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2022年のEUを振り返って。冷戦崩壊後に匹敵と言われる大拡大・欧州政治共同体・独仏のずれとNATO

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
アルバニアのティラナで開催されたEUと西バルカン諸国との首脳会議で。12月6日(写真:ロイター/アフロ)

今年、欧州連合(EU)関連で何が最も大きなことだったかというと、言うまでもなくウクライナ戦争である。

戦争の中で重要なことは何だったかというと、あまりにもトピックが多すぎるが、未来につながることと筆者が現在注目しているものを、挙げてみたいと思う。

1,冷戦崩壊後と同じくらいと言われるほどの、EUの大拡大の可能性

ウクライナとモルドバが、6月23日に正式EU加盟候補国となった。これは「プレゼント」と言われることがある(ジョージアが入らなかったことは書いておく)。

しかしこのことで、西バルカン諸国が、裏切られたと感じ、ふさぎこんでしまったという。アルバニアや北マケドニアは以前から加盟申請していたのに、ずっと「欧州クラブの控室」で待たされたままであった。

彼らは「EU統合への保証を得るには、ロシアに侵略されないといけないのか、と不満をつのらせた」と、レッタ元イタリア首相は表現した。

その後、EUの動きは促進された。

まず、7月19日には、両国はEUと加盟交渉を正式に開始した。北マケドニアは2004年、アルバニアは2009年に加盟申請後、やっと交渉入りにこぎ着けたのだった。

さらに、12月15日には、ボスニア・ヘルツェゴビナに、加盟候補国の地位を与えることを承認した。

同じ日には、コソボがEUへの加盟を申請した。このことは、隣のセルビアの反発を招いた。もともと、セルビアは、2009年にEU加盟を申請し、コソボとの関係改善を条件に加盟候補国となり、EUと加盟交渉を開始してきたのだ。

しかしウクライナ戦争によって、バルカン諸国のなかで、ロシアとEUの間で最も引き裂かれて問題が多いのは、セルビアと言える立場である。

このように、次々と具体的な動きが加速しているので、欧州の識者の中には、冷戦崩壊後に、東欧の国々をEUに迎える決断をした時以来の「大拡大」と言う人達がいるのである(EU崩壊と騒いでいた世界の人たちは、今頃どうしているだろう)。

カレル大学で、EUの拡大と制度改革などを演説するショルツ首相。8月29日。
カレル大学で、EUの拡大と制度改革などを演説するショルツ首相。8月29日。写真:ロイター/アフロ

ショルツ首相は8月29日、プラハのカレル大学で、「欧州はわれわれの未来」と題したでの演説を行った。

EUの拡大を支持、フランスが主張する制度改革に賛成したが、それだけではない。さらなる拡大によって「欧州の中心は東に移動する」と主張、「大陸の中心であるドイツは、欧州の東西、南北をより近づけるために全力を尽くす」と述べたのである。

これがまた、フランスで物議をかもしたのである。

ドイツは今まで、「軍拡」については日本と同じように、大変慎重というか、むしろ反対の姿勢であった。それがウクライナ戦争で、周りに「ウクライナを支援しないのか」と非難される形で、歴史的な方向転換をすることになった。

EUで一番の経済大国の上に、軍事力の増強が予測される国の首相が、この発言。反応がないわけがなかった。

2,欧州政治共同体とは何か

さて、ウクライナ戦争で大激震の欧州に、突然登場した「欧州政治共同体」の構想。聞いたことがある方でも、一体何なのか、さっぱりわからないという方が多いのではないだろうか。当のヨーロッパ人も同様だ。

これはマクロン仏大統領が提唱したものとされることが多いが、レッタ元伊首相も同じように提唱しているので、共同歩調と考えていいかもしれない。

目的は、EUに加盟を望んでいる国を、疲弊させないことだという。

上記の国々は、本当にEU加盟国になるまでに何年かかるのだろうか。10年? 20年? 30年?

