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いよいよEUの欧州議会選挙の投票。新しい傾向とは。イギリスではメイ首相の辞任

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
首相官邸前で辞任を表明。決意を示す赤のスーツに、初夏らしい巨大ネックレス(写真:ロイター/アフロ)

5月22日、最後のユンケル委員会の会議が終わった。今までの続きで、EU予算、貿易、中国との航空協定などが議題になったという。

そしてイギリスのメイ首相が5月24日、辞任を表明した。6月には新しい首相が誕生する予定だ。

今週末は、ほとんどの加盟国で欧州議会選挙の投票が行われている。ユンケル委員長は続投を表明しなかったので、欧州連合(EU)には、必ず新しい欧州委員会の委員長が誕生する。

一つの時代が終わろうとしている。イギリスの首相がかわり、新しい委員会、新しい議会が生まれる。面子が変わり、再度ブレグジットの交渉が行われることになる。

メイ首相はなぜ辞任するのか

メイ首相の辞任の理由は「メイ氏が譲歩の結果、(労働党が提案している)2度目の国民投票実施の可能性を含む法案を通そうとした途端、閣僚が一斉に背を向けた」とBBCは伝えている。

また「裏を返せば、苦しい時に助けてくれる本当の友人も後ろ盾も少なく、他人を説得する口八丁手八丁の手腕も持っていなかった」と、メイ首相の性格にさえ原因を追及する。(性格を批判するなら、キャメロン前首相を批判したほうがいいと思うが)。

でも、客観的にみて、メイ首相はよくやったと思う。

3月27日の「示唆的投票」では、「合意なき離脱」に賛成票を投じた保守党議員は、158人もいたのだ。

それでも、EUと合意したブレグジット政府案を通すための3回にも及ぶ投票で、賛成票は増えていった。1月15日の投票では、賛成に投票した保守党議員は196人だったのに、2回目は235人、3回目は277人と、どんどん増えていったのだ。

本心では「合意なき離脱で結構!」と思っている人が158人もいたのに、277人も賛成票に投じさせることができたのだ。これはメイ首相の、大変大きな功績だと思う。

参考記事:EUに残りたい地域政党と労働党が合意案を葬った。英国解体の覚悟は?:イギリスEU離脱ブレグジットで

でも、それでも可決はできなかった。可決できなかったのは、EUを離脱したい人たちが反対票を投じたからだけではない。まったく逆で、EU離脱そのものに反対なために、「離脱案なんて、存在そのものが認められない」ということで反対票を投じた人たちがいた。地域政党(スコットランド・ウエールズ)や、自民党や緑の党、(労働党から分裂した)独立党である。

彼らは3回の投票で常に「否決」で、(1票以外)まったく動かなかった。それならもう、労働党を説得する以外、国を窮地から救う方法はないーーメイ首相はそう考えたのは、当然だったと思う。

ただ、一つわからないことがある。

筆者は「イギリスは、欧州議会選挙に参加するかもしれない。これが二度目の国民投票になるのだろう」と、3月からずっと言い続けてきた。そのとおりになった。そしてこれは、ユンケル委員会の側からの発案だったと思っている。

二度目の国民投票的な欧州議会選挙が行われ、イギリスでは5月23日(木)に投票が終わっているのに(結果発表は週末以降で、他と足並みをそろえる)、どうしてわざわざ国民投票をもう一度やろうとしたのか、よくわからない。事前調査で、保守党大敗が報じられていたので、党の中は末期症状だったのだろうか。

そこは英国政治に詳しい人の評価を聞きたいが、おそらく純粋に労働党への譲歩だったのだろう。国をまとめるために。

でも、意見が分裂する保守党内部では、「反労働党」ということで、困難な中、何とかまとまってきたのではないだろうか。敵を前にまとまるという手法である。実際には、労働党も、保守党に負けず劣らず内部は分裂しているのだが。

