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反プーチンを掲げる露のテロル集団が登場?ダリア・ドゥーギン暗殺事件とポノマレフ元議員:ウクライナ戦争

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
ロシアの元国会議員イリヤ・ポノマレフ。現在47歳(写真:ロイター/アフロ)

ここ最近、ウクライナ関連で、ネットで一種異様な盛り上がりを見せているのが、「国民共和軍」への関心である。

8月20日、「プーチンの頭脳」と呼ばれるロシアの極右思想家アレクサンドル・ドゥーギン氏の娘ダリア氏が暗殺された。

翌日に犯行声明を出したとされるグループが「国民共和軍」。英語にするなら「National Republican Army」である。

しかし欧州の大手メディアは、取り上げるのに慎重である。この組織は実態が確認されていないからだ。組織名を名乗っているが本当に集団なのか(一人だけ?)、本当に犯行を行ったのか、そもそも本当に存在するのかすら不明なのだ。逆に、存在するとしたら、誰がメンバーなのか、何が背後にあるのかもわからない。

それなのに、なぜネットで異様に湧き上がるのか。それは、この集団は反プーチンを掲げており、あたかもプーチンを打倒すべく立ち上がった、テロルを目的とした秘密結社であるかのような印象を与えるからに違いない。ああ、なんだかあまりにもヨーロッパ的だ・・・。

この「組織」の存在に信憑性を与えている唯一といっても良い存在が、ロシアの元国会議員のイリヤ・ポノマレフ(ポノマリョフ)である。彼が、ダリア氏への襲撃は、ロシアの無名のグループ「国民共和軍」が犯行声明を出したと述べたのである。

ポノマレフ(ポノマリョフ)氏は、ロシアでは政治家としても実業家としても、重要人物の域に入る人物だった。

自分のもとに送られた「国民共和軍」の声明文を許可のもとに披露するとして、彼は自分のネットのアカウントで紹介、そして彼らのマニフェストも紹介している。

「プーチン大統領は憲法を改ざんし、スラブ民族間の戦争を引き起こし、ロシア兵を確実で無意味な死へと導いた戦争犯罪者であることを宣言する」

「我々は、ロシアに住むすべての人々に自由を与え、新しい社会を築くのだ。寡頭制のない社会、汚職のない社会、役人の恣意性のない社会、屈辱的な貧困のない社会だ」

「プーチンは我々によって退陣させられ、滅ぼされるのだ」

「自由ロシア万歳!」

気骨ある野党の政治家、ポノマレフ(ポノマリョフ)

イリヤ・ポノマレフ(ポノマリョフ)は、2007年から2016年までロシアの下院議員だった。

プーチン大統領率いる与党「統一ロシア」党を、「詐欺師と泥棒」と呼んで注目された。2014年3月、彼はクリミア併合に反対票を投じた、唯一の国会議員だった。

ちなみに母親は上院議員で、ロシアの国会で反マグニツキー法に反対票を投じた唯一の議員で、辞職に追い込まれたという(マグニツキー法についてはここをクリック)。反骨精神がしっかりしているのは、家族の環境かもしれない。

2007年から2013年まで、野党の社会民主主義政党「公正ロシア」の中央委員会委員を務めた。

アメリカ滞在中に帰国が禁止され口座が凍結されてしまい、その後はウクライナに住み、2019年には同国の市民権を取得した。

戦争が始まってからは自ら動画チャンネル「Utro Fevralya(2月の朝)」をYouTubeに設立し、キーウから反戦運動の情報を放送していた。彼は反ロシアではなく、反プーチンの活動であると主張している。

ダリア・ドゥーギンが暗殺された翌日の8月21日、彼は自分のチャンネルの19時の放送で、ダリア氏への襲撃について、ロシアの無名のグループ「国民共和軍」が犯行声明を出したと述べた。

英『ガーディアン』によると、彼は「昨夜、モスクワ近郊で重大な事件が起きた。この攻撃は、プーチン主義に対するロシアの抵抗に、新しいページを開くものだ。新しい、しかし最後ではない」と述べたと報じている。

ベルギーの『ラ・リーブル』は、彼によると「国民共和軍」は、ロシアの支持者たちが地下作戦で、プーチン政権を転覆させようとしているグループだということだ。

さらに、ロシアの支援者たちは、クレムリンにつながる高官をターゲットにした同様の攻撃を他にも行う用意があるとも主張しているという。

自分はメンバーではないが、支援しているとも別途述べている。また、「国民共和軍」は、組織というよりは、むしろ「ネットワーク」であり、区分けされ自律した秘密の細胞から構成されているとされているとも述べている。

