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カタルーニャの選挙に向けて (1) 見事な政治力のユンケル委員会と欧州の姿

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
12月7日、ブリュッセルで独立派がデモを行った。(写真:ロイター/アフロ)

この記事は、今までEUを見てきた筆者の推測に基づくものです。

やや時間が経ってしまったが、スペイン最高裁判所は12月5日、プチデモン氏に対して出した「欧州逮捕状」を取り下げた。

ブリュッセルに共に来た他の幹部4人も同様である。

なんという・・・これがEU側、ユンケル(ユンカー)欧州委員会の仕業じゃなくて、一体他に誰が行うというのだろうか。あっぱれなお手並みに感嘆してしまった。

この報を聞いて、やっと今まで何が起きていたか、すっと氷解して飲み込めた思いがした。

筆者は「EUは関知しない」などという公式発表をまったく信じていなかった。いったいユンケル委員長は陰で何をやっているのだろう、何を目標として動いているのだろうと、ずっといぶかってきた。

EU・欧州委員会の目標は、カタルーニャの選挙を、スコットランドの独立投票とできるだけ同じレベルに持っていくことだったのだのではないか。

筆者はそう思う。

英国とスペインの違い

スコットランドの独立投票は、英国のロンドンの政府の了承のもとに行われた。

先のカタルーニャ自治政府首相アルトゥール・マス氏は、「英国政府がスコットランドの住民投票を承認したのに、スペイン政府は拒絶したのはなぜだと思うか」と問われて、「わが国は民主主義国家ではあるが、英国のほうがスペインよりも、より深い民主主義の意識があるからだと思う」と答えている。

参照:カタルーニャの独立投票と、スコットランド、EU(欧州連合)の関係

英国でのスコットランド独立投票に関する一連の経緯は、まったく民主的なものだった。

この民主的な態度は、スコットランド人に冷静な判断を促したとも言える。

その点スペイン政府の所業は、熱いというか、未成熟というか、やや野蛮な感じがする。

EU・欧州委員会が問題にしたのは、もっぱらこの点だったのではないか。

警官が選挙活動に介入して、市民に暴力をふるうなどは絶対に認められない。

一方で、正確さを欠く住民投票(独立投票)を行うのも認められない。

そのようなことが、EUの中にあってはならない、そのようなやり方は論外である。

市民の意志により選挙を行いたいというのなら、民主主義の正当なやり方で投票を行わなければならない。

スペイン政府のやり方は、カタルーニャのEU加盟問題云々以前に、EU加盟国として論外である

ーーということだろうと思う。

これは果たして内政干渉だろうか。

EUは表向き「スペインの内政問題である」という態度を崩していない。

もしも上記の筆者の推測が正しければ、「内政問題に介入していない」という言い訳が、ギリギリ通用しないでもない線ではないかと感じる。

なぜなら「スペインに、EU加盟国として、民主主義の原則と姿勢を守らせただけ。カタルーニャが独立するか否かにタッチしているわけではない」という言い訳ができるからだ。

「もし加盟国内のある地域が独立したら、EU加盟はどうなるか」に関しては、今もって法律もなければ、明確な決まりもない。

スコットランド独立問題のときから、EU側は「新国家として、新規加盟の申請をすることになる」と発表はしていた。

しかし実際には選挙で独立は否定されたので、そこで終わってしまった。

ただ、どんなに議論は熱くなろうとも、対話を通して、すべて民主的で平和的な方法で行われるのだけは、誰もが確信していた。英国の民主主義は、マス氏がいうように、大変成熟したものだったのだ。

スペインとカタルーニャの場合は、そんな次元に到っていない。

EU側は、スペインをできるだけ英国とスコットランドのような状況にもっていきたかったのだと思う。

欧州委員会は、どこでどの程度介入したのか

欧州委員会の目標が見えたと思えたところで、今までを振り返ってみる。欧州委員会は、どこでどの程度介入したのか、推測してみたいと思う。

カタルーニャ議会が10月27日、独立を宣言したとき、すぐにエールを送ったのは、スコットランドやコルシカなどの地域だった(ちなみに、国家承認した初めての独立国は、ザンビアだった。なんで???)

