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役のために18 キロ太ったアーロン・エッカート:「完成作の自分を見て、涙が出た」

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:Splash/アフロ)

身長183cmの、正統派イケメン。恋愛映画「幸せのレシピ」ではキャサリン・ゼタ=ジョーンズのハートをつかみ、「ダークナイト」 ではアメコミのキャラクターに挑戦、「エンド・オブ・ホワイトハウス」ではアメリカの大統領を演じた。これまでに、クリント・イーストウッド、ロン・ハワード、オリバー・ストーン、スティーブン・ソダーバーグの、4人のオスカー監督と仕事をしている。「ラビット・ホール」では、ニコール・キッドマンから夫役にご指名もされた。

だが、ハリウッドの売れっ子俳優の名前を挙げる時、なぜかアーロン・エッカートは忘れられがちだ。毎回あまりにも役に溶け込むせいなのか、ゴシップと無関係であまり話題に上がらないせいなのか、理由はわからない。

役に溶け込むという意味で、最新作「ビニー/信じる男」は究極だ。交通事故でボクサー生命を絶たれたビニー・パジェンサが奇跡のカムバックをするこの実話で、エッカートはトレーナーのケビン・ルーニーを演じる。18キロも太り、ハゲ頭になった姿を見て、エッカートだとわからない人もいるだろう。

北カリフォルニアのクパチーノ生まれ。イギリスやオーストラリアで育ち、大学時代に知り合ったニール・ラビュートの舞台劇でキャリアを始めた。ラビュートの映画監督デビュー作「In the Company of Men(日本未公開)」では、インディペンデント・スピリット賞の主演男優賞を受賞している。

「In the Company of Men」に続くラビュート作品「Your Friends & Neighbors(日本未公開)」でも、役のために22キロ太ったが、49歳の今、もう太るのはこれが最後と誓う。いつもどおりのヘルシーな肉体に戻っているエッカートに、L.A.で話を聞いた。

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もうすっかり普段のあなたに戻っていますね。「ビニー/信じる男」で最初にあなたが出てきた時、一瞬、誰だかわかりませんでした。

みんなそう言うんだよね。うれしいよ。それは褒め言葉だ。この役のためには、頭を剃って、18キロ太ったんだよ。太るためには、ピザやらアイスクリームやらをどんどん食べて、ワークアウトをいっさいやめた。 それは役作りのためのプラスになったと思う。ケビンはかつてマイク・タイソンのトレーナーだったが、クビにされて落ち込んでいた。酒に溺れ、ギャンブルをやっていた。だから、自分をああいう状態に持っていくのは、役のために良かったんだ。 完成作を見て、ケビンが初めて出てきた時、僕は泣いたよ。床にだらしなく座っているケビンを見て、涙が湧いてきたんだ。なぜか、とても悲しく感じた。

役のために太ったり痩せたりする役者さんの話を聞くたびに、感心させられます。健康のために良くないとわかっていつつ、やるのですよね?

やらなきゃいけないんだよ。ほかのみんなもすごいことをやっているんだから。(ビニーを演じる)マイルズ・テラーもボクサーのための厳しいトレーニングをしたし、(ビニーの父役の)キアラン・ハインズも体重を増やした。実在の人物を演じる場合、できるかぎり本人に似せないといけない。それに、僕がもし今のルックスのまま現場入りしたら、「おい、それじゃケビンに見えないじゃないか」と思われてしまって、共演者の演技の妨げになる。今作の撮影の後、次の映画のために1ヶ月と3週間で元の体に戻さないといけなかったのは、大変だったけどね。

”太ってすぐ痩せたせいで、肌がたるんでシワができた。まあいいさ。アクション映画をやってできた傷跡みたいなもの”

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そんな短い期間で戻すことができたのですか?

そうだ。終わったとたんに、ランニングやら自転車のエクササイズやらを始めた。そういうことをやると、体に大きなショックを与えてしまう。新陳代謝が下がるし、精神的にも良くない。シワもできちゃったよ。(眉間を指差して)、これ、わかる?この映画の前にはなかったんだよ。太って肌が張り詰めて、その後にまたすぐ痩せたから、肌がたるんじゃったんだ。まあ、いいさ。アクション映画をやったせいでできた傷跡みたいなもの。でも、この後は、もう二度とやらない。

ボクシング映画には、いつも重要なキャラクターとしてトレーナーが出てきますが、ビニーとケビンの関係は、特別だったと思いますか?

