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ブライアン・クランストン「あの部分も正面から撮ったのにカットされた。気が散ると思われたかな」

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:REX FEATURES/アフロ)

「どこかで見たことある人。」

長い俳優人生で、ブライアン・クランストン(60)は、ずっとそんな存在だった。そんな彼をブレイクさせたのは、2008年にケーブルチャンネルAMCで始まったドラマ「ブレイキング・バッド」だ。とは言っても、このドラマは即座にヒットしていない。放映開始直後から批評家受けは最高だったが、視聴率はまずまずで、クランストンは一気に知名度を上げたわけではなかった。しかし、テレビドラマをNetflixのストリーミングでまとめて見る人がちょうど増え始めた頃で、シーズンとシーズンの合間に追いついた人が、次のシーズン開始日に一斉にチャンネルを合わせるという現象が起こり、最終シーズンは記録的な視聴率を達成する。終わり方も賛否両論で、ソーシャルメディアで積極的な意見交換がなされ、これまた一大現象となった。

2013年にそんな形で番組が終了した後、クランストンはブロードウェイの舞台に立ち、トニー賞を受賞している。そして、今週金曜日に日本公開となる最新の主演映画「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」では、オスカーにノミネートされた。「ブレイキング・バッド」でエミー賞を獲得している彼は、ハリウッドでごく一握りの、オスカー、トニー、エミーの3つをすべて受賞したエリートグループへの仲間入りに、あと一歩のところまで迫ったわけだ。

「トランボ」のクランストン(右)。左は共演のヘレン・ミレン
「トランボ」のクランストン(右)。左は共演のヘレン・ミレン

「トランボ〜」の舞台は、共産主義者と思われる人物を吊り上げる、いわゆる“赤狩り”時代のハリウッド。売れっ子脚本家ダルトン・トランボ(クランストン)は刑務所に入れられ、出所後も、業界内でブラックリストされたために仕事をもらえなかった。家族を養うべく、彼は、自分が書いた「ローマの休日」の脚本を、別の脚本家の名前で提出する。それに味をしめ、彼はさまざまな偽名を使い、次々に作品を送り出していくのだった。

クランストンの描く人物像を見るかぎり、トランボは、かなり奇抜な人物だったようだ。ハリウッドができれば隠したいと思ってきた歴史の一部に向き合った感想、ヌードシーンについて、そして、今、数々の賞に輝く有名俳優になったことについて、クランストンに聞いてみた。

ダルトン・トランボは、かなり豪快で、個性的な人だったようですね。

こんなふうに、明確な特徴のある変わった人は、むしろ演じやすかったりするんだよ。つかみどころがあるからね。細かなニュアンスを含む控えめなキャラクターのほうが、つかみどころを見つけるのに苦労したりする。

ダイアン・レイン(右)はトランボの妻を演じる
ダイアン・レイン(右)はトランボの妻を演じる

リサーチの過程で彼の娘に会って話を聞いたり、脚本を何度も読み返したりするうちに、彼の人物像は、じわじわと僕の中に入り込んできた。

トランボは相当に辛いことを経験しますが、演じるのに一番大変だったシーンはどこでしたか?

刑務所に到着してすぐ、丸裸にされるシーンだね。新しく来た服役囚は、体のすべての部分を調べられる。恥ずかしい格好もさせられる。裸にさせられると、そこではもう、教養レベルも、どれだけお金をもっているかも、どんな才能があるかも、関係なくなるんだ。裸になったら、僕らはみんな、基本的に同じに見えるんだよ。そこを見せるのは、物語上、とても大事だった。看守にとって、それはあくまで日常のことで、彼らにとっては、どうってことないんだけれどね。

ああいうシーンを撮影する日は、おそらくすごく緊張するのでしょうね。

ああ。だから、ユーモアをもってアプローチしないといけない。僕はあの日、現場でずいぶんジョークを言ったよ。恥ずかしいからさ。だって、世界に向けて全裸をさらすんだよ。それも、今だけじゃなくて、永遠に残るんだ。実は、正面から、あの部分がしっかり写るように撮ったのに、完成作ではカットされていたよ。なぜなのかはわからない。(監督の)ジェイ(・ローチ)に聞いてみないとな。観客の気が散ると思ったのかな(笑)。まあ、あそこが写っていなくても、トランボが受けている屈辱は伝わってくるよね。

ここ数年の間に、さまざまな賞を獲得してきています。それらはあなたにとってどんな意味がありますか?

賞については、まったく考えないよ。本当だ。シャワーの中で受賞スピーチの練習をしたりする俳優がいるのは知っているけど、僕はそうじゃない。僕が願ってきたのは、仕事をもらえる俳優でいられることだった。それができてきたことを、僕は誇りに思っているよ。26歳の時から、俳優以外の仕事をいっさいやっていないんだ。僕は、賞目当てで役を選んだりはしない。今作だって、この物語を語りたいから引き受けたんだ。この映画の中で、トランボは、(反共産主義を強烈に打ち出している)ジョン・ウェインに、「僕らはどちらも、間違っている権利があるんだよ」と言う。相手の言うことに合意はしなくても、相手はそう信じる権利があるんだ。反対意見を言ってもいい。でも、相手が意見を言うことを阻止してはいけない。これはそういう物語で、僕はそれを語りたかった。

人はまだあなたに「ブレイキング・バッド」の話をしてきますか?

してくるね(笑)。あの番組は、僕の人生、僕のキャリアを変えてくれた。すばらしい6年間だったよ。僕は一生、ヴィンス(・ギリガン。番組のクリエーター)に借りがあるね。毎週彼の車を洗ってあげなくちゃ(笑)。彼とは友達だから、しょっちゅうしゃべっている。でも、番組自体を恋しいと思うことはないね。すごく良い終わらせ方ができたからさ。始まりがあって、真ん中があって、終わりがあった。最高のシェフが作るディナーをした時、食前酒で始まり、前菜をいくつか、それからメイン、デザート、コーヒーと来た後に、「さあ、まだこれがありますよ」と言われたら、「いや、もういいです」と思うよね。それと同じだ。すごくおいしかった。満足した。だから、もう終わりでいい。

あなたはどんな生き方の姿勢をもっていますか?

歳を取るにつれて、物質的なものより、経験に興味をもつようになってきた。僕は、できるだけ生活を身軽にしたいと思っている。でも、経験は豊かにしたい。それで、今、僕らがずっと住んできた家を売ろうよと、妻を説得しているところなんだよ。僕らはここで子供を育てたし、パーティもした。でも、僕らの生活は、この家そのものにあるんじゃない。(胸を差して)ここにあるんだ。心の中に。僕らは、次のところに、この心を連れて行く。そして、新しい場所で、新しいインスピレーションを探すのさ。

credit: Hilary Bronwyn Gayle
credit: Hilary Bronwyn Gayle

ブライアン・クランストン1956年L.A.生まれ。TVのコメディ「となりのサインフェルド」「マルコム in the Middle」などにレギュラー出演。映画では「すべてをあなたに」「リトル・ミス・サンシャイン」「リンカーン弁護士」「アルゴ」「GODZILLA ゴジラ」などに出演。「ブレイキング・バッド」でエミー賞、映画俳優組合賞などを受賞。「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」でオスカー主演男優部門にノミネートされる。

「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」

監督:ジェイ・ローチ 出演:ブライアン・クランストン、ダイアン・レイン、ヘレン・ミレン、エル・ファニング、ジョン・グッドマン、マイケル・スタールバーグ他 22日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ他全国ロードショー

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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