だから、労働党が主張する再度の国民投票を受け入れたことで、メイ首相は追われることになったのではないかと思うのだ。

メイ首相のブレグジットと国に対する思いは、以下の記事の後半を読んでいただきたい。メイ首相の胸をうつ演説について書いた。

参考記事:メイ英国首相は再び国民投票を行うのか。内閣総辞職もか。EUは強硬姿勢。イギリスEU離脱ブレグジットで

結局、平和なんだと思う。イギリスの周りの国を見て、いったいどの国が、中国や北朝鮮が日本の周辺にやっているようなことをイギリスに対して行うというのだろうか。今後はせいぜい、フランスと漁業問題で争う程度だろう。

確かに、政治家とは批判されるべき存在なのだろう。英国民が自分の首相を批判して、何が悪い、とは思う。

でも、第三者の筆者は「彼女を批判するやつは、代案を出せ」と、大声を出してメイ首相をかばいたい気持ちだ。さぞかし無念だっただろうと思う。

この国は引き裂かれている。ロンドンやシティ、スコットランドやウエールズに代表される地域政党は、欧州連合(EU)に残留派。地方の市民の過半数は、EU離脱派。

そこに、前はEU残留派だったのに離脱派に鞍替えしたジョンソン氏のような変節政治家や、前はEUの悪口ばかり書き連ねてEU崩壊と煽っていたのに、いざとなったら怖気づいたのか残留派になったメディアの人たちーーそういう人たちが自分の触れてほしくない過去を覆い隠すかのように、メイ首相を攻撃していた。

誰が首相になっても、この国は当分の間まとまらないだろう。

EUの側も変わっていく

メイ首相が退陣を決意したのは、EU側の政治が変わることもあるかもしれない。

ユンケル委員会の人々は、EUの基本理念を損なうことはきっぱり拒絶したし、タフなネゴシエーターだったが、それでもメイ首相とイギリスには優しかった。

メイ首相の苦しい立場を十分理解していた。メイ首相は、内心残留派だが、国のために離脱を成し遂げようとしていることに理解を示していたと思う。そして、基本的にイギリスを「同じヨーロッパの一員」とみなしていた。

欧州議会選挙では、極右の伸長は確定している。これからは、どんな意地悪や嫌がらせ(?)がイギリスを襲うのだろうか。以下の記事で書いた「意地悪な人たち」は極右なのだ。こういう人たちが、これからは欧州議会の中で増えるのだ。

参考記事:崖っぷちのイギリス人に超意地悪なヨーロッパ人はだれ?:欧州議会の隠れ爆弾法1:EU離脱ブレグジットで

今回の欧州議会選で新たに気づいたこと

欧州議会というのは実に不思議なところで、極右が仲良く(?)連帯して、一つの欧州政党をつくろうとする。実に珍妙な光景だ。6月には新しい議員が選出されて、欧州政党を組織するのにあたって、またこの奇妙な光景にお目にかかれそうだ。

欧州ではGoogleも選挙向けデザインになっている。
欧州ではGoogleも選挙向けデザインになっている。

ヨーロッパ全体から見れば、左派が意外に票を伸ばしていることが報告されている。もしかしたら、いま与党である中道右派の「欧州人民党」ではなくて、中道左派の「社会民主進歩同盟」が、思ったよりも伸びている緑の党系も合わせて、第一位になるなんてことはあるだろうか。こればかりは蓋を開けてみないと、本当にわからないのだけど。

個人的には、ユンケル委員長の右腕で、「社会民主進歩同盟」にリーダーとして選出されているティマーマンス氏が、次の欧州委員会委員長になったら嬉しい。両氏とも、労働者や人々の社会における権利を守ることにとても熱心だ。この権利の拡大は、EU→国際機関→日本、というルートで、日本にも影響を及ぼしている。

以下に、フランスの欧州議会選挙を見ている範囲で、気づいたことをあげておく。

フランスでは今回、34もの政党が立候補した。

フランスのテレビで流された選挙キャンペーン
フランスのテレビで流された選挙キャンペーン

◎「極右」と呼ばれた人たちが、いっそうEUに関しては矛盾している存在になってきている。EUを、特に移民政策では相変わらず非難しているが、批判の弁舌だけは饒舌だが、本当にやる気があるかどうかは極めて疑わしい。党の方針からして「EU離脱」は消えてなくなっている。もはや極右ではなく、「極右風ソースの味付け」かもしれない。

