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駅から歩いて15分以上。それでも人気マンションが続出する世田谷区の特殊事情とは

櫻井幸雄住宅評論家
駅から離れた場所まで住宅が広がる世田谷区内。駅から遠いエリアには思わぬ利点も。(写真:イメージマート)

 東京都内でも歴史が古い住宅エリアのひとつが世田谷区。「サザエさん通り」とも呼ばれる桜新町商店街の周囲では、大正時代から、当時最先端だった「郊外型住宅地」の大規模開発が始まった。

 「新町分譲地」で、「新町」の名が示すとおり、それは日本におけるニュータウンの第1号と考えられる。

 以後、世田谷区は東京23区のなかでも、住宅地として高い人気を維持してきたのだが、10年ほど前、一時的に世田谷の注目度が下がった時期があった。それは東日本大震災の後、「武蔵野台地人気」が盛り上がり、その象徴となった世田谷区で新築マンション価格が高くなりすぎたことが原因だった。

 当時、「世田谷では、今後1億円以下の3LDKは出ない」と言う業界関係者もいたほど新築マンション価格が上昇した。しかし、高額化したことで世田谷離れが生じ、より都心に近い湾岸エリアの豊洲や晴海のほうが人気を高めるようになった。

 その世田谷で人気物件が再び増え始めたのは、コロナ禍になってから。といっても、世田谷のマンションが値下がりしたわけではない。駅から徒歩10分以内のマンションは相変わらず値段が高く、3LDKで1億円以上となる。それでも、勢いを取り戻したのは、東京23区内の新築マンション価格が全般的に高額化したからだ。

 北区の赤羽でも、江戸川区の西葛西でも1億円以上の3LDKが珍しくなくなった。それで、世田谷の億ションが見直されるようになった……とここまでの話は多くの人にとって、興味を惹かれる内容ではないだろう。

 「3LDKが1億円」では、高すぎるからだ。

 しかし、世田谷区内では新築マンションで5000万円台、6000万円台の3LDKが売り出されることがあり、人気物件になりやすい。そんな特殊事情もあるのだ。

67平米の2LDKが5000万円前後で……

 たとえば、昨年分譲され、短期間に完売したマンション(つまり、もう買えない)となったものにグレーシア世田谷尾山台がある。

 その価格は約67平米〜80平米が5498万円から8880万円だった。

 価格が抑えられた理由は、東急大井町線尾山台駅歩いて18分という立地であるから。バスも利用できるが、駅からは遠い。しかし、安い。そこで、どうしようかと悩む人が多いのだが、グレーシア世田谷尾山台では悩まず即決する人が多かった。他の住宅地ではみられない現象である。

 小田急線の千歳船橋駅から徒歩19分でもよく売れたマンションが、昨年分譲されたアトラスシティ世田谷船橋だ。約67平米〜88平米の2LDK+Sから4LDKが4900万円台からの価格設定で販売され、総戸数が200戸を超える大規模マンションなのに、建物ができあがる前に完売した。いわゆる「竣工前完売」という状況である。

 駅から離れた立地のマンションは今も見つけることができ、京王線の特急停車駅・千歳烏山駅から徒歩17分のヴィークステージ世田谷千歳烏山は、3LDKが5400万円台からの設定で分譲されている。

 世田谷区内では、駅から離れた場所で分譲されるマンションが目立ち、その人気が高い。理由は、駅から離れることで価格が抑えられること。しかしながら、今は「いくら安くても、駅から遠いマンションは買うべきではない」という意見の人が多いのも事実だ。投資目的の購入者は特にそう考えがちだ。

 ところが、世田谷では駅から遠くても、それを厭わない人が多い。そこには、世田谷ならではの特殊事情がある。

駅から遠いマンションには子育て世帯が多い

 世田谷区内では、駅から離れたマンションが次々に登場する。その理由として、住宅地の広がりが大きいことを挙げるべきだろう。「駅から10分も歩けば、畑だらけになる」という状況ではない。10分歩いても、20分歩いても住宅地が続く。しかも、その評価が高い。

 世田谷区内でも高級な住宅エリアとされる成城学園前駅周辺では、いまだに「駅から離れた場所が高級」と考える風潮が残っている。世田谷区内でも有数の高級住宅地・岡本エリアも駅から遠い。

 駅から離れれば周囲に緑が多くなり、静かさが実現するのが、その理由。加えて、住宅が多いため、駅から離れた場所でもスーパーマーケットがみつかって便利、という特殊事情もある。

 さらに、もうひとつ意外な利点がある。

 それは、世田谷区で駅から離れた場所にはファミリー世帯が多く住み、子供を育てる環境がよい、という利点だ。

 世田谷区内では駅から離れた場所にも一戸建て、マンションが多く、分譲価格や賃料を抑えられるため、子育て世帯が多く住む。

 実際、駅から離れた新築分譲マンションは今も3LDK、4LDK主体の住戸構成だ。東京23区内の新築マンションでは、1LDK、2LDKの間取りが増えている。それと比べると、明らかな違いである。

 世田谷区内で駅から離れた場所には子育て世帯が多く居住する。そのため、エリアの公立小学校、公立中学校に通う児童、生徒の数が多い。これは、学校に活気が出ることにつながる。

 東京23区内では、都心に限らず下町エリアでも児童数の減少に悩む小学校がある。それを考えれば、「活気ある小学校」を好ましく思う子育て世帯は多いだろう。子供の遊び場が多く、サークル活動も活発なので子供が毎日楽しそう……世田谷区で駅から離れた場所には、そんな立地特性もあるのだ。

 もちろん、駅に近い場所は分譲価格が高くなるため、駅から離れた場所で抑えた価格のマンションを買いたい、という現実的な理由もあるだろう。その際でも、「駅から離れても、世田谷区だったら、よいか」と思えてしまう。世田谷とは、そういう場所なのである。

住宅評論家

年間200物件以上の物件取材を行い、全国の住宅事情に精通。正確な市況分析、わかりやすい解説で定評のある、住宅評論の第一人者。毎日新聞に連載コラムを持ち、テレビ出演も多い。著書多数。

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