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なぜ「ホタテ戦争」は起こったか、本当の理由とは何か。フランス漁船が英国漁船に体当たりで宣戦布告。

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
ほたて漁をするフランスの漁師(写真:ロイター/アフロ)

8月28日、フランスとイギリスとの間に「ホタテ戦争」が勃発した。

事件が起きたのは英仏海峡で、フランスのノルマンディ地方にあるセーヌ湾の広域のところである。ここはほたての良い漁場だという。

「戦争」が勃発した場所。下のビデオ:フランス24(公共放送)の公式ビデオより
「戦争」が勃発した場所。下のビデオ:フランス24(公共放送)の公式ビデオより

フランス船が、イギリス船に体当たりして激突。35隻のフランス船が、5隻のイギリス船に「戦争」を挑んだという(数は諸説ある)。以下のビデオでは、船で体当たりしたり、石を投げたり、煙が出たりといった状況が映し出されている。

もともとフランス側には、ホタテ資源の確保のために厳しい規則がある。

・とても小さいホタテをとってはいけない(これは漁師が使う網のサイズに関係する)

・漁は10月1日から5月15日まで

・漁船は15メートル以下

・漁獲量は、1日あたり、あるいは操業時間数によって決められる

などの規則があるのだ。

2013年から、イギリスとフランスとアイルランドは、毎年交渉して更新される協定を結んできた。イギリス船は、フランスと同じ漁の期間を守り、漁獲量の割り当ても決められてきた。

それなのにイギリス船は、まだ10月1日になっていないのにホタテ漁を始めた。このことに怒って、フランス側は実力行使に及んだーーそう報道されているが、それだけではない。

職人的な漁業(グルメ)VS 工業的な漁業(冷凍)

フランス側が怒るのは、期間の問題だけではない。船の大きさも問題なのだ。

この協定は「15メートル以上の船」を対象にしたものだった。なぜならイギリス船は大きなものが多いからだ。

もともとイギリスとフランスには、漁業の方法に大きな違いがあった。

フランス側では通常、約300隻の小さい船が、職人的なやり方で漁をしているという。おそらくこの方法だと、貝殻が壊れにくいというのもあるのだろう。グルメの国では、貝殻と共にテーブルに提供する方法はよくあることだ。

一方でイギリス船は、30メートル以上の大きな船で、工業的なやり方でホタテ漁を行っている。冷凍用のホタテだという。

イギリス船は、法律の抜け穴につけ込む形で、15メートル以下の船でホタテ漁にやって来て、1日中漁をしていた。これが、フランス人漁師の怒りを激しくさせた。

しかしこの問題は、今年初めて起こったのではなく、数年来問題になってきたことなのだ(ちなみにイギリス船だけではなく、アイルランドの船も混ざっている)。でも今までは「戦争」など起きていなかった。

なぜ今、イギリス船との間にこの「戦争」が始まったのか。

今年の協定が紛糾

今年の協定は紛糾した。情報が錯綜しているが、イギリス側が再交渉を拒否したという情報もあれば、フランス側が拒否したという情報もある。紛糾ポイントは、船の大きさに関する規定だというのだが。

しかし、今年決裂しているそもそもの原因は、おそらく読者も想像がついているだろうが、ブレグジットのせいと言える。

英国の大衆タブロイド紙The Sunは、以下のように書いている。

「Telegraph紙のJames Rothwell氏によると、フランス人はブレグジットの後、英国の水域で豊富な魚を入手できなくなるのではないかと心配している。

フランスや他のヨーロッパの船員は、英国の水域において釣れる魚にとても依存している。そこでは、割り当てを遵守している限り、漁が許されているのだ。

英国が、<(EUの)共通漁業政策>を期待どおりに去った場合、英国はこの地域の支配を取り戻し、独自の割り当てを自由に設定することができる。

ブレグジット支持団体の<Fishing For Leave>は、『英国の乗組員は、3倍もの漁獲高を得られるだろう』と言った」。

この「Fishing For Leave」は、40年来「60%の魚は、英国海域のものだ」と主張してきた団体だという。

一方でフランス側の漁師は、「英国がEU(欧州連合)を離脱したら、彼らは第三国になる。この領域にアクセスする権利はない」と言う。

ここでいう「第三国」とは、自分の国(フランス)でもEU加盟国でもないという意味で、日本やアメリカやインドやエジプトと同じカテゴリーになるということだ。つまり「共に漁場をシェアする仲間ではない、よそもの」という感じだと思う。

EUと漁業領域

この「ホタテ戦争」を「英仏100年戦争」と呼ぶメディアもあるが、そんなに単純な問題ではないと思う。昔と違って今はEUがあるから、よけいに複雑になっている。

以下の図をご覧いただきたい。

フランス政府の資料より。2017年11月以降に適用されている合意事項。
フランス政府の資料より。2017年11月以降に適用されている合意事項。

黄色い線の内側、白い斜め線がかかっている部分=フランスの陸から12海里以内の海域は、EUが外国船(フランス以外の国という意味)を制限する権限のある海域だという。

これは国際的な協定「国連海洋法条約」にのっとっている。どの国でも12海里は「領海」、つまり自国の領土と同じになっている。

そして、白い斜め線のない紺色の海域は、EU加盟国籍の船であれば、各国の法律に従って漁をしてよい地域だという。

ここがEU独自の決まりだ。国連海洋法条約によれば、ここは主にフランスの排他的経済水域だったり、接続水域だったりするところだ。つまり、EUが存在しなければ、この部分は主に「フランスが排他的な主権的権利や、海洋汚染規制の権限などが認められる」区域だったわけである。

