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ノルウェーが参戦? EUとイギリスの漁業交渉は三つ巴か:ブレグジット

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
(写真:ロイター/アフロ)

ブレグジット関連のニュースは増えているが、11日(金)も結果や進展を告げる大きなニュースはなく、静かだった。集中議論の真っ只中で、嵐の前の静けさなのだろうか。

そんな中で目をひいたのは、ノルウェーの発表だった。

ノルウェーの産業・漁業大臣が「もしEU、ノルウェー、英国の三者間の合意が1月1日までに行われなければ、EUと英国の両方の漁業者に対して、水域を閉鎖する」と脅したのだ。

ノルウェーは欧州連合(EU)に加盟していないが、単一市場には入っている国だ。

1981年にEUと漁業協定を結び、ノルウェーの水域には割り当てに従って、EU加盟国籍の漁船が入って漁をしていた(逆もしかりである)。英国船籍も、離脱前は入ってきていた。

事態は三国志へと突入するのだろうか。

今まで何が起きていたのか

ノルウェーの海域は、たら、ニシン、サーモンなどが豊富な、とても豊かな漁場である。

日本でも、ノルウェー産サーモンは多く輸入されている。サーモン寿司は、ノルウェー人の積極的な日本への売り込みにより産まれたと言われている。

ノルウェー水域は、ヨーロッパの多くの漁業者を魅了する地域なのだ。そして漁業は、同国の大きな産業の一つである。

1972年と1994年に2度もEU加盟に「ノー」を投票したのも、独立した漁業政策への要望が大きな理由の一つだった。

さて、ノルウェーは、今もってEU加盟国ではないので、英国がEUを抜けた今、単独で英国と協定を結び直す必要がある。

9月に両者は、漁業枠組み協定を結んだ。英国とノルウェーは、水域へのアクセスと割当量の問題について、毎年交渉を行うことが規定されていた。

その際イギリスでは「画期的なブレグジット後の協定」「独立した沿岸国家としての初のもの」と宣伝された。

「この協定は、協力的な独立した沿岸国家として行動するという、我々のコミットメントを証明するものです」と、英国のジョージ・ユースティス環境相は歓迎した。また、ブレグジット交渉首席担当官が「重要な一歩」と称賛した。保守系タブロイド紙『デイリー・メール』が伝えている。

英国の漁船団は通常、ノルウェーの水域で年間3200万ポンドの魚を水揚げしているという。ただ、この数字は、英国にとっては相対的にさほど大きくなかった。英国籍漁船が自国以外のEU海域で揚げた漁獲量は1億1400万ポンド(2015年)。これに比べれば3分の1から4分の1程度だ。

ノルウェーは、イギリスとの二国間協定を開始する前に、ノルウェー、EU、英国の三国間協定を望んでいるのだ。

「私たちは今までずっとイニシアチブをとって、三者間の協定を結ぶように促してきました」と、オッド・エミル・インゲブリグッツェン産業・水産大臣はいう。

しかし、EUと英国が漁業で紛糾しており、それどころではないとばかりに、ちっともノルウェーとの三者協定が実現しないので、業を煮やしてこの措置となった。

大臣は議会で「1月1日までに協定を結ばなければ、ノルウェーの経済漁業地帯をEUと英国の漁船に開放することはできません」「また、協定が成立する前にノルウェーの漁船がその海域にアクセスできるようになることも期待できません」と述べた。

そして「今、ボールはEU側にあります」ということだ。

意外なイギリス人の反応

この報道はイギリス人の関心を引いたようで、前述の『デイリーメール』の記事では、発表から10時間程度で1300以上、1日で3200以上のコメントがついた。

意外なことに、全体的にノルウェーの方針にむしろ好意的で、対応を支持していた。

最も多い4000弱の「いいね」を集めたコメントは「もし望むなら、英国とノルウェーを自由に交渉できるようにしておくと、ノルウェーと英国の両方にとって有益だ」。

次に多かったのは「これは私たちに有利に働く可能性がある。フランス人には、漁をするイギリスまたはノルウェーの水域がない」。

「合理的だ。 ノルウェーは英国との協定を容易に達成することができる・・・しかし、彼らは英国海域が禁止されだEU漁船団が、すべてノルウェー海域に向かうことを知っている。 ノルウェーは、自国の漁船団と漁業資源を保護するために、EUだけを禁止したのではなく、両方を禁止した(ただし、英国にはほとんど影響しない)」

「良いことだ。自国の領域で取れた魚は自国に水揚げされて輸出するべきだ。地元に職をもたらす」「我々よりEUを傷つける」などが上位の反応だ。

全体的には、お互い独立国なんだからこういう行為は当然だと、味方しているようだ。自分の国も締め出されているのだが、両方を締め出しているのだから公平だし、さらに「EUを締め出す」という所に、共感をもっているように見える。

その裏には「自分の国は独立国で、EUに漁業で当然のことを要求しているのに、なぜこんな目にあわされるんだ」という気持ちがあると思われる。そしてノルウェーは仲間であり、二カ国で良い協定を実施しよう、という前向きな態度が見える。

加えて、上述したように、英国人の漁師によるノルウェー漁獲量はそれほどは多くはない。むしろイギリスがノルウェーから水産物を輸入している。そのため、大きな影響がないのも原因だろう。

