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非難し合うロシアとウクライナ、どちらが正しいのか。国連が介護施設50人の死者をめぐり双方の責任を調査

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

ウクライナ戦争が始まって、当然だがロシアとウクライナは常に非難し合っている。

第三国の特に西側諸国では、侵略したロシアの報道を「プロパガンダ」と受け止めて、ウクライナ側の発表や報道に軸足を置いている。

それに対し親ロシア派の人々はーー日本にもいるがーーそんな報道姿勢に反発している。

結局のところ、どちらが正しいのかはわからない。多くの人々は、ロシアのプロパガンダはひどすぎると思いながらも、ウクライナ側の発表にも誇張はあるのではと思っているのではないか。

そのような一つひとつの事例を、正確に検証しようとする人たちがいる。ここで登場するのは、アメリカのメディアと国連機関である。

この事例は、3月にウクライナ東部の介護施設で、50人もの人々が犠牲になった事件で、実際に何が起きたかを検証するものである。

身動きが取れず死亡

ウクライナ東部のルハンスク州にある介護施設「スタラ・クラスニャンカ」が破壊されたのは、3月11日のことだった。

2月のロシア軍ウクライナ侵攻から2週間後のことだ。

寝たきりの高齢者や障がい者が多く、水も電気もない室内に閉じ込められてしまった。

ロシア軍の攻撃が火種となり、施設全体が延焼し、身動きがとれなくなった人たち50人近くを窒息死させた。一部の患者と職員は近くの森に逃げ込み、最終的に5キロ歩いて助けを得た。

6月末に発表された国連の新しい報告書によると、ロシア軍だけではなくおそらくウクライナ軍も、大きく、そしてロシア軍と同じくらいの責任を負っていることがわかった。

ウクライナとロシアの非難合戦

この事件が明るみになった最初の報道は、戦闘終了から1週間以上経過した後だった。ウクライナ政府高官の発言を、ほぼそのまま反映したものだった。

ルハンスク州のハイダイ知事は3月20日、自身のテレグラムアカウントへの投稿で、56人が「ロシアの占領者」によって「皮肉なことに、そして故意に」殺されたと宣言し、「戦車から至近距離で撃たれた」と述べた。

(「皮肉なことに」というのは、ロシアの主張にしたがえば、彼らはロシアによって解放されるのを待っている親ロシア派住民なのに、ロシア軍が自分たちの手で殺した、という意味だと思う)。

同じ日に、ウクライナのイリナ・ヴェネディクトヴァ検事総長も声明を発表した。56人の高齢者がロシア軍とその同盟国の「危険な行為」によって死亡したと述べた。

一方、ルハンスクの親ロシア分離主義政府の人権委員、ビクトリア・セルジューコワ氏は、数日後の3月23日の声明で、介護施設での犠牲者はウクライナ軍に責任があると述べた。彼女は、入居者はウクライナの「過激派」によって人質にされたのであり、その多くは撤退する際にウクライナ軍が起こした火で「生きたまま焼かれた」と述べた。

このように、双方の言い分は、真っ向から異なるものだった。

4月、露国営ニュースチャンネル「ロシア1」の特派員は、戦闘後に戦火に見舞われた介護施設に赴いて、ロシア側の言い分が正しいとするためのビデオを、自身のテレグラムのアカウントに投稿した。ウクライナ兵が「無力な老人たち」を人間の盾として使っていると非難するものだった。

特派員のニコライ・ドルガチョフ氏が建物に入ると、建物の内外を問わず、甚大な被害が映像に映し出される。床には死体が横たわっている。氏によると、ウクライナ軍はこの家に「機関銃の巣」と対戦車兵器を設置した。それもビデオで見せている。

このビデオでは、説明する対戦車兵器名に「間違い」があるものの、映像自体はどうもフェイクではないようだ。アメリカのAP通信は、氏が投稿した動画の場所が、問題となっている介護施設であることを、他の動画や写真と比較することで確認している。

この施設内にウクライナ軍がいたことは、本当だったのだ。このことは、ウクライナ側の声明では言及していない。

元米国防総省官僚で、数々の国際的な戦争犯罪捜査に携わってきた経験豊富なデイビッド・クレイン氏は言う。「一番肝心なのは、民間人が意図的に標的にされることは許されない、ということだ。たとえどんな理由であってもだ」。

クレイン氏はウクライナ軍は施設の入居者と職員を避難させなかったことで、武力紛争の国際法に違反した可能性があると指摘する。「ウクライナ人は、その人たちを殺戮の場に置いていた。そんなことは許されないのだ」。

