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3月25日、日本が封鎖する運命(?)の日:コロナウイルス疲労困憊の物語

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
オペラ「ベニスに死す」2015年英国 Wormsleyのガージントンオペラにて。(写真:Shutterstock/アフロ)

3月25日水曜日。

いま、この原稿を書いているのは、25日の午前4時頃である。

日本航空(JAL)も全日空(ANA)も、一部の大幅減便の路線をのぞいて、欧州行きの路線を閉じてしまう。日本では封鎖が始まろうとしている。

これは、そんな中、まったくの偶然で、封鎖前の最後の便のチケットをもっていた筆者の、披露困憊の物語である。

たまたま買った25日のチケット

数時間前まで、テレビのニュースは、どこでもオリンピックの延期をトップで報じていた。

そして私は、3月25日にフランスに戻るJALのチケットを持っていたのである。

このチケットを買ったのは、かなり前の、コロナ騒動が起きる前だった。

まさかこのチケットが、日本封鎖前の最後の飛行機になるとは、まったく予想していなかった。誰がそんなこと予測できるだろうか・・・。

仕事で日本に帰り、ついでに少々長めのバカンスを取る予定でJALのチケットを買った。

東京からパリに戻るのを何日にするか。値段はほぼ同じだったので、3月24日の便にするか、25日の便にするか迷ったが、25日を選択したのは、水曜日だったからだ。私の知る範囲では、水曜日が一番すいていることが多いためだ(一番安いことも多い)

今回は日本でゆっくりしたかった。それなのに、コロナ騒ぎが起こってしまった。

3月28日までの予定しかない

日本滞在中に、どんどん状況は悪化していった。

毎日放送される、ヨーロッパのパンデミックの情勢。JALのホームページは「3月28日までの搭乗分」のお知らせは載っていた。

詳しく言うと、JALが開設しているコロナ対応特別ページは「〔2月6日~3月28日搭乗分〕新型コロナウイルス肺炎の影響に伴う一部運休・減便・時間変更について(2020年◯月◯日更新)」と、「〔3月29日以降搭乗分〕(以下同)」の2つがあった(ANAも似たようなものだった)。

これによると、ロンドンもパリも、3月25日に飛ぶフライトが最後なのだ。3月29日以降の情報は、ちっとも掲載されない(記憶が正しければ、3月27日くらいの予定が一瞬かすめて載ったことがあるが、すぐに削除された)。

ここで疑問がわいた。

「3月25日の便は本当に飛ぶのか?」。

できれば仕事の都合で、フランスに戻るのを1週間くらい遅らせたかったのだが・・・。そんなことを言っている場合じゃないかもしれない。この3月25日という日付には、なにか意味がありそうだ。この便は、何か重要な意味をのせて飛ぶのではないか・・・そんな予感がしてきた。

三連休を過ぎても

待てども待てども、29日以降の予定は、ちっとも発表してくれない。

連休前の、3月19日(木)の夜でも未発表だった。三連休中も、何度もサイトを見てみたが、更新はなかった。「三連休で休んでいるのかしら?」と思ったが、日本人に限ってそんなわけはない。この緊急事態で。考えがフランスぼけしている。

結局、三連休には全く動きがなかった。

22日(月)にはいいかげん発表されると思ったが、ダメだった。何か重要な判断で停滞しているような印象を受ける。一体、1日何回、JALのサイトをクリックしたことか。電話は「もう一度おかけなおしください」で、順番を待つことすらできない。

だんだん不安がつのってきた。

フランスの徹底した厳しい外出規制が日本で盛んに報道されていた。ワイドショーのコメンテーターたちは、突っ込みどころ満載なテキトーなコメントばかりしていた。

実際には、電車もバスも、交通の半分以上が動いていた(ついこの前も、年金改革反対の大ストライキで、こんな感じだった)。つまり、半分近くの人は、通勤していたのだろう(何事においても、首都パリは極端な傾向がある。地方は違うと思う)。確かに、テレワークは増えたし、食料品や医療関係以外の店は閉まっている。あちこちのお店、携帯会社、役所から「このようなとき、健康を第一に考えてください」みたいなお見舞い&活動停止(あるいは「うちは動いています」)メールが届いた。

