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最悪だった「2階の左の部屋」 住宅評論家が忘れられない「ゾッとする家」

櫻井幸雄住宅評論家
住宅取材では不思議な家に出遭うことも。写真は筆者撮影だが、記事とは無関係の家。

 夏になると怖い話を聞く機会が増えるが、土地や家にもオカルト的な出来事がある。といっても、「幽霊を見た」とか「写真を撮ったら、写っていた」というようなことではない。見ることはないが、感じることがある、というのが実際のところだ。

 たとえば、売りに出ている土地や家を見たとき、なんだか嫌な感じがした、ゾッとしたという経験談は枚挙にいとまがない。土地や古い住宅をたくさんみている人間は、いつのまにか、そのようなセンサーが身につくらしい。

 かくいう私も35年も住宅の取材を続けている間に、いつのまにか「嫌な感じ」が分かるようになってしまった。

 これまで嫌な感じを受けた住宅のうち、極めつきの物件が2つ神奈川県の湘南エリアにあった。明るい印象のある湘南だが、歴史ある地域で神社仏閣も多い。その厳かな印象がオカルト的な気持ちにさせるのかもしれない。それでも、明るく開放的な湘南で2回、それも晴れた日の昼間に説明できない出来事があったことは、ギャップの大きさもあって忘れることができない思い出になっている。

明るい湘南で、“いたたまれない”気持ちになった中古住宅

 その中古一戸建ては、湘南の海が見える丘にあった。崖に張り付くように建設された3階建て住宅で、正面に海が見えて日当たり良好。最上階のリビングは天井の梁をむき出しにした別荘風のつくりだった。

 お洒落な家が、相場よりだいぶ安く売られていたので、お買い得物件として取材することにした。

 それは、5月の晴れたウィークデーの朝で、夏が近いことを感じさせるご機嫌な日和だった。が、玄関に入った瞬間からどうにも気持ちが沈んでしまった。頭を押さえ付けられるような感じというか、“いたたまれない”気持ちというか、とにかく不安感で一杯になった。

 同行したカメラマンは、まず広い玄関から写真を撮ってゆくことにした。

「櫻井さん、そこの段ボール箱、邪魔なので、奥の部屋に入れてもらえますか」

 見ると、確かに玄関ホールに大きな段ボール箱があった。

 段ボール箱を軽く触ってみると、何が入っているのか重量感があった。一人では持ち上げることができそうもなかったので、奥の部屋に引きずってゆくことにした。箱を引っ張り、お尻から奥の部屋に入ると、背中からぞっとする感じがした。

 振り向くと、そこには仏壇があり、位牌も置かれたままだった。急いでその部屋を出ると、カメラマンが聞いてきた。

「あの部屋、なにかありました?」

 仏壇があり、位牌もあったことを伝えると、やっぱりね、と言う。

「嫌な感じがしたんですよ」

 なんだ、気味が悪いからオレにやらせたのか、と笑って仕事を続けたが、正直、早く帰りたかった。しかし、取材を打ち切ることもできず、撮影を続行。リビングはまあ普通だった。しかし、寝室に入ると、海に面した窓のカーテンが引き裂かれたようにボロボロになっていた。そんな状態を人に見せ、さらに仏壇を置いたまま中古で売ろうとする神経が分からなかった。

 もうちょっと気をつかい、少しでも好印象を与えるようにすればいいのに、である。が、後で考えると、誰も仏壇やカーテンに手を触れたくなかったのかもしれない。

 仲介する不動産業者に話を聞くと、その家は中年の夫婦2人暮らしだったとわかった。最近、夫人が病死し、葬儀が終わると、夫はすぐに海外に出かけた。3ヶ月ほど海外に滞在する予定で、それまでに家は処分してくれと不動産業者が頼まれたという。値段はいくらでもよいから、と。しかし、なかなか買い手が付かないので、思い切り値段を下げたところだった。

 これも後で気づいたのだが、案内する不動産業者は仏壇のある部屋にも寝室にも足を踏み入れず、ずっとリビングに居た。不動産業者もリビング以外では“いたたまれない”気持ちが生じたのだろう。

