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みんなの知らないソバの話「ソバの品種改良はなぜ難しいのか?」

坂崎仁紀大衆そば研究家・出版執筆編集人・コラムニスト
秦野のソバ畑(筆者撮影)

ソバの品種改良数はここ30年で38品種

 農林水産省関係のウェブサイトを閲覧中、品種改良の項目がふと目に留まった。イネ(コメ)の国内で品種登録されている数は956品種(2023/4/27時点)、コムギは170品種(2010時点)を超えるという。さてソバはどうだろうか。

 農林水産省の資料「新品種・新技術の開発・保護・普及の方針 そば」をみたところ愕然とする数字が目に入ってきた。過去30年での品種登録数はたった38品種だというのだ。「極めて少ない数字」にみえる。

ソバの過去30年での品種登録数とコムギとの違い(筆者作成)
ソバの過去30年での品種登録数とコムギとの違い(筆者作成)

「キタワセソバ」、「常陸秋そば」は有名な改良品種

 ソバの品種で有名なものといえば「キタワセソバ」、「常陸秋そば」、「信州大そば」などであろう。どちらかというと「北海道幌加内産」、「福井県大野産」などの作付地の方が有名で品種は二の次みたいな雰囲気もあるほどだ。

 最も古い品種は1919年に登場した「最上早生」とか。農林水産省や農業試験場が本格的に育種に取り組み出したのは1990年頃からと大分最近のことである。

 ところでソバの品種改良は難しいといわれている。今回は身近な食べ物でありながら意外と知られていないソバの側面を深掘りしてみようと思う。

ソバの実はブナの実よりは小さい
ソバの実はブナの実よりは小さい写真:イメージマート

ソバの名前と特徴

 ソバの学名は Fagopyrum esculentum(ファゴピロム エスクレンツム)といい、ブナ(Fagus)の実に似た穀物という意味である。英語ではbuckwheat。ブナ(beech)実に似た小麦(wheat)。日本語では背の高い麦という意味で蕎麦という字を当てる。ナデシコ目、タデ科、ソバ属の一年草で、75日で収穫でき、酸性土壌(pH6程度)でも栽培可能などの特徴がある。中国雲南省が起源とされる。

ソバの学名や特徴など(筆者作成)
ソバの学名や特徴など(筆者作成)

昔は日本中在来種だらけだった

 縄文時代から食用にされていたというから、日本中ほぼ在来種として自生していたと思われる。ソバは植生の下から頂上に向かって結実していく。そのため下の方で早く熟した実は脱粒といって実が脱落する。その実は翌年気候状態が揃えばまた自生していくというサイクルを繰り返して、独自のサイクルをつないでいく。

 コメやムギが不作の年でも、ソバは勝手に自生しているため、救荒植物として飢饉などいざという時に有難い存在だったはずである。農民は年貢にならないソバをこっそり栽培して、飢えをしのいでいたというわけである。

 そうした在来種が長い年月をかけて継代していくうちに、地域ごとに勢力を伸ばした種類などが誕生していったと考えられる。そうしたソバはそれぞれ味が異なるため、今でいうご当地蕎麦として人気化していった背景だろう。

ソバの品種改良の進め方と問題

 ではソバは今までどのように品種改良を行ってきたのだろうか。それは優等生を選抜するという方法を用いてきたのだ。ある在来種の中に、収量が多く倒れにくいものがあったとする。それを選抜しこれを何世代も栽培し、●安定的に収量が維持されるか、●形態に変化は起きないか、●ソバの成分が安定しているか、●耐湿度性に優れるか、●病気に耐性があるか などを10~20年かけて追跡検証し、合格したものだけが新品種として登録される。これはコムギやイネ(コメ)でも基本的には同じである。しかし、ソバでは効率が悪いなどの問題があるのだ。それを以下に説明する。

ソバの従来の品種改良の仕方(筆者作成)
ソバの従来の品種改良の仕方(筆者作成)

ソバは自家受精できない他殖植物

 ソバはコムギやイネ(コメ)と根本的に違う生殖方法を持っている。それはソバが自分のおしべとめしべで自家受精できない他殖植物であるということである。同じ種であっても他の個体の花粉で受精しないとうまく結実できないという宿命を持つ。そのため、風で受精することはほぼなく、虫、つまり虫媒花として受紛する必要がある。