トゥスク大統領ははっきり「EUの対話相手はスペインだけである」とツイッターで発表したし、ユンケル委員長は「EUが介入する問題ではないが、私は明日、EU加盟国が95になることは望まない」と記者団に語った。

その後すぐ、スペインがカタルーニャの権限を停止したのは理解できるが、「選挙をする」と公表したのは驚きだった。

しかも、すべての党、(一応)すべての人が立候補できるということだった。

「・・・らしくない」と感じた。

明らかに、外国からの入れ知恵があるように見えた。

入れ知恵の筆頭候補は、EU・欧州委員会に思えた。それに、EU加盟国の首脳たちからの助言があったのはだろう。例えばフランスのバルス元首相はマドリッドに赴いたし、ラホイ首相と(電話)会談をした欧州首脳たちもいる。

ただ、それでも欧州委員会の役割や目標は、どうも判然としなかった。

おそらく、プチデモンがブリュッセルに行ったことは、すべての人にとって「想定外」の出来事だったのではないか。

ここから、話が狂ってきたのだろう。筆者もこのへんから訳がわからなくなってきた(だから面白かったのだが)。

しかも欧州逮捕状が出た。

まさか本当に出るとは思っていなかったので、びっくり仰天した。

ベルギー政府は「プチデモンを欧州市民として扱う」と言っているのに。

このことがよけいに、プチデモン氏らのブリュッセル行きが「想定外」だったことをうかがわせた。

しかし、スペインは欧州逮捕状を取り下げた。

プチデモン氏だけではなく、氏と同様にベルギーに逃れている幹部も合わせて、合計5人に対してである。

ユンケル委員長よ、お見事である。「欧州市民」の権利と原則を、スペインに守らせたのだ。

どうやって行ったかはわからないが、おそらくお膝元のベルギー要人と会談を重ねたのではないかと推測する。

これで、一応は「民主的な選挙」は実施されることになった。

ただし、5人のスペイン国内での逮捕状は、有効なままだ。プチデモン氏らが帰国したら、逮捕される可能性はある。

しかも、マドリードの裁判所で聴取に応じた10人のうち、6人は保釈が決まったが、独立派ナンバー2のジュンケラス前州副首相など4人はまだ拘束されたままである。

今後どうなるのか

いよいよ12月21日の選挙まで、あとわずかである。

世論調査はまったくあてにできないが、単独過半数をとる党がないことは、まず確かなようだ。

どのように連立を組むか、独立支持なのか反対なのか、すでに水面下で激しい政治交渉が行われていると報道されている。

独立派が勝利したら、独立を再び宣言するのだろうか。

選挙の結果後、特に独立派が勝利したら、ベルギーにいる5人や、拘束されたままの4人はどうなるのだろうか。

しかし筆者は、当選した議員について、ベルギーから帰国して拘束されたり、相変わらずスペインで拘束されたままだったりということは、おそらくEU・欧州委員会側が許さないと思う。

民主的に選ばれた議員を政治犯として逮捕するなど、EU加盟国がそんなことをしてはならないと、EU・欧州委員会は対話を行い圧力をかけると思う。

「欧州建設」の基本理念のために。

そして、もし本当にそんなことが起こったら、欧州委員会のみならず、欧州議会議員も黙っていないのではないか。

このことは「内政」の領域になるのだろうか。こちらも「言い訳できないギリギリの線」と言えないでもないのではないか。「EU内における議員の扱い」という意味で。上記の例よりも、より際どくなる感じはするが。

プチデモン氏ら独立派側は、対話の扉を閉ざそうとしたことはないので、対話には応じているはずだ(公式にはEUはスペイン政府のみを交渉相手にしていることになっているが)。

今後の推移やシナリオについて、何か裏で申し合わせがあるのだろうか。

推測するなら、EU側としては、民主的に選ばれた議員の身柄は保証する、カタルーニャの自治に譲歩するためにマドリッドの政府を説得もする、しかし独立はしないでほしいーーというあたりを落とし所として動いているのではないかと思う。このへんは、例えば隣国フランスなどの国単体としての外交なのか、EUの理事会で何か陰の申し合わせがあったのか、欧州委員会なのか、陰で行われていることなので、わからない。全員の思惑が一致しているのか否かもわからない。30年後くらいにわかるかもしれない。

プチデモン氏らは、スペイン政府の動きでこのような事態になったものの、「常に聞く耳を持たない頑固な独立派」だったわけではない。

ただ、選挙で独立派が過半数をとるならば、事態はまた流動的になって、予測不可能な事態が起こるかもしれない。

とまれ、これからも、カタルーニャとブリュッセルの両方で、選挙活動やその後の運動が行われていくだろう。

筆者は今までEUを観察してきて、EUという枠組みの中で、加盟国や議員の中にある「野蛮」が洗練されて民主的になっていくような事例を見てきた。今回の事例も、その一つに数えられると思う。

このような流れの中で、どうしても前から一つ書きたいことがあるので、これを機に書こうと思う。

スペイン国王のこと、そして現代の欧州における王室とEUの役割と、その関係についてである。

パート2に続く

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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