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追悼テレサ・サルダナ:80年代、ファンに刃物で刺され、瀕死の状態に陥ったハリウッド女優

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
女優テレサ・サルダナは、回復後、反ストーカー法の成立に尽力した

東京・小金井刺傷事件の被害者、冨田真由さんの意識が回復されたというニュースを読んだ。順調なご回復を祈るばかりだ。その報道が出たのとほぼ同時に、今度は、「レイジング・ブル」などで知られるハリウッド女優テレサ・サルダナの訃報が出た。サルダナも、1982年、ファンの男性に10カ所を刺され、生死の境目をさまよった、ストーカー事件の被害者である。

小金井の事件では、ソーシャルメディアが変えたファンとアイドルの関係についていろいろ論議されたが、サルダナの事件が起きたのは、パソコンも、携帯電話もなかった時代だ。ファンがストーカーになる問題がずいぶん前からあったことを改めて思い出させるこの事件を、振り返ってみたい。

サルダナは、78年のロバート・ゼメキス監督作「抱きしめたい」で注目され、翌79年には「摩天楼ブルース、」80年にはマーティン・スコセッシ監督作「レイジング・ブル」にジョー・ペシの妻役で出演する。「摩天楼〜」と「レイジング〜」を見てサルダナのファンになったスコットランド出身のアーサー・リチャード・ジャクソンは、当初、エージェントを通してサルダナ本人に接触しようとするがかなわず、私立探偵を使って、電話帳に載せていないサルダナの母の電話番号を突き止めた。次に彼はスコセッシのアシスタントを装ってサルダナの母に電話をし、スコセッシの映画で別の女優が必要となったので、彼女に連絡を取るために自宅住所を教えてほしいと言い、聞き出している。

82年3月15日、ジャクソンは、ウエストハリウッドにあるサルダナの自宅前で、当時27歳だったサルダナを、刃渡り14cmのナイフで、10回に渡って刺した。あまりの勢いで刺したため、刃が曲がったほどだったという。水の配達人が事件を目撃し、救急車と警察が来るまで、ジャクソンを取り押さえた。サルダナは4時間に及ぶ手術を受け、4ヶ月間入院。肉体的にも精神的にも大きな苦痛を受けた彼女は、両方の治療を受け、長い期間を経て、女優業に復帰した。

ジャクソンは、後に、サルダナは自分を天国へ連れて行ってくれる天使で、これは神から任された使命だったと語っている。刑務所に入ってからも、サルダナに殺してやるという脅迫の手紙を16通も送った。彼女を救った水の配達人にも脅迫状を送付している。彼はまた、裁判で、「銃にすればよかった。そのほうがもっと効率が良く、思いやりのある手段だっただろう」と語り、サルダナが死ななかったせいで、自分の使命は余計な時間がかかってしまったとも述べた。ジャクソンは14年服役し、その後イギリスに送還され、精神病棟に入れられた。2004年、心臓発作で死亡している。

回復後、サルダナは、権利擁護団体“Victims for Victims”を設立し、反ストーカー法案の成立に尽力した。84年には、事件を描くテレビの2時間特別ドラマ「Victims for Victims: The Theresa Saldana Story 」に、自分の役で出演。あの恐怖をもう一度体験することをあえて選んだことについて、当時、サルダナは、L.A.TIMES紙に対し、「犯罪の被害者だけでなく、悲劇を経験したすべての人に、あなたは乗り越えられるのだと伝えたいから。死にそうになるまで八つ裂きにされて、それでも克服できるなら、なんだって克服できる。生死の境目をさまよって、生き延びると、大きな力を得られるものよ」と語っている。

不幸なことに、サルダナの事件は、別のストーカー殺人事件を引き起こすことにもつながっている。レベッカ・シェイファー(『ラジオ・デイズ』)のファンだったアリゾナ州在住のロバート・ジョン・バードは、以前からストーカー行為を繰り返していたが、「Scenes from the Class Struggle in Beverly Hills(日本未公開)」(89)で彼女が男優と一緒にベッドに入っているシーンを見て嫉妬。ジャクソンがサルダナの居場所を突き止めるのに私立探偵を使ったことにアイデアを得て、私立探偵に250ドルを払い、住所を知った。バードがやってきた時、彼女は家におり、短いおしゃべりの相手をしたが、最後に、もう家には来ないでほしいと言ったという。しかし、バードは、彼女と別れ、近くの店で食事をした後、再び彼女の家に戻っている。その時のシェイファーの反応が冷たかったことから、バードは逆上し、用意していた銃で彼女を撃った。彼女は救急車で病院に運ばれたが、30分後に死亡。89年7月18日の出来事で、彼女は当時、まだ21歳だった。バードは無期懲役の判決を受けている。

同じ89年には、マイケル・J・フォックスのファンの女性ティナ・レッドベターが、フォックスに5,000通以上の脅しの手紙を送った罪で起訴されている。レッドベターは、フォックスがトレーシー・ポランと結婚したことが気に入らず、フォックス、ポラン、ポランのお腹の中にいる子供を殺すと脅迫していた。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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