ソバは他殖植物、コムギは自殖植物(筆者作成)
ソバは他殖植物、コムギは自殖植物(筆者作成)

ソバの品種改良時の問題は「不確実性」

 他の個体の花粉ということは、それがどんな遺伝的背景を持つか特定できないばかりか、虫まかせの受粉なのでどこの個体から来たのかもわからない。追跡することが困難になる。つまり、品種改良しようとしても、不確実な要素がありすぎてうまくいかないという側面がある。

 その点、コムギやイネ(コメ)のような自殖植物は自分の花粉で受粉するため、遺伝的特性が分かっており、品種改良を進めやすい。

ソバの品種改良の問題点(筆者作成)
ソバの品種改良の問題点(筆者作成)

ソバは交雑が起きるとダメになる

 さらに、ソバには厄介な問題がある。ある在来種Aのソバ畑の近くに、別品種のソバを植えたとする。すると交雑が起きてしまい、世代を追うごとに両方の収量の低下や実が付かないなどの現象が起きてしまい、最終的には収穫が不可能となってしまうのだ。数キロ(最低でも2キロ)位は離して栽培しないとこうした交雑が起きるという問題がある。

 現在、ソバの在来種が激減しているのにはそうした交雑が起きているという背景があると専門家の間では言われている。

ソバの交雑(筆者作成)
ソバの交雑(筆者作成)

品種改良の問題点まとめ(筆者作成)
品種改良の問題点まとめ(筆者作成)

ソバの品種改良もゲノム解析の時代に

 こうした理由から、ソバの品種改良は進まず、少ない品種数で停滞していたわけである。では今後どうすればこうした状況を打破できるのだろうか。その1つの方法として、遺伝子情報を利用して、遺伝学的な操作を行い、新品種を作り出すという、他の植物の品種改良と同じ道を歩む以外に方策はないようだ。

 2023年8月17日、京都大などの国際研究グループが、ソバの全遺伝情報(ゲノム)を解読し、もちもちした食感のあるソバの品種改良に成功したことを発表した。特定の遺伝子機能を失活させてもちもちした食感を作り出したという。その研究ではソバの繁殖様式を他殖性から自殖性へ転換させる新たな自殖性ソバの開発にも成功したという。

ソバの品種改良の今後の対策(筆者作成)
ソバの品種改良の今後の対策(筆者作成)

新しい品種改良でソバの自給率向上を願う

 ソバはコムギやイネ(コメ)と比べ、収率が極端に悪いことが知られている。中国の水害などで今年は輸入ソバが危機的状況になると心配する声もある。農林水産省も本腰を入れてソバの自給率向上と収量アップの必要性を打ち出している。新しい品種改良がさらなるソバの穀物としての地位を向上させるという期待感を持つ農家や業界関係者も多いはずだ。

参考文献

新品種・新技術の開発・保護・普及の方針 そば

https://www.maff.go.jp/j/kanbo/saisei/honbu/pdf/05-03soba.pdf

「そば学大全」著者:俣野敏子、平凡社

ソバゲノムの解読―高精度ゲノム解読がソバの過去と未来を紡ぐ―

https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2023-08-17

大衆そば研究家・出版執筆編集人・コラムニスト

1959年生。東京理科大学薬学部卒。中学の頃から立ち食いそばに目覚める。広告代理店時代や独立後も各地の大衆そばを実食。その誕生の歴史に興味を持ち調べるようになる。すると蕎麦製法の伝来や産業としての麺文化の発達、明治以降の対国家戦略の中で翻弄される蕎麦粉や小麦粉の動向など、大衆に寄り添う麺文化を知ることになる。現在は立ち食いそばを含む広義の大衆そばの記憶や文化を追う。また派生した麺文化についても鋭意研究中。著作「ちょっとそばでも」(廣済堂出版、2013)、「うまい!大衆そばの本」(スタンダーズ出版、2018)。「文春オンライン」連載中。心に残る大衆そばの味を記していきたい。

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