そのせいか、フランスではごく小さい政党であるが、明確にEU離脱「フレグジット」(Frexit)を唱える極右政党(人民共和連合党)や、新政党「愛国主義者」がやや票を伸ばしている。

◎最後の公開討論で「フランスのストラスブールにある欧州議会で、フランスは議員を撤退させるべきか」という鋭い質問をテレビ局側がした。

すると、中道右派や中道左派は当然「NON」なのだが、極右・極左と呼ばれる政党が「棄権」を選択していた。口数だけは多く言い訳するさまは、たいへん見苦しかった。

極右「人民共和連合党」だけが、「OUI」(YES)と答えて、「EUもNATOも離脱しろ。ストラスブール議会は引っ越して、跡地に今パリにあるユネスコ本部を移す。いまユネスコがあるところは、フランス語話者国際機関を置け」と言っていたのは面白かった。いかにも頑固で人の聞く耳をもたなそうなお年寄りが党首で、老害というか化石と言えないこともないのだが、主張の一貫性という意味では小気味よかった。

◎今まで極右に対抗するのは、左派と相場が決まっていた。左派の人たちは、根本に「万国の労働者、団結せよ」ではないが、国籍に関係ない「人間」としての連帯を求める人達だった。そういう意味で、EUという超国家組織を支持する立場だった。だから彼らは、移民に対して「同じ人間として救うべきだ」「人道上助けるべきだ」という意見だった。

ただ、今回の移民危機以降は、ややトーンが下がって、慎重な表現を使うようになっているケースが多く見受けられる。それでも「同じ人間なんだ」という左派の理念や立場に疑いをもたれるような発言はしないよう、微妙なバランスにつとめているように見える。この理念に疑いをもたれるような言動を左派政党がすると、フランスでは党が崩壊する。これはヨーロッパ(西欧?)全体に言える傾向だろうと思う。

ところが今回の欧州議会選挙では「EUで団結して、移民からヨーロッパを守ろう」というような発言が出てきた。EU国家主義、とでもいうのだろうか。EUは国ではないので、この言葉は変なのだが、他に表現が思いつかない。

以前クリミア危機のとき「結局、敵がいないとEUはまとまらないのか(この場合はロシアが敵)」という論評を、新聞のネット記事で読んだ記憶がある。敵をつくって/敵がいてまとまるのは、クラシックな手法ではある。でも、フランスにとってロシアやクリミアは遠かった。

今回、移民危機を使って(?)EUとしてまとまろうという思想には、ちょっと驚いている。

これは、マクロン大統領の「共和国前進」党にも見られる傾向である。従来の右と左、どちらにも属さない党だからできる芸当なのだろうか、それとも、もっと大きな潮流になる可能性を秘めているものだろうか。他の国の動向も知りたいところだ。

◎シラク大統領やサルコジ大統領を輩出した中道右派政党「共和党」は、キリスト教徒色を出すことを恐れなくなっている。前面に出すわけではないが、そういう発言を折に触れてするようになっている。前回の大統領選もそうだった。これは「ライシテ」(政教分離・宗教は個人の生活という主義)のフランスでは、目に留まる発言である。

「共和党」の代表政治家は、より上品でジェントルマンで、品格と落ち着きのある大人の男の上司のような雰囲気が強い人が選ばれている。極右ルペン氏のがらっぱちというか、あまり品はないのと、どんどん対照を成してきている。

サルコジ大統領は「共和党」だったが、あの時代は極右支持者が共和党にいたのだろう。だからあのような、品性に欠ける人物が党首になる必要があったのだろう。今は、支持層が完全に二分化したようだ。

◎「黄色いベスト」運動の人たちは、二つ政党をつくった。一つは極右系、もう一つは極左系である。34人の党首が討論会に出られないので、支持率から討論会に出られたのは極左系のほうのみだった。出演者(歌手)は、百戦錬磨の政治家と並ぶと、いかにも素人だった。ツイッターでも盛んに揶揄されていた。でも、意外に新鮮だった。古代ギリシャでは、政治家は一般市民が持ち回りで担当していたのだっけーーなどと、民主主義の原点の体制を思い出させた。