私がよく買うブランドは、最初は「すべてのネットショッピングを停止します」だったのだが、数日後に「自宅へお届けします!」「気に入らなかった場合の返却は(通常30日のところ)60日まで大丈夫です!」に変わった。

テロの次は黄色いベスト運動、次に年金改革のスト続きで、お店は大打撃の連続、本当に倒産しそうなのかもしれない。

23日の夜から

本当は、23日月曜日に唯一のJALカウンターである有楽町に行きたかったのだが、仕事で行けなかった。

そうこうしているうちに、23日の夜遅くには、外務省が、フランスやベルギー、ドイツ、イタリアなどEUの主要国を含むヨーロッパ18か国について、感染症危険情報をレベル3に引き上げてしまった。これは全土への渡航中止の勧告なのだ。

これは相当まずい。

フランスにいる友だちからも「サオリ、戻ってくるの?」「やめといたほうがいいよ」「日本のほうが安全なのでは」というメッセージが届くようになった。

そしてフランスの交通が半分以下に減ったり、あちこちから「この3週間が勝負」と聞こえてきたり、小池都知事が東京もブロックの可能性に言及したり、一気に雲行きが怪しくなってきた。

ああ、いっそ24日のチケットを持っていれば・・・24日の便は運休になったので、JALのほうから先週連絡が来ていたはずなのに・・・でもその場合、今のところ唯一確実に飛びそうな25日の便が満席で乗れないという可能性もあるのではないか。サイトには、払い戻しには応じるが、代替便はご用意できない場合がございます、とある。25日のチケットでラッキーだったのだ・・・。

でも、満席の飛行機なんて乗りたくないなあ・・・もしこのチケットをあきらめたら、いつパリに戻れるのか。飛行機は飛ぶのか。暖かくなればコロナも収まってくるんじゃないか、いや、一層ひどくなったら、どうなっちゃうのだろう――と考えがぐるぐる。

そしてほとんど眠れずに、24日火曜日の朝。JALには「出発3日前連絡先」というのがあるので、いよいよここに電話してみた。「これでダメだったら、有楽町に行こう」と思いながら。

この電話は「おかけなおしください」ではなく、「ただいま大変電話が混雑しております」と聞きながら、待つことができた。

相当長い間待ったが、つながった!!

女性のオペレーターさんだった。何だかちょっと緊張して疲れている感じ。きっと怒ったり怒鳴ったりする客がいるのだろう。かわいそうに。

「次のご予約は、最短で5月5日です」という。「4月の予定はどうなっているのでしょう」と聞くと「満席でございます」と言われた。

ま、満席ぃ? ここで私は「そうですかあ、満席ですかあー」と大笑いしてしまった。移民と仕事で触れ合うことの多い私は、「とんでもない事柄」に出くわすと、笑い飛ばす人格になっている(そうすることでお互いがより良く話せるようになることを、体験で学んだのだと思う。だからアメリカ人はフランクで明るいんですね)。

私が笑ったことで、なんだか雰囲気が和んだような感じがした。ここで「はあ? 何を言っているんだ!」と怒る客もいるんだろうな。オペレーターは、上司に指示されたとおりやっているだけに決まっているのに・・・。

とまれ、最悪3月25日の便が最後で、次は5月5日ということ? 3月25日を逃したら、1ヶ月以上渡仏できない?!

ただ、ちょっと安心したことはあった。サイトに「日本発着便は、全便払い戻し対象」「1回に限り変更可能」とあった。私はてっきり、「日本発着便」とは、日本を出て日本に戻ってくるチケットのことかと思っていた。だから私のチケットは「パリ発着便」であり、対象外なのかと。でもそうじゃなくて、「日本から出発する便と、日本に到着する便、すべて」という意味なのだそうだ。私のチケットでも大丈夫だった。