ノルウェー側の心配

しかしノルウェー側の論理は異なる。

ノルウェーの資料はみつけにくいのだが、今年英国と協定を結ぶ前の、ノルウェーの法律事務所Klugeの資料によると、ノルウェー側が心配していたのは、もっと別のことであった。

英国は、国連海洋法条約(UNCLOS)に従って、排他的経済水域(EEZ)での漁業を管理する責任を単独で負うことになる。そのため、ノルウェーにとって重要なのは、英国が北海の魚資源を管理する上で非常に重要なプレーヤーになることだという。

EUは、世界最大の漁業マーケットであり、魚の純輸入地域である。

今までノルウェーは、その独自の立場のため(欧州経済領域/EEA)、完全にはEUの自由貿恩の恩恵は受けてこなかった。

多くの白身魚種に関しては、関税なしでEU市場にアクセスできるが、他の種には異なる関税が課せられている。

具体的には、サケなど一部の魚種については、未加工のものは関税が存在しないか低く、加工されたものは高かった。そのため、ノルウェーの魚は未加工のまま輸出され、EU、特にスコットランド、デンマーク、ポーランドで加工されることがよくあるのだという。

もし合意なしになり、英国とEUの間に関税がかかるようになれば、英国内スコットランドで加工しても、収益性の高いビジネスモデルが維持できるかどうかわからない。ノルウェーとしては、EU加盟国へ未加工魚を輸出したほうがいいということになるのではないか。

これは、ノルウェーと英国との競争や摩擦を激化させることになりかねない。

(ちなみにこのことは、スコットランドの水産加工業を脅かすことになり、独立への気運を高めることになるかもしれない)。

それに、英国の政治家は、自国の漁師に対して(北海の)資源へのより大きなアクセスを提供することを強く求めることになるかもしれない。それは、英国市場へのアクセスと引き換えという形をとるのではないかと心配している(要するに、EUが英国に対して行っている同じ手法を、英国がノルウェーに対して行うということになる)。

他にも、海洋資源の管理も、特に北海では大きな問題と複雑さをもたらす可能性がある。

だからノルウェーは、はやくEUが英国との決まりを定めてくれないと動けない、英国との協定を発効させるわけにはいかないのだ。

ただ客観的に見ると、ノルウェーが「参戦」することで、両者に客観性がうまれるのは、よいことかもしれない。二者は「社会」ではないが、三者以上は「社会」なのだ(これは社会学の定義である。社会学において「社会」の定義は「三者以上いること」である)。

もっとも、EUと英国の間に漁業の合意がなされなければ、本当に三国志時代突入かもしれないが。

ただの経済紛争という側面も

今回ノルウェーの言い分を読んでみて、一つ面白いことが飲み込めた。

上述のノルウェーの法律事務所は、以前から正確に状況を予測していた。

「EUは、英国のEEZで漁獲する権利に対して、市場アクセスを武器に交渉しようとする可能性が非常に高いようだ」

「これまで、EUは、フェロー諸島にニシンの割当量を減らすよう説得するために、フェロー諸島のニシンを国内市場から禁止した場合など、自身の漁業利益を保護する手段として市場アクセスを使用してきました」。

どんぴしゃりであった。

これはノルウェー自身がそういう立場だからでもある。EUの市場アクセス(と一部のEU水域での漁業権)と引き換えに、ノルウェー水域での漁業をEU加盟国船に許可しているのだ。問題は多々あるものの、大きくはwin-winの関係である。取った魚は売らないと利益にならないのだから。

そして、自国への市場アクセスへの許可を交渉の武器に使うことは、特に大きな人口や面積をもつ国、特定の需要のある国では、この手は有効である。EUも例外ではないということだ。

このノルウェー側の客観的な言い分は、ある意味目を覚まさせるものがあった。

EUは今まで英国に対して「公正な競争条件」が絶対に譲れないものだと主張してきた。確かにこれは、単一市場のみならず、EUの設立理念にも触れてくるものだ。一方で、英国は主権の問題だと、こちらも譲らない。

しかし、一歩引いて見てみるのなら、ただの経済紛争、経済摩擦という側面も見逃せない。EUは「公正」云々と言っていても、英国に対しておなじみの、よくある経済圧力の手法を実践しているだけともいえる。アメリカのオバマ前政権と日本のTPP交渉と同じように。

アメリカも日本も主権国家だが、同じようにもめていた。そこに「主権を取り戻す」だの「理念を守る」だのいう言葉を飾っても、結局強い者が勝つだけという結果になるのかもしれない。

ただ普通は、貿易協定とは、様々なビジネスの障壁をなくすために交渉し、両者がより密接な経済・政治関係になろうとするためのものだ。好むと好まざるとに関わらず。しかしブレグジット交渉は全く逆である。同じなものを、わざわざ引き裂こうとしているのだ。おそらく現代世界で初めての、珍妙な交渉だろう。

歴史の逆転とは思わない。百年単位の長い時間で見れば一時的な反動であり、歴史の教科書では囲みコラムに、歴史愛好家には「削られるディテールにこそ歴史の面白さがある」と言わせる出来事だと思う。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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