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「秀和レジデンス」は高級ブランド?そうではなく、時代を先取りした革新的マンションだった

櫻井幸雄住宅評論家
渋谷区内の「秀和レジデンス」。今でも、目立つ外観のマンションである。筆者撮影

 10月14日に知られざる数億ションの世界(6)真の「高級マンション・ブランド」いくつ知っている?という記事を出させていただいたところ、読者から質問が来た。

 それは、「秀和レジデンスが入っていないのはなぜ?」というものだった。

 記事では高級マンション・ブランドを10紹介したが、「秀和レジデンス」はたしかに入っていなかった。

 「秀和レジデンス」への関心が高まっている今、同様の疑問を持っている人も多いだろう。そこで、「秀和レジデンス」とはどんなブランドだったのか、昭和時代の思い出とともに解説したい。

「秀和レジデンス」が目指したのは、高級マンションではなく

 結論から先に申し上げれば、「秀和レジデンス」は高級マンション・ブランドではない……正確にいえば「秀和レジデンスが目指していたのは、高級路線ではなかった」とすべきか。

 もちろん、「秀和レジデンス」にも高額物件があり、1980年代には都心で100平米をゆうに超える億ション住戸が登場したこともあった。

 しかし、昭和40年代(1965年から1974年)に分譲した物件は、そんなに広くなかったし、高くもなかった。どちらかというと、便利な都心マンションを1人暮らし、2人暮らしでも買いやすくした、というのが「秀和レジデンス」の目指すところだった。

 具体的に、どんな物件だったか……残念ながら昭和40年代に小学生から大学生だった私に新築分譲時の記憶はないので、1989年に発行された「マンション60年史ー同潤会アパートから超高層へ」(住宅新報社刊)から引用させていただく。

 同書によると、1966年に販売された渋谷区神宮前の「秀和レジデンス」は2DKが340万円で3年ローン付きだったという。

 そのころ、マンションは便利な都心部に建設されるものが中心だったため、価格が高く3LDKが800万円から900万円した。郊外の一戸建てが500万円から600万円だった時代なので、マンションはかなり高かった(以上の価格も、「マンション60年史」からの引用)。

 都心マンションの3LDKが800万円以上した時代に、300万円台で購入できる2DKを供給。しかも、銀行と交渉してローンを付けた……都心マンションを多くの人にとって買いやすい物件にしたのが「秀和レジデンス」だった。

 一方で、「秀和レジデンス」は価格を手頃にしながら、建物の魅力を上げた。それも、大きな特徴となる。

便利な都心部でコンパクト住戸を安く提供した先駆け

 秀和という会社を創業した小林茂社長は建築士でもあり、これまでにないマンションをつくり上げる気概に満ちていた。

 そのことをよく表しているのが、凹凸のある外壁だ。

 個性的だし、味わいがあると評価が高い外壁にも「秀和レジデンス」の特性がよく現れている。

「秀和レジデンス」の特徴のひとつとなる、凹凸のある白い外壁。筆者撮影
「秀和レジデンス」の特徴のひとつとなる、凹凸のある白い外壁。筆者撮影

 じつはこの外壁、高級な仕様というわけではない。

 マンションで高級な外壁とされるのはタイル張りや石張り、そしてコンクリート打ちっぱなしだ。

 それに対し、秀和レジデンスの外壁は「吹付けタイル」と呼ばれるものの一種で、スタンダードな仕上げとなる。といっても、ひと工夫もふた工夫も加えて、漆喰のような味わいを出したのが「秀和レジデンス」の外壁である。

 セメントと砂と水をまぜて練ったもの(モルタル)を投げつけて仕上げたもので、その仕上がりは当時の建設業界に衝撃を与え、建設工事従事者や建築士の視察が絶えなかったという逸話も残っている。

 さらに、管理組合の方式を考え出したし、コンパクト住戸を中心とする発想も時代を先取りしていた。

 昭和時代、分譲マンションの間取りはほとんどが3LDKと4LDK、一部に2LDKがあったという時代だったのに、秀和レジデンスでは2DKや1K、ワンルームというコンパクトな間取りをつくった。

 間取りを小さくした分、価格が抑えられたので、都心部で1人暮らし、2人暮らしをしたいという人に向く住まいとなった。

 以上の特徴は、じつは現代のマンションニーズとみごとにマッチしている。

今、都心で求められているのもコンパクトな間取り

 2022年の今、便利な都心部の暮らしに憧れる1人暮らし、2人暮らしは多い。そして、できるだけ安く新築マンションを買いたいとも思っている……その希望に応えるマンションを50年以上も前に「秀和レジデンス」は実現させていたわけだ。

 ただし、50年前の日本で1人暮らし世帯、2人暮らし世帯のためのマンションを買う人は限られていた。一部は投資家。自ら住む目的で購入するのではなく、人に貸して家賃収益を得ようと考える人たちだ。

 そして、別の方々も重要な購入層となった。それは、たとえば夜の銀座に勤めるきれいな女性たち……ヨーロッパのお城を連想させる優雅な外観は多くの女性の憧れを集めたのである。

 それから50年経ち、都心部では1人暮らし、2人暮らしが増え、「秀和レジデンス」の評価は下がることがなく、中古価格は上がり続けている。

 1966年に「2DKが340万円」という水準だった「秀和レジデンス」は、その後の中古価格がいくらになったのか。

 試しに、今から20年前・2002年の資料で、1970年前後に建設された「秀和レジデンス」が中古でいくらだったのか調べてみた。

○港区内で六本木駅徒歩13分、築30年の約33平米ワンルームが1780万円

○渋谷区内で代官山駅徒歩5分、築30年の約46平米1Kが3180万円

○新宿区内で新宿三丁目駅徒歩9分、築29年の約25平米ワンルームが1088万円

 以上は、立地のよさから現在さらに価格が上昇。ワンルームでも2000万円以上。40平米以上の1Kや2DKならば、リノベーション代込みで4000万円を大きく超える価格設定になっている。

 築50年を超える建物でこの価格は驚きである。

 ただし、課題もある。鉄筋コンクリート造の構造躯体がどこまで持つのか。そして、延命処置や建替えをどのように行ってゆくのか……それは、築年数が古いマンション全般の課題でもある。

住宅評論家

年間200物件以上の物件取材を行い、全国の住宅事情に精通。正確な市況分析、わかりやすい解説で定評のある、住宅評論の第一人者。毎日新聞に連載コラムを持ち、テレビ出演も多い。著書多数。

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