フランス湾岸の地図を載せているが、同じような状態がイギリス側にも存在する。

かなりEUの加盟国で協調した形に見えるのに、今回のような形で侵入されたのでは、フランス側が怒るのは当たり前ではないだろうか。

漁業についてのEUの役割

それでは、漁業に対して、EUはどういう役割を果たしているのか。

環境問題に熱心なEUは、「海洋生物資源保護」という項目を設けている。しかもこれは、EUの排他的権限に属している。

つまり、通商政策やユーロ圏の金融政策と同じように、この点ではもう各国に主権はない。EUが決めたら、各国は従わなければいけないということになる(といっても、EUの決まりごとは、加盟国の首脳や大臣の集まり、各国で選ばれたEU議員によって決められている)。

この権限を反映する政策として、前述の「(EUの)共通漁業政策」というものがある。これは、欧州の漁業を、環境的にも、経済的にも、社会的にも、持続可能なものにすること、そして漁業関係者が生活するのにフェアな基準をもうけることが目標だ。

1970年代から更新されており、最新のものは2014年1月1日に発効している。基金もあって、補助金も出している。

英国は、ブレグジットによって、この政策や基金からも離脱することになるーーもし「合意なきEU離脱」になるならば。この点も交渉で離脱前に決めなければならないのだが。

EUの主権か、国の主権か

ところが、今回の「戦争」を受けて、EUの欧州委員会の広報官は記者会見で、こう述べた。

「(問題の漁場は)国レベルで規制されており、近年はフランス、英国、アイルランド間で共通の管理措置が合意されている」「これまでのように、紛争解決を国家当局に促す」と、和解を勧めた。

完全にひとごとだ。こんなんでいいのか。排他的権限で、EUに主権があるんじゃなかったのか。もっと解決に向けて動いたらどうなのか、と思いたくなる。

実は、非常にややこしいのけれども、必ずしも「EUが全部決める」というわけではないのだ。国が独自に法律をつくってもよいところがある。

欧州委員会の公式文書によると、以下のようにある。

「漁業政策はEUの独占的な権限であるため、漁業関連の措置を講じることはEUに任されている。

しかし、EUの共通漁業政策は、加盟国に漁業保全措置(いわゆる地域化)の設計に、積極的な役割を果たす機会を与えている。 影響を受ける国は、これらの環境目的を達成するために必要と思われる漁業保全対策に関する提言を提出することができる。 欧州委員会は、これらの勧告に基づいて法律を採択し、EU法を拘束力のあるものにすることができる」。

役所的な言い方だが、これを筆者が解釈するなら「EUの共通漁業政策のガイドラインを守っていれば、加盟国が各地域に即した形で法律を決めていい(そして、加盟国がEUに提言して、ガイドラインを変えていくこともできる)」ということだと思う。「できる」と「しなければならない」は違う。

このあいまいさは、おそらく、元々EUの中に存在するあいまいさだと思う。

前述したように、「海洋生物資源保護」はEUの<排他的権限>でEUに主権があるのに対し、「漁業と農業」は<共有権限>といって、EUも加盟国も両方が主権をもちうるのだ。ああややこしい。

しかも、さらにややこしいことに、ホタテは「危機に瀕している種目」ではない。「海洋生物資源保護」の観点からは、弱いことになる。そのために、EUの決まりはモーターの強さ(1日のKW)だけだという。

このために、「戦争」が起きたのち、EU自らが調停に乗り出すことは避けたわけだ。ブレグジット交渉が進んでいないのに介入したところで何もできないし、話がややこしくなるだけ・・・と思っているのかもしれないが。

陸の次は海

しかし・・・ブレグジット問題で、陸のほうーーアイルランドと北アイルランドのEU境界問題のことは、既に離脱交渉のテーブルにのぼり、大きく報道されていた。でも、とうとう海のほうの境界問題が現れてしまった。

今までもちらちらニュースには出ていたのだけれど、まさかこんな形で・・・漁師の体当たりで大きくクローズアップされることになるとは思わなかった。

前述したように、フランス側には、「英国がEU(欧州連合)を離脱したら、彼らはこの領域にアクセスする権利はない」という意見がある。

でも、上述したブレグジット支持漁業団体<Fishing For Leave>は、「英国はこの地域の支配を取り戻し、独自の割り当てを自由に設定する」という意見を持っている。

陸よりも海のほうがはるかにややこしそうだ。この問題、英国のEU離脱前に合意できるのだろうか。先日8月23日に英国政府が発表した、合意なきEU離脱のための準備・第1段の25項目の中には、漁業は入っていなかった(農業はあった)。これから発表される中に入っているのだろうけれど。

参照記事:英国政府が「合意なきEU離脱」に向けて準備。なぜ暗鬱たる状況は起こったか(25項目の全リスト掲載)

それにしても、<Fishing For Leave>という団体は、愛国レベルではなくて極右なのではないだろうか。

このような極右の言い分が幅をきかせて、メディアに取り上げられるようになるとは、英国は本当にどうにかなってしまったのではないか。極右政党UKIPの、(党首が嘘だと認めた)大嘘キャンペーンが功を奏してEU離脱を決めて以来、この国はおかしくなってしまったのではないだろうか。

どうか今後の話し合いでは、冷静で公正な結論を出してくれることを期待している。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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