◎テレビ向けの選挙キャンペーン映像について。ドイツでは、社会民主党の映像にティマーマンス氏が登場するなど、従来の形がなされている。でも、伝統的な中道右派と中道左派が没落気味のフランスでは、その光景がなくなった。前回は、仏社会党の選挙キャンペーン映像に、シュルツ氏が出ていたのだけど(フランス語を話していた)。

◎前述したように34もの政党が立候補している。「エスペラントをEUの公用語に!」という党、30歳以下の人だけが登録名簿にのっている若者の党(戦争を知っているというお年寄りが出てきて「平和なヨーロッパを」「若い世代に期待したい」とエール)、男女平等を訴える党、動物虐待を告発する党など、個性的な党が出ていて面白かった。また国境を越えて連帯しようとする、ベーシックインカムを掲げる「ジェネラシオン・ズ」党も目をひいた。

◎環境問題が、より一層大きなテーマとなっている。これはフランスに限ったことではない。

EUの環境重視策は、ほとんど手段になっている。環境問題は誰もが否定しないし、国籍を問わないし、新しいテーマだし、規範の力で攻めていくしかできないEUにとっては、重要なテーマである。

敵をつくってまとめるのがネガティブな団結策なら、環境問題を訴えてまとまろうとするのはポジティブな団結策と言えるかもしれない。

あと、欧州選挙といえど、どうしても話が国政になってしまいがちになる。それは筋違いと避けようとすると、テーマが環境になってしまう、という事情もある。

ただ、もちろん真剣に環境問題に従事している人もヨーロッパには多い(フランスで立候補している小政党には、環境専門の党が多かった)。でも、そういう人ばかりではない。一般人が普通に関心をもっているテーマである。そのために何が起こっているかというと、極右への対抗も、移民の支援も、極右に対抗するための現政権への応援・あるいは批判と反対も、格差問題も、すべて環境問題を前面に出して繰り広げられている感じがするのだ。

つまり、肝心のところはよけて、環境問題に話をそらして皆でまとまろうとしている感じが、しないでもない。極右が台頭している今、移民だの国家主権だのの話は語りたくないとか、同じラインにいたくないとか、この社会の分断が嫌で何とかしたいとか、気持ちはわかるのだが・・・。

でも、環境を唱えれば錦の御旗になってしまうような、この「環境正義」と呼べそうなものは、なんだかちょっと怖い感じもする。一つ間違えると、「道徳押し付け主義」になりそうというのか・・・(フランス語だとmoralisateur、英語だとsanctimonious, moralizing, self-righteousなどという)。一神教の文化で特に陥りやすいパターンのように思える。

今後のEUの予測

極右が票を伸ばしても、過半数は取れないし、欧州委員会の委員に任命されることもないだろう。

今後、欧州議会における法案投票で支障が出てくることはあるだろうが、委員会ベースでは、基本的には従来どおりの政治がなされていくだろう。

となると、筆者が気になるのは、どの国がEUで発言権が強くなるかである。

EUにおいて強いのは、ドイツ・イギリス・フランスだった。ところがイギリスがEUを離脱すると、バランスとしてEUは3番目の国を必要とするのだ。

前回は、フランスとイギリスで極右が大きな支持を得たこともあり、イタリアが大きな力をもった。中道左派の民主党(レンツィ首相)が大勝して、EUに安定を与えたからだ。

今回はどこの国だろうか。

スウェーデンなどは可能性があるが、ユーロを使っていないのがネックだ。となると、左派の社会労働党が第一党になると言われているスペインかもしれない。イギリスにとっては、ジブラルタル問題で厳しい状況になるだろう。

フランスにおけるキャンペーン映像は、以下のサイトで見られる。毎度おなじみのこの画面と音楽をテレビで視ると「ああ、いよいよ欧州議会選挙だなあ」と思う。

https://www.francetvinfo.fr/elections/europeennes/europeennes-voici-les-clips-de-la-campagne-officielle_3444169.html

個人的に、この第9の歓喜の歌(EU公式歌)のアレンジ音楽はとても好きである。長調と短調が混ざっている感じが、いかにもフランスっぽい。

目下、全然時間がないので記事が書けないのが残念である。落ち着いたころには選挙も終わっているだろうから、また改めて書いてみたい。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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