そこもまた、今作がほかのボクシング映画と違うところだと思うんだ。映画の最初で、ケビンはタイソンにクビにされ、最悪の状態にある。ビニーも試合に負け、プロモーターに「もうやめたほうがいい」と言われる。彼らを信じる人はいない。彼らも、お互いを信じていない。だが、何に対してもやる気が持てなかったケビンは、ビニーの特訓をすることで、生き生きしていくんだ。彼らにはそんな絆があった。今作には、リアルな雰囲気もあると思う。試合だけじゃなく、家族が食卓を囲んでいるシーンとかにもね。ビジュアルに華やかさはなく、色も控えめ。ベン・ヤンガー監督の演出や撮影のしかたのおかげだが、僕はそこも気に入っている。

最近は、「ハドソン川の奇跡」でも実在の人物を演じましたね。

あの役のためには、口ひげをはやした。彼は口ひげがある人だったから。本人たちは、僕らの演技のせいで、一生何かを言われるんだよ。ビニー・パジェンサの試合やジェフ・スカルズのビデオを見る人よりも、「ビニー/信じる男」や「ハドソン川の奇跡」を見る人のほうが、 圧倒的に多い。それらの映画で、役者が全然努力をせず、別人みたいに見えたら、うれしくないよね?ベン(・ヤンガー監督)が初めて完成作をビニー本人に見せた時、ビニーは最初から最後まで泣いたらしいよ。彼は、この映画にとても満足している。そういうのを聞くと、僕はすごく満足する。

今作の予算はたったの600万ドルで、撮影期間は24日しかなかったのだとか。あなたはこのような低予算のインディーズ映画に慣れている一方で、メジャースタジオの大作映画にも出てきています。

おもしろいことなんだが、クリストファー・ノーラン、スティーブン・ソダーバーグ、オリバー・ストーンらは、大作でも、まるでインディーズみたいな感じで撮るんだよ。待ち時間に自分のトレーラーに戻ったりしない。俳優は、常に仕事をしている。僕の「ダークナイト」の撮影初日は、クリス(・ベール)とマギー(・ギレンホール)とのディナーのシーンだったんだが、誰もトレーラーに戻らず、食事に関しても、クラフトサービス(主にクルーのためのスナックやドリンクを置いたテーブル)の場所を教えてもらうことになった。2億5,000万ドルもかけている映画なのに、まるでインディーズの現場みたいだったよ。 派手なことはひとつもない。ただ自分の仕事に最善を尽くすことだけを考えている。

”朝起きて、電話を受けた時、そこから人生がどう変わるかなんて、想像できない。この20年間、ずっとそうだった”

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ジャンルにおいても、あなたは、ロマンチックコメディからSF、アクションなど、幅広くこなしてきましたね。

そうだね。どの映画も、それぞれ違った理由で引き受けている。別の映画が目的で、それをやるためにこれを受けよう、という時もあるし、お金のこともあるし。そこからキャリアが生まれてくる。俳優だから浮き沈みもあるよ。朝、電話がかかってきて、それを受けた時、そこから自分の人生がどう変わることになるかなんて、想像もできないものだ。この20年間、文字通り、ずっとそうだった。電話が鳴って、それを取って、しばらくしたら自分はブルガリアにいることになったり、オーストラリアにいることになったりする。クリントの映画(『ハドソン川〜』)だってそうだったんだ。そういう人生はエキサイティングだよ。

浮き沈みが激しいハリウッドでは、いつのまにか消えてしまったという俳優も、たくさんいます。長いキャリアを築けてきた理由は何だったと思いますか?

僕は決して一番人気の俳優ではない。でも、僕は、がんばりやで、役のために全力を尽くす人だと思われていると思う。監督は、本気で努力してくれる俳優と組みたいと思うものだ。自身の評判がかかっているんだからね。この映画のためにお金を出してくださいと出資者たちに頼んでいるんだ。すごいプレッシャーだ。だから、リスクを負うのであれば、時間どおりに、たっぷり準備ができた状態でやってきてくれる俳優とやりたいと思うんだ。とは言っても、評判が悪いのに、演技がすごく上手いから、今も仕事をしている俳優もいるけどね。やりづらくて演技もたいしたことがないなら、その人は終わりだよ。

「ビニー/信じる男」は、21日(金)全国公開。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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