それと、コロナ情勢で不可抗力の変更の場合、1回以上でも無料で変更が可能だという。

結局、決められずに電話を切った。さすがに5月5日は遠すぎる。あと半日考えてみよう・・・と思った。

3月25日。これが飛ぶことが確約されている最後の便・・・乗るのか乗らないのか。

フランスにいても、外で行う仕事は全部中止になっている。家で行える翻訳等の仕事なら、世界中ネットさえあればどこでもできる。家に閉じこもっているくらいなら、日本のほうがマシなのではないか。いやでも、日本の情勢もかなり怪しい。オリンピックの中止が余儀なくされるかという話が突然増えてきたが、もし中止になったら、一気に色々な問題が吹き出すのではないか(コロナのPCR検査を大々的に行うとか・・・)。

ほとんど「私はどちらの国で苦しみを味わいたいのか」「私はどっちで死にたいのか」という踏み絵のような気持ちになってきた・・・。

でも、午後に人に言われて気づいたのだが、ANAが飛んでいるではないか! 早々に4月の発表をしていて、パリもロンドンも、他の主要都市も、かなりの減便はするが、イタリア以外は飛ぶ予定を発表していた。

となると、JALをキャンセルして、ANAを予約する方法もあるのか・・・。JALはキャンセルすれば半分払い戻すと言っているから、ANAで4月半ばにパリ行きを予約するといくらだろうか。片道の飛行機切符というのはとても高いものなので、往復買って半分捨てたほうが安い。いやでも待てよ、いっそ4月半ばにパリ行きで、日本戻りを12月にしたらどうだろう・・・などなど、色々試みた結果、安くても15万円近くはすることがわかった。片道捨てて行きだけで15万・・・高い。

色々迷いすぎて、もう一度JALに電話してみた。そうしたら、状況がちょっと変わっていて、一番早いので「4月24日」だという。5月5日より早まっている。

数回の電話で感じたのだが、何だかJALは「3月29日以降のフライト予定を迷っている」というのを、何とかごまかそうとしているようだった。可能な限り通常業務をしているような印象を与えるように、と。満席と言ってみたり、私の持っているチケットの格に従った案内をしているような発言をさりげなくしたり、1日ずつ空席をチェックしているような「フリ」をしたり(私にはそう思えた)・・・。

まったく謎だった。「〔3月29日以降搭乗分〕新型コロナウイルス肺炎の影響に伴う一部運休・減便・時間変更について」というページをかなり前から設けているのは、自分たちではないか。

23日くらいから、オリンピック問題や都知事の「ロックダウン」発言で、状態が切迫してきている雰囲気は、メディアでみんなに伝わっているはずだ。「未定です」と言えば、「早く決めろ」と怒る客はいても、「なぜ未定なんだ。何があったんだ」などというズレた客は、果たしているのだろうか(・・・いるのかも)。

それとも、決まっていない以上、通常運行という建前となるのか。お役所みたいだが、JALはそういうものなのだろうか・・・。謎だ。

その数時間後。テレビのニュース速報で、オリンピックの約1年延期の情報が流れた。

その時思った。ああ、JALは知っていたのだ、24日にオリンピックの決断がある、と。だからロンドンもパリも25日の便を最後に設定していたのだ。中止(延期)決定なら、運休か減便。(極めて低い可能性だが)決まらなければ、様子見。3月25日、それは日本が国を閉じる日――そんなフレーズが頭をよぎった。

数時間後。JALのサイトで、やっと3月29日以降の予定が発表された。びっくりした。パリもロンドンもフランクフルトもヘルシンキも、全便4月23日まで欠航である。本当に封鎖だ・・・。

この時期、私が始終思い出していたのは、ルキノ・ビスコンティの映画「ベニスに死す」であった。トーマス・マン原作の小説の映画化である。

ペストに侵されていく街、ヴェネチア。街では倒れる病人が出るようになり、観光客が次から次へと海の都を去ってゆく。不安になった主人公は、役所で真相を聞こうとする。役所の男は「セニョール、心配するに及びません。大丈夫でございます」と答える。絶望的な顔をして立ち去ろうとする主人公に、彼は「こちらの部屋にお入り下さい」という。

