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決定は13日(日)まで延期。EUとイギリスの交渉は続く。会談の食卓に意味深なホタテ:ブレグジット

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長とジョンソン英首相は、「確固たる決断」を下すために、日曜日まで決定を延期することを決めた。AFP通信が伝えた。

このニュースは、欧州中央時間で日付が変わって10日の0時を過ぎたあとに飛び込んできた。

「双方の間には非常に大きな溝が残っており、それを埋めることができるかどうかは、まだ明らかになっていません。ジョンソン首相とデア・ライエン委員長は、双方の交渉チームで、今後数日間にわたって話し合いを続けることを合意しました」と、英国の関係者は語った。

ジョンソン首相が欧州委員会に到着したのは、20時ごろ(英国時間19時)だった。彼が90年代に『デイリー・テレグラフ』の記者として働いていた都市に、やって来たのだ。

まずデア・ライエン委員長と直接会い、フロスト氏とバルニエ氏という二人の首席交渉官を含む10人ほどのゲストと一緒に夕食をとった。その後、3時間以上会談は続いた。

食事のメニューだが、漁業が交渉の三大争点の一つになっている中、ホタテや蒸しヒラメ(steamed turbot)がメニューに入っていたという。

ホタテはフランス沿岸に良い漁場があって、イギリス人が漁を許可されている場所だ。以前、規則を破って入ってくるイギリス漁船に対してフランス漁船が体当たりで抗議して、大騒ぎになったことがある。

参考記事:なぜ「ホタテ戦争」は起こったか。フランス漁船が英国漁船に体当たりで宣戦布告(画像あり)。

あるいは、ホタテはスコットランドでも良いものがとれる。スコットランドはEU残留派が多数派を占めており、EU離脱後もEU旗を掲げたまま、最近は相次ぐイングランドとの不和で、再び独立を問う住民投票を行う気運がどんどん高まっている。

一方、蒸しヒラメは、イギリス人になじみの一品である(大変申し訳ないが、美味しくない・・・)。

実に意味深だ。誰がメニューを考えたのやら・・・気付いて報告した人も偉いが。

両首脳は夕食前に、英国とEUの旗の前で記念撮影をした。コロナ対策のマスクを手短に脱ぎ、笑顔でフランス語で「アローンズィー!(Let's goの意)」と言ったという。

(ブリュッセルはオランダ語圏の中にあるフランス語圏である。英語は通じる地域だ。デア・ライエン委員長は母語のドイツ語のほかに、英語とフランス語に流暢だが、相手(ジョンソン首相)の母語におもねる必要もない・・・という感情だったのだろうか。深読みでした)。

双方には、会議の前から認識の違いがあった。

会議の前夜、EU側は、この会議の目的は、最も重要な障害が取り除ける可能性があるかどうかを確認するためで、「交渉を決定的に縛る(最終合意に至る)ためではない」と強調していた。

しかしジョンソン首相は、「いかなる首相でも受け入れないに違いない」というEU側の要求があるにもかかわらず、まだ「良い合意」に達せられると会議の前に考えていた。

交渉の結果がどうであれ、英国は12月31日に永久に関税同盟と単一市場を離れる「準備ができている」と、首相は約束している。

いま、輪番制のEU議長国はドイツだが、メルケル首相も「まだチャンスはある」と信じたいようだ。「今日だけでなく、明日もあさっても、公平な競争条件をもち続けなければいけない」と総括した。

これに対し、ジョンソン首相の報道官は、英国が「高い基準」を維持する意思を「明確に示した」と強調した。しかし、ヨーロッパ人は保証を求めているのだ。

両者の交渉の成果は、700ページにも及んでいる。合意があるのなら、これを英国議会と欧州議会で、年内に批准しなければならないのだ。

写真:ロイター/アフロ

最後に、筆者の推測を付け加えておきたい。

EU首脳会議がもう今日始まるというのに、まだ結論が出ないということは、EU側にとって「公正な競争の条件」について妥協するつもりは絶対にないということを、改めて示していると思う。最初からEUは、この点で妥協するそぶりを見せたことすらないように思う。

ということは、二つの可能性しかないのではないか。

一つは、英国側と公正な条件をチェックできるメカニズムを創設すること。その場合、英国側が違反したり、摩擦が生じたりした場合、どういう措置を取ることが可能かを決めなければならない。これは、紛争解決方法の手段にもつながってくる。

もしこの線であれば、表には出てきていないが、ブリュッセル駐在の27カ国の加盟国大使から、もう既に各国首脳に話が行っているはずである。10日と11日のEU首脳会議で合意をまとめつつ、交渉に反映させることになるのではないか。

参考記事:【後編】EUとイギリスは何を最後までもめているのか。

この案の欠点は、他の加盟国で極右が台頭した場合、真似をしかねないということだ。今の加盟国は大半が大陸国家であり、英国のような島ではないので、英国に続く国が現れる可能性は低いが、それでも予断は許されない。それに、ノルウェーや他の国から不満が出るかもしれない。

もう一つは、合意なしである。ただし、両者の関係をできるだけ近づける措置はとる。合意なしになったが、今まで交渉した結果である700ページにも及ぶ膨大な条項や項目のどこを有効にし、どこを無効にするかを決める。これを分けるのも大変だろう。

有効にする部分に関しては、同時にどう有効にするかを考えなくてはならない。新しい枠組みにする、既存の枠組みを拡大する等、様々な措置が必要になるだろう。今後どのような内容であれ両者がテーブルにつける枠組みをつくる仕組みも必要になるかもしれない。

以上は、あくまで筆者の独自見解である。メディアで発表されているものではない。

最後まで、「公正な競争条件」が最も大きな障壁になった。

一般の人々の関心をひくのは漁業問題であり、人々の感情に最も訴える問題なので、メディアは取り上げる回数が増える(英仏海峡の沿岸国に限るが)。9日のフランス2(NHKに相当)の夜のメインニュースでは、会談を直前に控えて、久々にブレグジットのことが取り上げられたが、内容はフランスの漁業がメインだった。

しかし、そういう報道が目につく中で、フランスの日経新聞Les Echosは一貫して「漁業問題はEUという全体の交渉では、最も大きな問題ではない」という姿勢を崩さなかった。さすが、G7参加国という大国の主要経済新聞だ。大したものである。

やはり、最後まで「公正な競争条件」が問題の中心となって、「英国の主権」と「EUの設立精神」がぶつかる結果となった。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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