以下は、彼のツイートである。

<訳>国民共和軍は、プーチンのファシストの背後に第2の戦線を開いた。主戦論者ども、資金提供者、戦争の「志願者」はもはや安全ではない。 ブチャや他の第64「衛兵隊」旅団の処罰者、ブチャの死刑執行人、および他の戦争犯罪者は安全ではない。 https://t.me/rospartizan/965 https://youtu.be/pofT8V8vytc>

(機械翻訳の利用による)

また、彼のSNSテレグラムのチャンネル「rospartizan」に、国民共和軍のマニフェストが(組織の許可のもと、ということで)公開された。

それによると、「我々はロシアの活動家、軍人や政治家、今や国民共和軍のパルチザンである。我々は、主戦論者ども、ロシアの人々の簒奪者であり抑圧者を非合法化する」、「ある者には貧困と棺桶を、他の者には宮殿をーーそれが彼(プーチン氏)の政策の本質である」、「選挙権を奪われた人々には、暴君に反抗する権利があると我々は信じている」等とある。

ただしマニフェストのほうには、ドゥーギン親子の名前や、娘の暗殺に関する内容は出てこない。

真実は、まだ誰にもわからない。グーグルでは、フランス語検索では「A gauche.org」の記事が上位に来るが、そこには「実際には中心となるのはポーランドである」と書かれている。もしこの組織が真に存在するなら、そうかもしれないとも思うし、違うかもしれない。

一方、ロシア側は、ダリア氏を殺害したのは、1979年生まれのウクライナ人女性であり、犯行翌日にはエストニアに逃亡したと、露連邦保安庁(FSB)が発表した。

ウクライナ当局のほうは関与を否定している

ベルギーの『7 sur 7』によると、ロシア治安機関による「偽旗作戦」ではないかとの見方もあるという。

戦争反対派への国民の敵意をあおり、ウクライナに対するより厳しい弾圧を正当化するために、ドゥーギン氏の娘を犠牲にしたという説である。

真相はわからない。

ちなみに「国民共和軍」は、侵攻開始以来、戦争反対派のロシア人のシンボルとなりつつある「白・青・白」のロシア旗を使うように勧めている。

旗を考案した人達は、ロシア国旗の赤は、今や血と暴力、ツァーリズム(ロシア皇帝絶対君主制)、軍国主義や権威主義的な強さを連想させるので、外したのだという。

3月26日にチェコのプラハで行われたロシア人等による戦争反対のデモ。Wikipediaより
3月26日にチェコのプラハで行われたロシア人等による戦争反対のデモ。Wikipediaより

ポノマレフ(ポノマリョフ)氏の考えていること

ポノマレフ(ポノマリョフ)氏は『キーウ・ポスト』のインタビューに対して、「国民共和軍」は「社会正義を受け入れ、オリガルヒを排除し、長期的にはエリツィンやプーチンの新自由主義的アプローチから離れます」と説明している。

また「私の直感では、実際の核は十数人だと思います」と述べている。

さらに「私は最近、『プーチンは死ななければならないのかーーウクライナに負けたロシアが民主化するまでの物語』という本を書きました。そこには、プーチンを政権から排除することが急務であり、ウクライナが勝利することが確実であるという私の意見がはっきりと書かれています。プーチンが権力を握っている限り、世界は安全ではありません」とも述べている。

そして、「国民共和軍」への支持を発表してからの反響について問われ、「ロシアの野党の多くの人たちを不安にさせました。プーチンに狙われたくないということで、来週予定されていた野党の会合から私は外されました」、「しかし、私は常に、言葉よりも行動が重要だと考えています」と語った。

<ポノマレフ氏のYouTubeアカウント>

それと、「国民共和軍」と、なぜ「軍」という名前がついているのか。

この疑問に対しては、『スペクトル(Spektr)』のインタビューで、大変興味深い言及があった。

インタビュアーが「国民共和軍は、あなたにメディアで代表する権利を委任したのでしょうか。あなたの話は、アイルランド共和軍(IRA)がシン・フェイン党という政治的な翼を持ち、その党首ゲリー・アダムスがほとんどIRAの公式なパイプ・広報役とみなされていた1970年代から80年代の北アイルランド紛争に、非常によく似ていますね」と尋ねた。

