはないとされている。

 その意味で、ウクライナ侵攻に対して懲罰的にロシアやベラルーシに経済制裁を実施したにもかかわらず、ロシア軍の撤退につながっていない、と批判するのは間違いである。制裁の実施と被制裁国の行動変容の間に関係はないか、あったとしても間接的な関係しかない。

 経済制裁を課す場合、一般的には民主主義国の政策決定過程を参考に実施される。そこでは、相手国の経済活動や軍事活動に経済的な圧力をかけ、それが当該国内で政策に対する反対派や、政治指導者に不満を持つ反体制派の支援につながり、それぞれの政治過程の中で政策変更(場合によっては指導者の交代)に至る、というプロセスを想定する。

 しかしこのプロセスは、理想通りには進まない。独裁的な政治指導者を相手にする場合、彼らは国内資源を自分の政策のために動員できるので、圧力を分散し、国民に負担を転嫁するなどし、国家の危機を演出することで国内での支持を強固にする場合が多い。

 さらに、圧力が不十分な場合や、そもそも反体制派が弾圧されて存在しない場合や、政治過程の中で国民の参加が担保されていない場合は、圧力と政策変更の連動が発生しない。もっとも、独裁的な政治国家や体制でなく、民主主義国であっても、政治指導者はナショナリズムに訴えて制裁国からの圧力をかわす方を選ぶだろう。

 結果的に、被制裁国の国内経済が困窮したとしても、その影響は国民全体に及ぶことになる。そのような状況になると、極めて広範な人道被害が発生する可能性があるため、国連などでは政策決定者個人や、その政権運営に直接関係ある者に対してのみ圧力をかける「スマート・サンクション」が選択されるようになっている。ただしイランの核開発を阻止する際、原油輸出を標的にして制裁を課したが(この時にSWIFTによる制裁が使用された)、経済の落ち込みはイラン全体に及んだ。

 こちらも理想的にはいかなかったのである。

○経済制裁が目指しているもの

 このように、経済制裁による懲罰が政策変更につながる可能性は低く、課す側もそれを期待していない。これは、スマート・サンクションであっても同じである。では、効果が期待できないのに経済制裁を実施する意味は何か。経済制裁研究では、この点が議論になってきたが、そこには二つの議論が存在する。

 第一の議論は、経済制裁の実施は、象徴的な手段であるとするものである。国際的な不法行為や、自国の安全保障に対して影響ある事態が発生した際、外交的な反対表明や交渉、そして軍事的手段を利用した圧力の中間段階に、制裁国側の意思を明確に表明する段階が必要となる。外交交渉は、国家意思を明確に相手国家に顕示するには不十分で、軍事手段は過大もしくは危険な場合がある。つまり、その中間段階の措置の有用性は高い。

 不満や抗議、あるいは非難の意味を込めた象徴的な経済制裁では、被制裁国が制裁を課した直後に政策変更を受け入れなかったとしても、それほど大きな問題とは見なされない場合が多い。むしろ、このような経済制裁は、争点に対する各国のポジションの表明の意味合いが強く、制裁を課す側の政治姿勢を知るために有用とされる。

 国連による経済制裁は、安全保障理事会や総会などで、国際の平和と安全に対する脅威が認定された上での行使になるが、そもそも争点となった脅威の受け止め方は各国によって異なる。したがって、自国経済に深刻な影響が及ぶ可能性がある経済制裁については、自国の安全保障に直接関係しない限り、国連が規定する規範的行動を遵守するという政治的なメッセージの発出で済ませるのが最適な対応となる。

 第二の議論は、経済制裁は国内政治向けのパフォーマンスであるという主張である。自国の安全保障上の危機や、国際社会が不法行為によって脅かされているという不安感が国内に充満する時、政府は対応に苦慮する。そのまま事態を放置すれば、状況が悪化する可能性があり、しかし有効な対処がなされない時、国民の不満は政府に向かう。

 さらに、安易な軍事的選択肢の採用など、近視眼的な対応は、不必要に事態を混乱させ、最悪な結果を招く可能性がある。このため、本来であれば政府は事態を静観した方がよい場合があるのだが、特に民主主義国ではそれが困難となる。

 経済制裁が国内政治向けのパフォーマンスであるケースは意外に多い。もちろん、パフォーマンスがパフォーマンスとして意味を持つためには、被制裁国に何も影響が及ばない制裁であっては意味がない。ただ、それがパフォーマンスな分だけ、自国経済に死活的な影響が及ぶようなものになっては本末転倒になる。そこに、国内政治上の作為を盛り込むケースもあるだろう。さらに、不用意なパフォーマンスは、被制裁国による予想外の反応を招く可能性がある。制裁内容が被制裁国のどの部門にどのように影響が及ぶかは、慎重に計算する必要がある。

 象徴的な制裁と国内政治向けの制裁は、相互排他的なものではない。象徴的な意味から始まって、事態の推移の中でもっと真剣なものに変わるケースもあるし、国内政治向けの意味が大きくなって、制裁を解除できなくなり、効果が見込めないまま制裁を継続せざるを得なくなるケースもある。また、争点が拡大する中で、当初の制裁が足枷になる場合もあるのである。

 これら要素が複合的に絡み合い、制裁の有効性に対して疑問がもたれるような状態が生まれるのである。

○経済制裁の効果を上げるために

 このような特徴を持つ経済制裁ではあるが、今後も政策選択肢の一つとして、今後も採用され続けるだろう。経済的圧力による政策変更というアイディアは魅力的で、貿易や金融、あるいは技術の優位を持つ側は、そのパワーを国際政治上のパワーへと転化したいとの願望を持つはずである。もし自国が単独でパワーを持たなくても、国連や多国間枠組みの中で、他国のパワーを利用して政治目的を達成したいと計算するのも当然であろう。

