Yahoo!ニュース

ジュリアン・ムーアが語る、駆け出しの頃、俳優業の現実、ロバート・アルトマン

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
57歳にして超売れっ子のジュリアン・ムーア(写真:Shutterstock/アフロ)

 今でこそ少しはましになりつつあるものの、ハリウッドでは、40を過ぎたら女優は終わりと言われてきた。いや、もっと前は、30だったのだ。

 そんな中で、ジュリアン・ムーアは着実にキャリアを伸ばし、57歳の今も引っ張りだこの状態。日本では、トッド・ヘインズと4度目のコンビを組む「ワンダーストラック」が、先週末に公開になったばかりだ。来月頭には、ジョージ・クルーニー監督作「サバービコン」が控えている。今年の北米公開が期待されている「Bel Canto」では、渡辺謙と共演した。

 20年代と70年代を舞台にするストーリーが交錯する「ワンダーストラック」で、ムーアは別の女性を演じるほか、20年代の女性が女優という設定であるために、劇中劇の部分まである。「ひとり分のギャラでここまでやったんだから、私って、すごくお得じゃない?」と笑うが、そんなチャレンジは歓迎のようだ。

 ヘインズ、ポール・トーマス・アンダーソン、デビッド・クローネンバーグ、アトム・エゴヤンなど、インディーズの巨匠の名作に数多く出演してきた一方で、「ハンニバル」でジョディ・フォスターに代わってクラリス・スターリングを演じたり、ティーンの女の子に大人気の「ハンガー・ゲーム」シリーズに出演したりなど、メジャーでも活躍してきた。私生活ではふたりの子供を育てる母、妻であり、銃規制やLGBTの権利を主張するアクティビストでもある。

 実力派としてずっと尊敬されてきた彼女が、3年前、「アリスのままで」で、ついにオスカーを取った時には、場内が総立ちで拍手を送った。そんな彼女にも、テレビが圧倒的に映画より下だった時代に、主婦向けドラマで下積みを積んだ時期がある。彼女が住むニューヨークで、これまでを少し振り返ってもらった。

「ワンダーストラック」は、トッド・ヘインズ監督との4度目のコラボレーション(PHOTO : Mary Cybulski)
「ワンダーストラック」は、トッド・ヘインズ監督との4度目のコラボレーション(PHOTO : Mary Cybulski)

「ワンダーストラック」は、トッド・ヘインズと組む4度目の作品です。1度目の「SAFE」から、もう20年以上の関係となりますが、彼とのコラボレーションは、どんな感じなのでしょうか?

 取材ではよく、「トッドとあなたはどんな会話をするのですか」と聞かれるわ。でも、私たちは現場であんまり話さないのよ。脚本を読んだ時に、彼が何を求めているのか、私には大体わかるの。私たちはもともと好みが似ている。それが私たちの関係の根底にあると思う。だけど、カメラワークを通して彼がやることには、しょっちゅう驚かされるわね。撮影中は気づかなかったのに、後になって、とても美しくてミステリアスだと感動したりするの。彼は、ひとつひとつのシーンに、ちゃんと視点を持っている。いつもそうよ。

 たとえば、今作でも、ふたつの時代で、それぞれに子供たちがマンハッタンに初めてやってくるシーンが素敵だった。その子たちの目に、マンハッタンはどう映るのか。こういうものを見るのは、どんな気分なのか。トッドは、映像を通して、「生きているというのはどういうことか」というのを伝えてくるわ。あれらのシーンは、今作で私が一番気に入っているシーンよ。

あなた自身も長年のニューヨーカーですが、ニューヨークのどこが好きですか?

 可能性を感じさせてくれるところね。あなたは、何にだってなり得るの。多様性があるところも好き。ひとつの業界が牛耳っている街ではないのよ。何をしても誰も気にしないところもいいわね。なのに、一方では、小さな街の雰囲気もある。この街を歩き回るのはそんなに大変じゃない。マンハッタンは、そんなに大きくない。知っている人にはち合わせることなんて、しょっちゅうよ。私の住むコミュニティも、すごく親密。

「ワンダーストラック」の20年代の部分で、ムーアの娘を演じるミリセント・シモンズ。ムーアの役は、サイレント時代の大女優。耳の聞こえない娘にきちんと対応できずにいる(PHOTO : Mary Cybulski)
「ワンダーストラック」の20年代の部分で、ムーアの娘を演じるミリセント・シモンズ。ムーアの役は、サイレント時代の大女優。耳の聞こえない娘にきちんと対応できずにいる(PHOTO : Mary Cybulski)

トッド・ヘインズ以外に、話が来たらそれが何であれ「やる」と答える監督はいますか?

 ポール・トーマス・アンダーソンね。それに、故ロバート・アルトマンも。アルトマンは、私に初めて衝撃を与えてくれた監督。彼の「三人の女」を名画座で見て、私は映画女優になりたいと思ったの。あんなものは見たことがなかった。彼が「ショートカット」に出て欲しいと電話をくれた時は、誰かにからかわれているのかと思ったわ。いつか彼と仕事をしたいと、私はいつも人に言ってきたから。

映画女優としてブレイクする前には、テレビの昼ドラマに出ていましたね。その頃を思い出して、どう感じますか?

 とても懐かしく感じるわ。あれは私にとって最初の大きな仕事だったの。学校を出て、いくつかお芝居に出ただけの私は、あの仕事には大きな責任を感じたのよ。あの仕事をとても誇りに感じた。生活費を稼げていることにも、ほかの俳優たちと共演できることにもね。あの仕事で学んだのは、準備をきちんとして、セリフをちゃんと覚えて、シーンを確実に決めること。それをすべて、毎日やる。脚本はちょっと前にしかもらえない。準備はその前の夜くらいしかできない。テレビはいつも次に進んでいるから、効率よく仕事する方法を自分で見つけないといけないの。

自分のこれまでのキャリアを振り返って、感慨にふけったりすることはありますか?

 いえ、それはないわね。私は自分が何に出たのかすら、よく忘れてしまうのよ(笑)。俳優はフリーランス。いつも次の仕事を探しているの。あなたもそうでしょう(笑)?ひとつが終わったら、頭はもう次の仕事のことでいっぱいなの。

ハリウッドでは女優にいい役がないと言われますが、あなたはいつも忙しいですよね。

 私はラッキーだわ。自分がやりたいと思える役をもらえるのは、いつだって嬉しいこと。興味深い役をもらうのは、女優だけじゃなく、男優にとっても難しいことよ。これはビジネスなの。それを忘れちゃダメ。スタジオやプロデューサーは、「あなた、面白い役をやりたいわよね?じゃあ作ってあげましょうか」という視点から考えたりはしない。彼らが考えるのは、「この映画は果たしてお金を稼げるか」なの。映画は商品。そんな中でも、私たちはみんな、個人的に心を惹かれるものをやろうとしているのよ。生活費を稼がなくてはいけないという現実とのバランスを取りながらもね。

「ワンダーストラック」は、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開中。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

猿渡由紀の最近の記事