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キアヌ・リーブスが撮影開始直前に新作を降板。プロデューサーは訴訟も示唆

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
キアヌ・リーブスの弁護士は、出演は口約束でもなかったと主張する(写真:Shutterstock/アフロ)

 口約束は、どこまで有効なのか。それ以前に、どこまでが口約束に入るのか。キアヌ・リーブスが、撮影開始7週間前になって新作を降板したことについて、業界関係者の間で意見が飛び交っている。

 問題の映画は、「The Detail」。「エクスペンダブルズ」「エンド・オブ・ホワイトハウス」などのベテランプロデューサー、アヴィ・ラーナーが製作するアクション映画で、10月14日の撮影開始に向け、製作準備は大詰めに入っていた。しかし、今週月曜になって、リーブスは、今作に出演しないと伝える。激怒したラーナーは、deadline.comに対して、この出来事をぶちまけた(http://deadline.com/2017/08/keanu-reeves-millennium-chairman-avi-lerner-rips-into-actor-movie-the-detail-1202154883/)。

 リーブスは、契約書にサインをしていない。しかし、「口頭で合意はなされていた。僕は400本も映画を作ってきたんだから、合意がなされていない状態で、製作準備にお金をつぎ込んだりしない」と、ラーナーは主張。リーブスが急に考えを変えたせいで、それらのお金が無駄になったばかりか、クルーや共演者は突然仕事を失うことになったと責めている。降板の理由として、リーブスが「ジョン・ウィック3」とぶつかることを挙げたことについても、「僕らの映画はクリスマスまでに撮影が終わる。『ジョン・ウィック3』の撮影は来年まで始まらない」として、嘘だと断定。無駄にしたお金を取り戻すために訴訟も考えているとも語った。

 一方で、リーブスの弁護士は、この映画には決まっていない部分がたくさんあり、リーブスが出るかどうかも不確定要素のひとつだったと述べる。弁護士によると、契約がされていなかったのはもちろん、口約束でもなかったとのことだ。

 Deadlineは業界サイトとあって、この報道には、映画製作の裏側を知る人たちからのさまざまなコメントが寄せられた。それらの中には、「自分もこの映画の現場で働くはずだったのに、キアヌのせいで、年末まで失業になってしまった」「僕もこの映画には関わっている。アヴィが言っていることは、全部正しい」など、ラーナーを弁護するものもあれば、「彼ほどのベテランプロデューサーが、契約書もなしに製作準備に入ったのか?俳優が興味を持ったとしても、それは保証ではないのに」「もし本当に全部が固まっていたなら、どうして契約書がなかったのか?」という指摘もある。「ジョン・ウィック3」とのスケジュール衝突についても、「キアヌは52歳。このアクション映画が終わってすぐに『ジョン・ウィック3』に入っていくのはきつかったのではないか」などといった冷静な分析も見られる。

 リーブスは、過去に、口約束で出演を承諾してしまっていた「ザ・ウォッチャー」(2000)を降板しようとしている。やると言ったのは製作の何年も前で、動き始めるにつれ、最初に聞いていたものと違うものになっていったせいだ。彼のギャラも、不公平な条件だった。しかし、結局はあきらめて出演している。そんな過去がある上、普段からクルーの評判も良いリーブスだけに、彼側の話をもっと聞きたいところだ。

 そもそも、俳優の降板は、ハリウッドでよくあること。ラーナーは「それをやめさせるためにここで発言するのだ」とも言っているが、こういった状況に関わった人間がメディアに相手の悪口をぶちまけるのは、非常にまれなことである。もっとぎりぎりになって俳優を失った場合でも、 おおごとにはせず、理由もぼやかすのが普通だ。たとえば、以下の映画も、撮影開始前に主演俳優を失っている。

