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ジョニー・デップ裁判が早くも映画に。「誰が見るの?」「搾取だ」と批判の声

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 ジョニー・デップがアンバー・ハードに対して起こした名誉毀損裁判で勝訴して、3ヶ月半。裁判の間にも、ソーシャルメディアでは「5年くらいしたらハリウッドがこの裁判が映画化するのでは」などという声が出ていたが、なんと早くもそれをやってしまった人たちがいた。

 その映画のタイトルは「The Hot Take: Depp/Heard Trial」。フォックス・エンタテインメント傘下のマーヴィスタ・エンタテインメントの制作で、今月30日、フォックス系列のTubiで配信開始される。デップを演じるのはマーク・ハプカ、ハードを演じるのはメーガン・デイヴィスという役者。ほかにデップの弁護士カミール・ヴァスケス、ハードの弁護士イレーン・ブレデホフトなどが登場するが、いずれも馴染みのない名前だ。

 監督を務めるサラ・ローマンのフィルモグラフィーにある長編監督作は、「Good Satan」というインディーズのコメディと、テレビ放映された「Secret in the Woods」だけ。脚本家のガイ・ニコルッチは、主に深夜のコメディトーク番組で活動してきたようだ。トップクラスのキャストとスタッフが結集したとは、お世辞にも言えない。

 だが、Tubiは今作に相当気合いを入れているようで、チーフ・コンテント・オフィサーのアダム・レウィントンによれば、「大勢の人たちが見て、時代の文化の一部ともなった出来事を、タイムリーにとらえるために」最優先で制作されたとのこと。マーヴィスタの重役ハンナ・ピルマーも、今作は「Tubiとのコラボレーションで作られる、タイムリーで文化的意義のある、多数のオリジナル映画のひとつ」だと述べている。

 しかし、これを見たいという人たちがいるのか、甚だ疑問だ。

 そもそも、この裁判に興味があった人たちは、裁判のライブ中継を通して、すでにすべてを見ている。裁判は、月曜日から木曜日にかけて毎日、東海岸時間夕方5時まで、6週間もあった。それを全部追いかけてきた人たちが、あえて2時間(もっとも、正確な映画の尺はわからないが)にまとめたものを求めているとはとても思えない。

 それに、裁判のライブ中継では、デップにしろ、ハードにしろ、本人が語る様子を見られた。「自分はDVの被害者です」と、静かながらきっぱりと述べるデップの姿や、泣いている演技をしているのに涙が出ないハードの姿などだ。別の人がそれらを再現したところで、しらけるだけではないか。

 ソーシャルメディアを見ても、この件に関して出ているのは「うんざり」「嘘でしょう?」などといった批判ばかりだ。ある人は「あなたがジョニーの支持者なのか、アンバーの支持者なのかは関係ない。これは完全に不必要。むかむかする。裁判のライブは6週間もあった。これは不要で、誰かのトラウマを搾取するもの。出演に同意した俳優たちは最低」とのコメントを投稿。出演者たちに対しては、ほかにも「恥ずかしくないの?この役を受けるなんて、この無名俳優たちはよっぽど喉がカラカラなんだね」という批判があった。

 さらに、「中止にして。これはどちらの側のためにもならない。真剣な事柄をただ見世物にするだけ」「DV被害者であるジョニー・デップをまたもや中傷しようとするのか。6年(も苦しめられたの)では足りないというのか」と、DVを金儲けに使っていることへの非難のコメントも見られる。一番多いのは「なぜ?」「絶対見ない」「最悪」「ばかげている」という、率直な反対意見だ。

 デップとハードの裁判については、「Saturday Night Live」が数分のパロディをやったことがある。そのスケッチコメディはおもしろくて笑えた。だが、この映画はまじめにやるというのである。だからこそ抵抗を感じるのだ。それでも、放映されれば怖いもの見たさで見る人はいるだろうし、テレビ批評家は批評を書くだろう。世間の反応ももちろんだが、デップとハードがこれを見るのか、見たとしたらどう受け止めるのかも興味がもたれる。

2話構成のドキュメンタリーもまもなく配信開始

 このほかに、今月20日には、Discovery+が、この裁判についてのドキュメンタリー「Johnny vs. Amber: US Trial」を2話構成で配信開始する。こちらは裁判の映像や、デップ、ハードの弁護士らのインタビューで綴るものだが、これもまた、裁判を全部見た人にすれば、必要なのかと疑問だ。

 そのひとつに、このドキュメンタリーが、1話をデップ、もう1話をハードの側の視点で語られるということにある。Discovery+は、昨年末にもデップとハードについてのドキュメンタリーを同じ形で配信しており、それにならったのだろうが、裁判の前だったその時とは事情が違う。裁判でハードや彼女の弁護士がいかに嘘をついたのか、中継を見ていた人は、今や知っている。ハードの弁護士は冒頭陳述からハードが使っていたというコスメについて嘘を言ったし、ハード本人も、弁護士も、弁護士代は保険会社から出ているにもかかわらず、ハードが自分で払っていると言った。

 デップの弁護士ヴァスケスは、陪審員に、ハードが言ったことの「どれを信じて、どれを信じないか選ぶべきではありません」と、ハードの言葉はどれも信じないようにとお願いしている。まさにその通りだと筆者も思う。嘘だらけだとわかっているものを、なぜあえて1時間も見る必要があるのか。

 いずれにせよ、これら2つの作品によって、この裁判についての人々の意見が変えられることはないとは断言できる。この件に興味があった人は、はっきりと自分の意見をもっているのだ。裁判の前からそうだったし、裁判はさらに確信させた。人々が知りたいのは、デップとハードにこれから何が起こるのかということ。まずは控訴の行方、そしてハードの保険会社の裁判。この件は、まだまだ現在進行形で進んでいる。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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