ポノマレフ(ポノマリョフ)氏は「あなたの言っているモデルは、かなり像に近いと思います」と認めた。

ただし、「今のところ、IRAのように、統一司令塔である軍事評議会が存在する組織はありません。IRAは1つの司令部を持つ軍事組織でした。

国民共和軍には、指揮権の統一は見られません。クラウド・ネットワーク構造であり、そこにはイデオロギーの中心であるようなものがあることがわかります」と答えている。

またインタビュアーは、国民共和軍はマニフェストからして、明らかに左翼思想を理解した有能な人物が書いたものであると述べ、活動員は誰なのか、「郊外の労働者階級」の代表者には見えないと尋ねている。

これに対しポノマレフ(ポノマリョフ)氏は、自分が書いたのではないと否定している。

そして「『草の根』からの素朴さを持った人たちがいます」、「彼らは少数派です」、「私が(創設した)左翼戦線に取り組んでいたときの個人的な経験によると、ロシアのさまざまな急進的な若者で、人々の一部は都市の郊外、社会的底辺から来ました。

とはいえ、彼らのほとんどは教育を受けた人々で、目が燃えていました。おそらく、彼らは20世紀初頭にボルシェビキを支持した人々と変わらないでしょう」と答えた。

また「今、ロシアには平和的な抵抗勢力は存在しません。ロシアでは平和的な抵抗を少しでもすると、牢屋に入れられるんです」、「残るはただ一つです」と言った。

その後インタビューは、ロシアにおけるテロの長い歴史についての会話があった後、彼は「純粋なテロ組織が権力を握った例として、例えば南アフリカのアフリカ民族会議があります(※この軍事部門「民族の槍」は、1961年から1991年までアパルトヘイトに対するテロ活動を行った。後に南アフリカ初の黒人大統領となるネルソン・マンデラが、キューバ革命に触発されて創設)。さらに5つほどの例を挙げることができます」と答えている。

さらに、インタビュアーは「過去100年間でのロシア社会の最悪の恐怖、つまり革命への恐怖、内戦への恐怖を踏みにじったと思いませんか。この恐怖のために、暴力的な闘争方法を忌み嫌っているリベラルな見解を持つ多くの人々が、あなたから遠ざかっていると思いませんか」と質問した。

これに対しポノマレフ(ポノマリョフ)氏は、「最も恐ろしい恐怖はエリートの間にではなく、言ってみれば「深層の人々」にあるとしましょう。これは内戦の恐怖ではなく、国の崩壊の恐怖です。プーチンが評価されている業績は安定であり、彼が国の崩壊を止めたという事実です」と答えた。

続けて「それどころか、彼はいま国の崩壊を引き起こしていると思いますが、市民は別の受け止め方をしています」、「プーチンはすでに戦争を始めているのです。内戦を呼びかけるようなことは当然してはなりません。かわいそうなウクライナを助けるべきだ云々と言って去っていったリベラルの人たちが理解していないのは、私たちは戦争状態にあるということです。ロシアでも、みんながそれを理解しているわけではありません」と述べている。

以上、いかがだっただろうか。

ダリア氏殺害は誰によるものなのか、結局、真相はわからないし、「国民共和軍」の実態を確認できたメディアは、現段階では存在しないことは改めて述べておきたい。

それでも一部で大変な反響があるのは、ヨーロッパ人らしい感度というべきだろうか。

8月23日、モスクワでのダリア氏の追悼式。左下に父親のアレクサンドル氏。ちなみに、ダリア氏が乗っていて爆破されたのはトヨタのランドクルーザーだった。
8月23日、モスクワでのダリア氏の追悼式。左下に父親のアレクサンドル氏。ちなみに、ダリア氏が乗っていて爆破されたのはトヨタのランドクルーザーだった。写真:ロイター/アフロ

余談だが、欧州の歴史で学んできたようなことが、いま現実に起きているなんて、戦争の前線情報に勝るとも劣らないくらい、社会に起きていることがショックの連続で、心の立て直しが大変なくらいである。

命を賭けた戦いを報じる側は、彼らの足元にも及ばないにせよ、書く方にも今までに経験したことのない疲れをもたらしている。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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