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オスカー授賞式:ジョークの主役は封筒取り違え。セクハラ、トランプネタも健在

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ギレルモ・デル・トロは、受賞スピーチを始める前に封筒の中身を確認した(写真:ロイター/アフロ)

 セクハラに男女の賃金差。今年のアカデミー賞授賞式にはハリウッドを笑う自虐的ジョークがたくさんあったが、一番よく出たネタは、「封筒」だった。

 これは言うまでもなく、昨年、作品賞の発表時に、間違った封筒がプレゼンターに渡ってしまったことから来るもの。主演女優部門の控えの封筒をもらったフェイ・ダナウェイとウォーレン・ベイティは、エマ・ストーンの名前の下にある映画名「ラ・ラ・ランド」を読み上げてしまったのである。アカデミーにとっても、オスカーの集計と封筒の管理を担当する会計会社プライスウォーターハウス・クーパーズにとっても、これは前代未聞の大恥となった。だからこそ、自分たちで笑ってしまうのが最高の対処法なのだ。

 昨年に続いてホストを務めるジミー・キンメルが、どんな形でこれをジョークに使うのかは早くから注目されていたが、彼は、開幕一言目に、「自分の名前が呼ばれたら、すぐに立ち上がらないで。ちょっと余裕をください。また同じことになりたくないので」と候補者に向かって呼びかけている。その後には、「去年、何が起こったのかを説明させてもらっていいですか?実は、授賞式の1週間前に、(舞台で)会計士たちを使ったジョークのネタをやらないかと言われて、僕は断ったんですよ。そうしたら会計士たちが自分たちでおふざけをやっちゃったというわけです。まあ、今年は、プライスウォーターハウス・クーパーズの会長が、『正しい封筒をお渡しすることに全神経を集中します』と言っていますから大丈夫でしょう。でも、てことは、これまでの89年は何に集中していたんでしょうね?」と続けて、笑いを取った。

 お堅い職業の人々にはきついだろうが、昨年の大失敗の後、アカデミーからクビを切られなかっただけでも儲けもので、笑い者にされたくらいで文句は言えない。しかも、舞台の袖でツイートをしていて間違った封筒を渡した担当者も、何かあった場合に動くためにいるもうひとりも、オスカーからははずされたものの、会社をクビにはなっていないのである。

 マーク・ハミルも、このネタを使った。「スター・ウォーズ」のキャスト仲間オスカー・アイザック、ケリー・マリー・トランとアニメ部門のプレゼンターを務めた彼は、封筒を開ける時に、「『ラ・ラ・ランド』と言っちゃダメだぞ」と自分に言い聞かせるようにつぶやいて会場を笑わせている。また、作品部門の発表で、昨年と同じダナウェイとベイティが舞台に上がる前には、キンメルが「ここから先は、絶対間違いは許されませんよ」と言い、自分の作品が呼ばれて舞台に上がった「シェイプ・オブ・ウォーター」のギレルモ・デル・トロ監督も、受賞スピーチを始める前に、ベイティからもらった封筒の中身を確認し、会場に向けてにっこりと笑った。

 作品部門の発表前には、舞台の袖にある封筒が大きく映し出されてもいる。今年の封筒はブルー。表には、テレビの画面でもはっきりわかる大きな文字で、「Best Picture (作品部門)」と書かれていて、まるで視聴者に、「大丈夫ですから」と念押しをするかのようだった。

数は少なくてもトランプジョークは健在。エマ・ストーンには批判が

 2016年の大統領選以来、ハリウッドのアワード番組ではトランプ批判が定番になっている。キンメルもトランプ批判が大好きなコメディアンのひとりだが、オスカー90周年、多様性、反セクハラ、銃規制など語るべき問題が多い今回の授賞式で、トランプの名前は、いつもほどには聞かれなかった。それでも、キンメルは、人種差別を扱う「ゲット・アウト」について「最後の4分の1まではトランプのお気に入りでした」、ゲイの恋愛映画「君の名前で僕を呼んで」については「あの映画はそんなに興行成績を稼げませんでしたが、それが目的じゃないんです。ああいう映画はマイク・ペンス(副大統領)への当てつけが目的で作るんです」と辛辣なジョークを飛ばしている。

 セクハラネタもあった。「オスカーは、ハリウッドで最高に尊敬されているものです」というキンメルは、舞台に立っている大きなオスカー像を指して、「それには理由があります」と説明している。まずは手。体の前に添えられた手は、動いて悪いことをしたりはしない。それにオスカーはしゃべらないので、セクハラ発言もしない。「何よりも、ペニスがないんです」と、キンメルは「ハリウッドにはこういう男がもっと必要ですね」と述べた。主人公の女性が、両生類のクリーチャーと恋に堕ちる「シェイプ・オブ・ウォーター」についても、「今年を、僕らは、男があまりにもひどくなったために、女が魚と付き合うようになった年として記憶することになるでしょう」と述べ、客席にいるデル・トロを苦笑させている。

 一方で、監督部門のプレゼンターを務めたエマ・ストーンによる皮肉は、一部から批判を買うことになった。今年の監督部門には、「レディ・バード」のグレタ・ガーウィグが女性として久々に候補入りしたのだが、ストーンは、候補者を紹介するに当たり、「4人の男性とグレタ・ガーウィグ」と言ったのである。

 これは、1月のゴールデン・グローブ授賞式で監督部門のプレゼンターだったナタリー・ポートマンが、「全員男性の候補者はこれらの人々です」と言ったのを受けてやったものと思われる。ポートマンはこの時、とくにバッシングされなかったのだが、それは、グローブがガーウィグを候補入りさせなかったこと自体にすでに強い批判が上がっていたことが大きかっただろう。

 だが、今回は、ポートマンと似た手口を使ったことがしつこいとも感じられたようだ。また、「ジョーダン・ピールだってたったひとりの黒人候補者なのに、それはどうなのか」と言った多様性の全体像を見ていないという指摘や、「まるで4人の男性候補者がハリウッドの不平等の原因を作っているみたいな言い方だ」「エマ・ストーンは、ギレルモ・デル・トロの受賞の意味に傷をつけるようなことをした」といった声も出ている。ストーンは、キャメロン・クロウ監督の日本未公開映画「Aloha」で、本来ならアジア人が演じるべき役を奪った過去があり、それもまた、彼女が差別を語ることへの反感を高めているようである。

視聴率は過去最低。昨年からも16%ダウン

 しかし、これらの批判をする人たちは、少なくとも番組を見てくれていたということ。本日出てきた数字で、今年の授賞式の視聴率は過去最低の2,650万人だったことがわかったのだ(アメリカでは視聴率をパーセントではなく、人数で示す)。昨年に比べても16%のダウンで、3,000万人を切ることは、初めてである。

 トランプバッシングや「#MeToo」など政治色が強くなりすぎたことに嫌気がさしたのだとか、通向けの映画ばかりが受賞するからだとか、人はもう昔みたいな形でテレビを見ていないのだとか、いろいろな理由が憶測されているが、これだけの努力が注がれる祭典を多くの人に楽しんでもらえないのは、やはり残念なことだ。

 ジェームズ・フランコとアン・ハサウェイにホストを務めさせて失敗した経験もあるだけに、若い層を引き付けるのが簡単でないことは、すでに十分わかっている。来年までに、アカデミーはどんな知恵を絞って対策を考え出すのだろう。どんな細々した手段より、アメリカの一般観客を沸かせている「ブラックパンサー」が多数部門で候補入りすることが最も有効なのではと思うが、この短い間に、アカデミーは果たしてそこまで変われるだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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