チャーリー・ハナム「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」

“マミーポルノ”とも呼ばれる、SMもたっぷりの官能三部作小説の映画化で、当初、クリスチャン・グレイ役には、「パシフィック・リム」のチャーリー・ハナムが決まっていた。しかし、撮影開始まで1ヶ月弱に迫った時、ハナムは降板。ヌードやセックスシーンがたっぷりある撮影に怖気づいたのかと憶測されたが、後に本人は、スケジュールが理由だったと語っている。

 テレビドラマ「Sons of Anarchy」に主演する彼は、「Sons of〜」の撮影を金曜の夜に終えて飛行機に乗り、月曜には「フィフティ〜」の撮影に入らなければいけない状況だったという。つまり、役の準備のための時間が取れなかったのだ。「フィフティ〜」は世界的ベストセラーで、映画もヒットが予測されていただけにパニックしたと告白する彼は、「あのキャラクターは好きだったし、あの映画には出たかった。それに、僕は約束を守る男。それだけに、とても苦しい決断だった」とも明かしている。代役のジェイミー・ドーナンは、比較的すぐに決まった。

クリスチャン・ベール「スティーブ・ジョブズ」

 ダニー・ボイル監督の「スティーブ・ジョブズ」に主演したマイケル・ファスベンダーは、今作でキャリア2度目のオスカー候補入りを果たしたが、彼に回ってくる前、この役にはクリスチャン・ベールが決まっていた。だが、脚本家アーロン・ソーキンがそのことを発表してまもなく、ベールは降板している。

 当時は、いろいろ考えた結果、自分は役にふさわしくないと判断したと報道されたが、後になって、この映画を潰そうとするジョブズの妻ローレン・パウエルからベールがプレッシャーを受けていたことが明らかになっている。ベールの前にやるはずだったレオナルド・ディカプリオが断った背景にも、同じ理由があったらしい。当時、ディカプリオ がこれを断った理由は、「レヴェナント/蘇えりし者」を受けるためだということになっていた。結局受けた「レヴェナント〜」でディカプリオはキャリア初のオスカーを受賞。ベールも「マネー・ショート 華麗なる大逆転」で助演部門にノミネートされ、3人はオスカー授賞式で顔を合わせることになっている。

ジェームズ・ピュアフォイ「Vフォー・ヴェンデッタ」

 タイトルに出てくるVはヒューゴ・ウィービングが演じているが、実は、映画の中にはピュアフォイが演じるシーンも混じっている。当初、この役に決まっていた彼が、撮影が始まって6週間経った頃に降板し、急遽ウィービングが引き継いだからだ。 映画の中でずっとマスクを被っているのがやりづらいというのが、降板の理由だったそうである。ウィービングは、今作のプロデューサーであるジョエル・シルバー、ウォシャウスキー姉妹と「マトリックス」で組んだ経緯があり、声がかかっている。

クリステン・スチュワート「フォーカス」

 スチュワートは、ウィル・スミスより前に、今作への出演を承諾していた。しかし、相手役にスミスが決まると、年齢差がありすぎることを理由に降板を決めている。スミスは現在48歳、スチュワートは27歳で、実際、親子ほどの年の差がある。皮肉にも、代わりに決まったマーゴット・ロビーはスチュワートと同い年だ。

ウィロウ・スミス「ANNIE/アニー」

「ANNIE/アニー」は、ウィル・スミスと妻ジェイダ・ピンケット=スミスが、娘ウィロウのために立ち上げたプロジェクト。だが、製作準備の途中、ウィロウは仕事を休みたいと言い出す。ウィルが「だめだよ。がんばらなきゃ。これはニューヨークで撮影するんだよ。ビヨンセにも会えるよ」と説得しても、聞かなかった。後に、ウィロウは、「Teen Vogue 」に対し、「私の中で、これはやらないほうがいいという声が聞こえたのよね。私は直感を信じる人なの」と語っている。代わりの主役には「ハッシュパピー〜バスタブ島の少女」のクヮヴェンジャネ・ウォレスが決まった。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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