クリアしなければならない課題は山積みだ。加盟には、長く不確実なプロセスであり、加盟希望者の意欲をそぎ、世論を疲弊させてしまう。

だからこそ「欧州政治共同体」は、この落とし穴の多い道に寄り添い、徐々に連合に参入することを可能にする役割を担うのだという。

プラハ城で開催された欧州政治共同体内の会合と非公式EU27首脳会議で写真撮影をする出席者たち。10月6日
プラハ城で開催された欧州政治共同体内の会合と非公式EU27首脳会議で写真撮影をする出席者たち。10月6日写真:ロイター/アフロ

具体的な分野別プロジェクト(安全保障、エネルギー、教育、研究)を通じて、国民に加盟の色を見せることができて、そのうちのいくつかは、これらの国々とすでに有効となっているEUの連合協定によって促進される可能性がある。

また、加盟交渉中の国を、欧州委員会との1対1の会議から解放し、多国間の枠組みを提供し、EU内外の指導者が欧州の同じテーブルにつく。そうやって、EUやNATOにも加盟していない国々と共に「欧州というファミリー」を実体化する。

実はこの計画は、冷戦終了後の1991年にフランスのミッテラン大統領が提唱したものと、概念はだいたい同じである。

当時も、東欧諸国は「そんな新たな組織に我々を入れて、EUには入れないという意味だろうか」と疑心暗鬼になったが、今はウクライナが同じ感情を抱いている。先例はつぶれたが、今回もつぶれるのだろうか。

当時反対したチェコ、そしてハンガリーやポーランドがEUに加盟するまでには、結局約15年かかった。たった15年で済んだとも言えるわけで、現在「控室」にいる国々が15年後にすべて加盟しているかは、かなり疑問である。

(縁起でもない話だが、第二次大戦時の我が国と同レベルくらいに徹底的に壊されてしまえば、かえって早くなるのかもしれないが・・・)。

左のチェコのハベル大統領は、ミッテラン構想に反対した主要人物の一人だ。ゴルバチョフ大統領は「プラハの春」行動プログラムの作者で親友のズデニェク・ムリナー氏の葬儀でプラハ城に到着。1996年4月25日
左のチェコのハベル大統領は、ミッテラン構想に反対した主要人物の一人だ。ゴルバチョフ大統領は「プラハの春」行動プログラムの作者で親友のズデニェク・ムリナー氏の葬儀でプラハ城に到着。1996年4月25日写真:ロイター/アフロ

今は不評でも、バルーンを上げておいて、少しでも話し合いや説得を続けていれば、大きく日の目を見る日がやってくるかもしれない。

この構想は、時代は変わっても、常に二つの問題を内包していると思う。一つは対アメリカ、一つは対ロシアである。内包というよりは、構想の重要な焦点・目的というべきだろう。

対ロシアについては、現在のバージョンでは、評価は揺れ動く。

「欧州共同体」は民主主義クラブだから、当然ロシアは入れないという拒絶的というか敵対的な意見もあれば、遠い将来にはロシアの加入も視野に入れているという意見もある。

二つの考えは矛盾とはいえないだろう。なぜなら、東西の壁が崩壊してからずっと欧州は、どのような欧州大陸をロシアと共に構築するかは、定まらないでいるからだ。

民主化の方向が必然なのは疑いがないが、今は民主主義クラブでロシアを牽制するにしても、遠い将来的にはロシアとも共に話し合える、EUとは異なる装置をもたなければならない。EUは確固たる存在すぎて、中と外では主と従、一級・二級の関係ができてしまうのだと、筆者はとらえている。

それに、仮にロシアが民主化しても、アジアにまたがる広大な領土のために、そもそもEUに入れそうにないという問題がある。

また、対ロシアには、必ず対アメリカの要素がからんでくる。フランスが「欧州」と叫ぶ時、そこには「アメリカからの自立」という思想が存在することが多い。

ここで注意が必要だ。フランスの考えの中にあることが多いのは「自立」であり、「自律」ではない。EUの戦略のほうは「戦略的自律」である。

ウクライナ戦争が起きる前は、マクロン大統領はNATOの「脳死」を主張していた。実際にアメリカは、大西洋ではなく太平洋、中国・アジアの方向を向いている。

オバマ大統領は、伝統的な欧州との絆にはほとんど関心がなかったし(それでも義務は果たした)、トランプ大統領は、欧州に「もっと軍事費を負担しろ」と言うことしかしなかった。