 その家は、結局、中古では売れず、建物を壊して更地にして不動産業者に売却されたそうだ。

最悪だった「2階の左の部屋」

 もう1つ湘南で出遭った不思議な家は、中古ではなく、新築の一戸建てだった。

 こちらも建物が完成した後、なかなか売れず、「思い切って3割引にする」というので取材したときの話だ。

 海辺からは少し離れるが、高台で日当たりがよかった。大型の住宅で、玄関を開けると目の前に大きな階段があり、洋館のようなつくりになっていた。

「見学に来る客は多いんだけど、契約してくれないんだよね」

そう嘆く不動産業者に対し、

「どうしてでしょうねえ」と軽く対応しながら、私はここでも “いたたまれない”気持ちに支配されていた。その気持ちは、前回の中古住宅のときよりも強く、すぐにでも逃げ出したくなった。

 しかし、取材のために、住宅内を見て回らなければならない。

 「見たくない」部屋は明らかに2階だった。

 階段を上がって2階の左側の部屋……今なら、そんな部屋、頼まれても近づかないのだが、当時は“いたたまれない”気持ちを経験し始めた時期で、その対応が身についていなかった。なんで、こんな気持ちになるんだろう、2階の左の部屋を見に行けば分かるのかな。そんなことを考えていた。

 案内してくれた不動産業者は階段を上がろうとせず、「2階は、どうぞ自由に見てください」という。

 これは、行かないほうがいいぞ、と思いつつも、不安感の正体を確かめたいという気持ちが強かった私は、1人で2階に上がった。

 階段を上がるときは、まさに後ろ髪を引かれる思い。やめなさいと誰かに言われている気がした。

 2階の左側の部屋に着き、思い切りドアを開けた。

 昼に近い時間帯で晴天の日だったが、雨戸が閉まり、照明がつけっぱなしの和室だった。何があるわけでもない。ただの6畳間で、亡霊の姿などオカルト的なものは一切見えない。

 しかし、妙に明るい印象を受けた。雨戸を閉め、照明をつけただけなのに、なんでこんなに明るいのかと、天井の照明器具を見上げた。普通の蛍光灯照明だった。

 もう十分だと思った。

 部屋の中に入る気にも、これ以上部屋を見続ける気にもなれなかった。

 急いで扉を閉め、1階に下りると、不動産業者が

「何か、ありました?」と聞く。

「いや、何も」

「ああ、そうですか」

 それだけの会話で、すべてが分かった気がした。

死人みたいな顔をして……

 売り出し中の建売住宅は、雨戸を閉めた状態で客に見せることはない。窓から陽光を取り入れた状態で客を迎えるものだ。しかし、不動産業者は2階のあの部屋に行きたくなかったのだろう。私と同じように“いたたまれない”気持ちになるので、雨戸を閉めっぱなし、照明つけっぱなしにして近寄らなかったのだと推測された。

 で、顔色を変えて下りてきた私に向かい、“いたたまれない”気持ちの正体が分かったのか、探ってきたのである。

 見学に来た何組かの客も似たような気持ちになったはず。だから、売れなかったのである。

 世の中には、「ぞっとする」家は確かに存在する。マイホーム探しで、そんな家に出遭ったとき、普通の人は回避する。つまり、買わない。それは、まったくもって正しい対処法だ。

 一方、世の中には、福の神のような人が居て、そんな人なら“いたたまれない”気持ちの原因を封じ込めることができるだろう。そのような人であれば、3割引の家を喜んで買ったはずである。

 問題は、福の神でもなく、「ぞっとする」というセンサーを持ち合わせない人。その場合は、「なぜか大幅に安くなっている家」には近寄らないほうが無難だろう。君子危うきに近寄らず、である。

 ちなみに、「2階の左の部屋」を見た私は、その後半年以上原因不明の体調不良に陥り、最終的には胃潰瘍と診断されて体重が5キロ減った。あまりに体調がわるいので、祈祷のようなものにすがろうかと本気で考えた。そんな気になったのは、あの部屋を見たのがいけなかった、という自覚があったからだ。

 自覚をもったのは、取材直後の出来事による。

 じつは、取材のあと、湘南の玄関口・藤沢駅で電車を乗り換えようとした私は、親類の叔母さんにばったり出遭い、こう言われてしまった。

「あんた、どうしたのよ!死人みたいな顔をして」

 どちらかというと赤ら顔の私が、死人みたいと言われたのは、後にも先にもこのときだけだ。

住宅評論家

年間200物件以上の物件取材を行い、全国の住宅事情に精通。正確な市況分析、わかりやすい解説で定評のある、住宅評論の第一人者。毎日新聞に連載コラムを持ち、テレビ出演も多い。著書多数。

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