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「まさかこの人が」。仲間への裏切りでドリュー・バリモアが嫌われ者に #ハリウッドのストライキ

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ドリュー・バリモアは近年、昼間のトーク番組で司会を務めている(写真:ロイター/アフロ)

 可愛くて、明るくて、親しみやすい人。そんなイメージで愛されてきたドリュー・バリモアが、一転して悪人になった。自分たちの職業の将来のためだと、辛い思いをしながら俳優と脚本家が団結してストライキを続けている中、バリモアは抜け駆けでテレビ番組の製作を再開したのだ。

 7歳で「E.T.」に出演し、注目されて以来、映画女優、映画プロデューサーとして成功を収めてきたバリモアは、2020年秋に昼間のトーク番組「The Drew Barrymore Show」を立ち上げ、司会とエグゼクティブ・プロデューサーを務めてきている(余談だが、この番組は『AND JUST LIKE THAT.../セックス・アンド・ザ・シティ新章』第2シーズンにもちらりと出てくる)。アメリカの地上波のシーズンは、伝統的に秋に始まり、春に終わるため、今年5月に全米脚本家組合(WGA)が、7月に全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)がストライキを始めた時、この番組はシーズンオフに入っており、影響を受けなかった。しかし、新シーズンのスタートの時期が来た今、バリモアは、インスタグラムを通じ、番組の収録を再開すると発表したのである。

 その投稿で、バリモアは、MTVの授賞式の司会者を降板した事実を出し、自分もちゃんとストライキをしている仲間に協力する行動をしているのだと強調した。だが、続いて、自分の番組を再開させると決めたと報告。「この番組は私の名前を冠していますが、それ以上に大きいのです」と理由を述べている。「私はこの決断に責任を持ちます」というバリモアは、「私は、脚本家が上手にやること、すなわち、みんなをつなげて、人としての経験を理解するということをやるためにそこにいたいと思っています」と、ストライキをしている脚本家に代わって自分で脚本を書くつもりなのかと思わせるようなことも書いている。

スタッフの中にいるWGA脚本家を見捨てるのか

「この番組は私以上に大きい」というのは、番組を再開しなければスタッフやクルーの収入が途切れることを意味していると思われる。確かにそれは一理ある。しかし、それはつまり、この番組が雇っているWGAに所属する脚本家を見捨てて、彼ら抜きでやるということでもある。この番組は、WGAの脚本家を使う契約になっており、実際、3人を雇っているが、そのほかにWGAに所属しない脚本家も雇っている。トーク番組だからといって、観客を入れた会場でバリモアが全部アドリブでやるというのはありえないことで、流れは決めておかないといけないし、取り上げる旬なトピックも選ばなければならない。そこは誰かに書かせるのだろうが、だとしたらストライキ中のWGAに対してあまりに酷くないか。

 ハリウッドの外からやってきたテクノロジー会社が始めた配信が台頭していく中で、脚本家たちは安く使われるようになり、収入が下がったことは、今回のストライキの大きな原因だ。そんなところへ、組合に入っている脚本家がいなくても番組を作ることはできるのだとバリモアが証明してしまったら、WGAの立場をますます悪くする(ちなみに、SAG-AFTRAに関しては、ニュース番組やほかの昼間のトーク番組同様、この番組も『The Network Television Code』という別の契約を結んでいるため、バリモアが出演してもストライキのルールを破ることにはならない)。

 バリモアの発表を受けて、その翌日から、WGAの組合員は、「The Drew Barrymore Show」の収録会場の前に集まってピケを張り始めた。バリモアは全米図書賞の授賞式で司会者を務めることになっていたが、こちらもただちにクビにされている。

 ソーシャルメディアにも、彼女を非難する声が多数寄せられた。そんな中には、「まさかこの人が」、「好きだった人が間違った側についてしまった」と、掟破りをしたのがバリモアだったことへの意外さ、残念さを表す書き込みも見られる。バリモアは業界一家に生まれただけに、脚本家という職業の重要さや、彼らがいてこそ作品が生まれるのだということを人一倍理解しているのかと思っていたというコメントも見られた。

キャリアの自殺行為とまでは言えないが

 一方で、「新シーズンを再開しなければ番組をキャンセルするとプレッシャーをかけられたのではないか」、「彼女はふたりの子を持つシングルマザーだし」など、彼女の事情を推測する書き込みもちらほら見られはする。しかし、もしそうだったとしても、自分のキャリア、利益を優先して仲間を裏切ったと思われてしまうことに変わりはない。ストライキの間は、みんな収入が途絶えて困っているのだ。

 キャリアの自殺行為とまではいかないにしても、バリモアの決断は賢かったとは言えないだろう。この状況で番組に俳優をゲストに呼ぼうとしても断られるだろうし(実際、近々のゲストのリストの中に俳優はまるで入っていないという)、自分たちの努力と闘いを蔑ろにした映画プロデューサーと一緒に映画を作りたがる脚本家はそんなに多くないのではないか。それとも、人の記憶は短いもので、ストライキが終わればあっさり忘れてもらえるのだろうか。

「The Jennifer Hudson Show」は今年2月、第100話を迎えた
「The Jennifer Hudson Show」は今年2月、第100話を迎えた写真:REX/アフロ

 いずれにせよ、そんなバリモアにも、もうすぐお仲間ができる。オスカー女優ジェニファー・ハドソンが司会を務める昼間のトーク番組「The Jennifer Hudson Show」も、まもなく収録を再開するというのだ。

 この番組もWGAに所属する脚本家を雇う決まりになっているが、ストライキが終わるまでは脚本家なしで進めるとのこと。収録が開始されたら、その会場にも同じようにプラカードを掲げた脚本家たちが押し寄せ、抗議をすることだろう。そんな暗い現実を頭の隅に追いやりつつ、彼女らは観客の前で笑顔を浮かべ続けるのか。脚本家のストライキが始まって4ヶ月半、俳優のストライキが始まって2ヶ月。肝心の話し合いは進まない中、状況は複雑になっていく。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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