しかし、戦争が始まって、北欧や東欧の国々は、アメリカ(=NATO)のほうを向いている。ドイツも日本と同じでアメリカを頼みにしている。ここでも仏独では考え方の違いがある。ベルリンでは、アメリカ人を安心させるために「ヨーロッパ主権」という概念を好んでい

10月下旬に一時起こった(すぐ修復したが)、ドイツとフランスの不和は、これらの考え方の違いも一因であっただろう。

マクロン大統領は、プーチン大統領と外交による解決を試みて、あからさまなまでに失敗した。これは、フランスが、アメリカに頼ることなく欧州(EU)主導で欧州大陸の運命を決めたかったのに対し、プーチン大統領は、軍事の点ではEUを、NATOという名のアメリカの従者と、見切りをつけていたことを表していたと思う。

とはいえ、現在のアメリカ大統領は、冷戦時代を知る高齢で、白人で、左派である民主党のバイデン氏だから、欧州とは良い関係を保っているのだ。次に登場するアメリカの大統領次第では、EUの軍事は、異なる方向に行く可能性は否定できない。

日本も欧州も、アメリカに守ってもらうのに慣れすぎている。日本はロシアに北朝鮮、中国と、隣国に不安要素しかないのに対し、欧州はうんと先を言っているように見える。

これもそれもすべてひっくるめて、パックス・アメリカーナ(アメリカによる平和)の時代は続いていると言えるのだろう。

NATO旗
NATO旗提供:イメージマート

3,NATOの考え

それでは、NATO自身は、欧州防衛をどう考えているのだろうか。

NATO=アメリカは、アジア・太平洋のほうを向いているのだから、欧州の防衛は欧州が担ってくれれば、それに越したことはないという意見がある。もちろん費用の点でもである。

フランスが「欧州の自立」というなら、大変結構ということになるのだろう。

むしろ、NATOの一員であるアメリカがアジア・太平洋に関与するなら、欧州はどのように同地域に関与するのか否かという議論が新たに起こっている。

ただし、問題は中国だけではない。アフガニスタン、中東、アフリカ・・・結局このことは、NATOが地域的な役割を果たすべきか、世界的な役割を果たすべきかという問いにつながるのである。

上記のことは、また改めて詳細な記事を書きたいと思っている。

ロシアの戦略も書きたかったのだが、来年に持ち越しにしようと思う。

ウクライナの夏の農耕地
ウクライナの夏の農耕地写真:イメージマート

【2022年を振り返って、筆者の思いとご挨拶】

今年は本当にウクライナに翻弄された1年だった。

戦争について書くことは、戦場にいるわけでもないのに、大変な疲弊をもたらすものだと初めて知った(今年初めて仕事を忘れてリラックスできたのは、ワールドカップだった)。

また、原稿には書いていないが、有名なウクライナ作家やジャーナリスト、運動家の講演会に出かけたり、ウクライナ人にフランス語を教えるアシスタントをしたりもした。

秋を過ぎた頃から、自分は戦争の何を書きたいのかが、ようやくわかってきた。

日本のウクライナ報道の特徴がはっきり出てきたせいもあるが(詳細な情報は、圧倒的に軍事情報が多い)、自分は社会や文化、人々の思いが描きたいこと、人権に関する問題、そして歴史を動かしていくような地政学が書きたいのだと、わかってきた。

最初のうちは、チェルノブイリにロシア軍が攻撃していると知ると、自分がパニックになってしまっていた。書き手というのは、対象とある程度の距離というか、冷静さがないといけないのに。

フリーである立場だと、なかなか時間の確保が難しい問題もあった。

会社員記者なら、調査の段階の時間に給料は保証されているが、フリーは無給だ。書きたいこと、調べたいこと、実行したいことが山ほどあるのに、時間と収入のバランスを常に考えなくてはならない。

かなり厳しい1年だったが、鍛えられた1年でもあった。

今年は混乱の極みだったので、来年はもう少し、バランスを上手に取りながら仕事をしていきたいと思っている。

応援メールや情報メールを送ってくださった方々、心から感謝しています。

今まではお返事を書ける時もあったのですが、今年は、仕事以外も大変なことが重なり、仕事のメールすら返せないことがある状況で、無理でした・・・。

この場を借りて、お礼を申し上げます。

皆様、よいお年を。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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