 経済制裁研究では、制裁の有効性を向上させるために、多国間の協調と、各国の行政執行力の強化が必要であると指摘される。経済制裁では、制裁内容を多国で実施すればするほど効果が上がるとされる。実は、特定の経済的なパワー(貿易、金融、技術など)を独占的に所有している国は少ない。このため、制裁国側は可能な限り協調してくれる国家の数を増やし、被制裁国側の利得を妨害しようとする。

 たとえば貿易制裁を実施したとしても、制裁に参加しない国から規制対象製品や技術が流れると、制裁の効果は薄れる。多国間での協調を最大限に担保するためには、国連など、普遍性が高い組織での決定が有効に作用する。国連などの多国間組織の合意を得るためには、被制裁国側による不法行為が国際規範に反するものと証明することが必要となる。冷戦後、国連による経済制裁が重視されるようになった理由は、まさにこの点にある。

 次に、制裁の有効性を向上させるためには、各国の行政執行力の強化が必要になる。9.11後に国連は対テロ制裁を強化し、非国家主体へのWMD(大量破壊兵器)関連資材や技術の移転防止を強化するために、各国に輸出管理法制度の強化を求めた。その際に明らかになったのは、多くの国で輸出管理法制度が存在しないか、もしくは存在しても執行力が担保されていないという現実であった。このため、各国の行政執行力の強化は、冷戦後の輸出管理の大きな題目となった。

 行政執行力は、各国の政治指導部による制裁への関与の度合いに左右される。経済制裁は、課される段階で各国の関心を最も集めるが、その後制裁の現実的な効果が見え難くなるに従って、国際的にも国内的にも関心は薄れてゆく。皮肉なことに、経済制裁の各手段により、相手国がそれにどれだけ苦しんでいるかではなく、自国の経済がどれだけ制約や不利益を受け入れているか、の方が見えやすい。このため、制裁国側の政治指導部は、自国の経済活動が苦慮している状態を救い、制裁を緩和することの方が、政治的な利点を得やすいと感じる。

 経済制裁にはこのようなダイナミズムが働くため、行政執行力を強化し、政治的関心の変化が制裁の実施に可能な限り影響が及ばないようにすることが不可欠になる。一般的に、これは「制度化」と呼ばれる。制度化は、有事になった後に強化するのではなく、平時から進める必要がなる。なぜなら、有事になってから制度を強化すると、相手側に過大なメッセージとして伝わるためである。

 ただし、平時から経済制裁の制度化を進めることは、国内から大きな反発を招く。この反発は当然であるが、「制度化」された輸出管理は、有事には効果的な力を発揮する。実はこの二つの間のバランスが難しい。

○ロシア制裁と経済安全保障

 ロシアに対する制裁が、どれだけの効果を生むか、「現段階ではわからない」というのが、これまでの経済制裁研究の成果であろう。

 経済制裁における多国間協調体制の構築は、国際秩序を構成する効果を生む。経済制裁そのものではないが、オバマ政権以降進められている、中国に対する安全保障貿易管理の強化や、日本を含めた各国の経済安全保障体制の強化が、日米欧などを中心とした陣営と、中国を中心とした「一帯一路」圏との「緩やかな」緊張関係を生み、その後それが国際秩序の再編に向かっていると指摘されることがある。

 もちろん、米中対立の上部構造があって、下部構造として経済安全保障等に基づく各国の戦略計算の変化につながっているのは言うまでもない。ただし、「制度化」された経済安全保障政策は、世界を分割する効果を生むことは認識する必要がある。

 ロシアに対する制裁も、ロシアとそれに協力する国家群と、それ以外の国家との対立関係を固定化する効果を生む。経済制裁による圧力を受ける側は、それに反発して制裁の効果を薄めるように努力するか、自国の経済力を逆に行使して、制裁国側の政策変容を迫ることになる。

 ロシアの場合であれば、天然資源エネルギーや小麦などの農産物の輸出制限を通じ、価格上昇を梃子にした経済的な圧迫を加えてくるだろう。可能性の議論として、核による恫喝など、現実の軍事力を見せて圧力をかける場合もあるだろう。

 制裁国側の協調が維持されれば、ロシアを国際的に孤立させ、相手の国内に経済的な苦境を作り出すことで、政権の政策変容や退陣をもたらすことができるかもしれない。しかし、ロシアの対抗圧力に負け、国際協調が崩れると、今度は制裁の解除競争が始まり、ロシア側が主導権を回復する。

 バイデン大統領が、制裁の効果が顕れるのには時間がかかると指摘したのは正しい。しかし、その効果が出るまで国際協調が維持できるかどうか、そして、それを維持するためにどのような措置が必要なのか、を解明することが大きな課題になる。

 時間の経過と共に、経済制裁の効果は徐々に出てくるかもしれない。しかし、同じ時間の経過の中で、経済制裁に対する関心が薄まっていくのも、残念な現実なのである。

                        以上

拓殖大学国際学部教授/海外事情研究所所長

岡山県出身。一橋大学大学院修了(博士・法学)。防衛庁防衛研究所主任研究官(アメリカ研究担当)より拓殖大学海外事情研究所教授。専門は、国際関係論、安全保障、アメリカ政治、日米関係、軍備管理軍縮、防衛産業、安全保障貿易管理等。経済産業省産業構造審議会貿易経済協力分科会安全保障貿易管理小委員会委員、外務省核不拡散・核軍縮に関する有識者懇談会委員、防衛省防衛装備・技術移転に係る諸課題に関する検討会委員、日本原子力研究開発機構核不拡散科学技術フォーラム委員等を経験する。特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)の自律型致死兵器システム(LAWS)国連専門家会合パネルに日本代表団として参加。

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