そして周りに誰もいないのを確かめ、このようなことを告げるのだ。「ペストは猛威をふるってきています。死者はうなぎのぼりに増えています。でも、誰も真相は告げません。ヴェネチアは観光の街だから。観光客がいなくなっては、ヴェネチアの人々は生きて行けないのです。でも、封鎖はもうすぐです。来週、いや明日かもしれません。一刻も早く、明日お発ちなさい」。

JALとANA

この時点では、まだANAのサイトでは、相当の減便だけど動くことになっていた。

JALは飛ばないけどANAは飛ぶのか・・・でも、アメリカ便を見ると、JALは限定的だけどニューヨークやロサンゼルスに4月に飛ぶ予定だが、ANAは運休になっているように見える。北米をJALが、欧州をANAがとったのかな?――などと想像していた(後述:これは勘違いでした。ANAは両都市に飛んでいます)。

ところが数時間後、外務省から来た(ゴルゴ13推奨)「たびレジ」の登録者に届くメールを見た。そこにJALもANAも両方、パリ便は3月29日から4月24日まで、全便が欠航、と書いてあるではないか! それは「急ぎなさい!」と告げているメールだった。24日、【緊急】と題されたメール。フランスに戻るなら、あるいはフランスを出るなら、明日25日が最後の便。

びっくりしてANAのサイトを見たら、本当だった。サイトは数時間のうちに更新されていた。今後はパリだけではなく、ミュンヘンもデュッセルドルフもウイーンもブリュッセルも、全部運休になっていた。ただし、ロンドンとフランクフルトだけは、大幅に減便しているが、一応飛ぶ予定とある。

ああ、封鎖だ。「一刻も早く、明日お発ちなさい」。明日・・・3月25日。

踏み絵

この原稿を書いている段階では、向こう1ヶ月は、まったくパリに行けないわけではない。

ANAでフランクフルトに飛び、そこから同じグループ(スターアライアンス)のルフトハンザでパリに飛ぶことになる。ただし乗り継ぎの待ち時間は長くなることがあり、宿泊することも。料金はかなり高かった(ロンドンへJALで飛んで乗り継ぐことも、できないわけではない)。

でも、これも保証されたルートではない。ヨーロッパ内のフライトも、極めて厳しくなっている。ルフトハンザは19日、座席数95%の減数を発表している。いつルートが閉ざされるかわからない。それは、今この瞬間かもしれない。

エールフランスは、4月の予定はまだ発表していないようだ。ただ、EU国民が欧州に戻りやすくするよう、3月末までは片道の特別料金を用意したという。

その記載を見て思った。フランス人(ヨーロッパ人)ならば、現段階では日本のほうがマシな状況に見えるのに、それでも「母国に帰りたい」と思うのだ・・・彼らも究極の問い「どこで死にたいか」と自分に尋ねているのだろうか。たとえ厳しい状況だと知っていても、「家へ! 家に帰るのだ!」と。

『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラもそうだった。アトランタが敵である北軍によって落ちようとする夜、戦闘が昼間あった方面にある実家、タラに帰ると決めた。小説では、レット・バトラーに「どこに避難するのか」と聞かれて、そのときスカーレットはこの恐ろしい1日で初めて自分がどこに行きたかったのかがわかった、と描写されている。家に帰るのだ――と。レットに「気違い沙汰だ」と言われたスカーレットは、「それでも私は家に帰るの! 邪魔するやつは殺してやる!」と泣きながら叫ぶ。

フランスに戻るのに二の足を踏む私は、やっぱり日本人なのか。

もう疲労困憊である。

今から思うと、すべてがリンクしていたのだ。一般人がわからない上のほうでは、拡大感染を止める3週間、オリンピックの中止決定のタイミング、それに合わせた運行停止のスケジュール、そして日本封鎖が、前もって見えていたのだ。

――となると、次の日付は「4月24日」。単に「1ヶ月後」なのか、それとも、この日の前後に何かが予期されているのだろうか。

【3月25日夜の追記】

どうやら「封鎖」は、日本封鎖じゃなくて、世界封鎖のようだ。インドもニュージーランドも・・・多少のずれはあるにせよ、3月25日が封鎖の日となったようだ。

【さらに追記】

ANAのパリの最終便は3月28日だったようです。24日と26日が運休で29日からずっと運休。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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