国連の報告書

6月末に、国連人権高等弁務官事務所は約40ページの報告書を発表した。

それによると、3月初めに「活発な敵対行為が介護施設に近づいたとき」、施設の管理者は地元当局に住民の避難を何度も要請した。

しかし、ウクライナ軍が周辺に地雷を設置し、道路を封鎖していると思われたため、避難は不可能だったと報告されている。同施設は丘の上に建っており、重要な高速道路にも近いため、戦略的に重要な場所だったのだ。

報告書によると、3月7日にウクライナ兵が介護施設に入り、2日後、ロシアに支援された分離主義者と「銃撃戦を繰り広げた」が、「どちらが先に発砲したかは依然として不明である」という。この最初の交戦では、スタッフや入居者に怪我はなかった。

そして悲劇の日となった3月11日、71人の入居者と15人のスタッフ、およびウクライナ軍の兵士が、水も電気も使えない状態でホームに残っていた。朝、国連が「ロシア系武装集団」と呼ぶ勢力が、重火器で攻撃してきたと報告書は述べている。「戦闘が続く中、火災が発生し、施設全体に広がった」。

多数の患者と職員がホームから逃げ出し、近くの森に逃げ込み、最終的には分離主義者の戦闘員に出会い、援助を受けたという。

これらの国連報告書は、攻撃から生き延びた職員による目撃証言と、住民の親族から寄せられた情報に基づいているという。国連人権高等弁務官事務所は、この事件を完全に記録するためにまだ作業中であるとのこと。残っている疑問の中には、正確に何人が殺されたのか、誰だったのか、というものがある。

誰もが人としてもつ法の責任

今までの調査によれば、こういうことになるだろう。

ウクライナ側の発表は、ロシア軍による攻撃で起こった火災で犠牲者が出たことは正しい。しかし、そこに自国軍兵士がいたことは一切語っていない。都合の悪いことは黙っていたのだろうか。ウクライナ側は「いま調査中」としたままである。

ロシア側の発表は、ウクライナ軍が施設内にいたことは正しい。しかし、ウクライナ軍によって入居者は人質にされ、彼らが起こした火によって焼かれたというのは、事実に反する。これは「ウクライナ軍はナチスである」というロシア政府の主張にそって歪められた話と言えるだろう。

クレイン氏は言う。「ロシアが(この紛争で)悪者なのは明らかである。しかし、誰もが法律と武力紛争法に責任があるのだ」と。

ウクライナ人の責任を追求するのは、酷すぎはしないかと感じる人も多いだろう。突然広範囲に侵略されて、特に戦争当初は首都にまで攻撃をかけられたのだ。でも、確かに何かすっきりしない感じは受ける。やはり疑問は残るのだ。

犠牲になったのは、最も弱いと思われる民間人だった。彼らは死ぬ以外の選択肢が与えられなかったのだ。

国家ではなく一人の人間。一人の人間としての権利を守る法律。でも人は国家に翻弄される。

戦争がなくなることを願っても、世界から戦争はなくならない。だから一つひとつの事件を正確に把握する努力をし、戦時の国際法ーー進化が可能であるーーに照らして冷静に判断していく。

声高に叫ぶプロパガンダや非難より、検証された冷静な事実のほうが、いっそう戦争の悲惨さを伝えてくれる。こんな世界が嫌ならば、次に自分は何をするべきか、考えるべきかを教えてくれるのだと思う。

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※上記の事実内容は、アメリカAP通信の記事によって報告された。

AP通信と米テレビ局PBSの番組「フロントライン」は、さまざまな情報源をもとに、ウクライナ全土で戦争犯罪に該当する可能性が高い攻撃を数百件、独自に記録している。その大半はロシアによるものと思われる。しかし、今回の介護施設「スタラ・クラスニャンカ」の破壊など、ウクライナの戦闘員にも責任があることを示すものも少なくない。この記事は、「フロントライン」シリーズによる継続的な調査の一部である。

彼らの優れたジャーナリズムの仕事に、心から敬意を評したい。

フロントラインのホームページ。https://www.pbs.org/wgbh/frontline/interactive/ap-russia-war-crimes-ukraine/
フロントラインのホームページ。https://www.pbs.org/wgbh/frontline/interactive/ap-russia-war-crimes-ukraine/

国連報告書は、ロシアが2月24日に侵攻して以来、3月15日までのウクライナで起きた国際人権法の侵害を調査した。スタラ・クラスニャンカの攻撃は、40ページほどの報告書の中で、2ブロックしかない。短いながらもこの個所は、公開されたこの事件の最も詳細で独立した検証であるという。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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