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動画で学ぶ 浴槽溺水時の救急手当て 救急車が来るまでにできること

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
お湯がはってあれば1人でも比較的簡単に引き揚げられる(筆者撮影)

 浴槽で何らかの原因で意識を失い、顔がお湯に浸かって呼吸ができず溺れる浴槽溺水。救急車が来るまでの間、家族が的確な救急手当てをすれば、大切な人は日常生活に戻れるかもしれません。あるようでなかった、浴槽溺水から命を救うための救急手当てを学ぶ動画。おそらくわが国初の動画が完成しました。

動画を視聴してみましょう

 動画は水難総合研究所によって作成され、無料で公開されています。長さは1時間弱ありますので、時間にゆとりがある方、特に溺れるリスクが高い高齢者とその家族の方はぜひゆっくりとご覧いただき、時間のない方は、ここから先の文章をお読みいただければ、おおよその内容が把握できるようになっています。

浴槽溺水事故の現状

 筆者の過去記事に詳細が掲載されています。

【参考】5,000人が命を落とす 家庭での浴槽溺水 この冬の危険回避の方法は?

 厚生労働省が発表した令和元年人口動態統計では、浴槽内の溺死及び溺水は総数で5,690人となります。65歳以上の方の数が5,315人となっており、全体の約93%を占めます。5,690人は同じ年の交通事故による死者である4,279人よりも多いわけです。

 死亡交通事故はメディアで情報がすぐに届けられます。それに対して、浴槽内溺水はニュースとなることはほぼありません。そのために、われわれはその数が多いことにほとんど気づきません。

 このような浴槽内溺水、これを学ぶ機会、そして救急車が来るまでの間にどのようにすればいいのかということを学ぶ機会は、過去にはほとんどなかったといえます。最近は予防策については重点的に広報されています。インターネットで「浴室、溺水」などをキーワードとして検索すれば、様々な情報が得られます。 一方、浴槽で溺れた人に対する救急手当についての具体策は、これまで詳細に描かれていませんでした。

溺水を発見してからどうするか

 浴槽内溺水は、突っ伏した状態、すなわち前向きに浴槽のお湯に浸かってしまった状態と、また上を向いた状態で滑り込むように沈んでしまった状態と、大きくはこのような2つのタイプに分けられます。 これ以降、対象となる方を傷病者と呼びます。

 傷病者の溺水を発見した時、どのような行動をとれば良いのか、図1に示すようなフローチャートにまとめました。

図1 浴槽溺水を発見した後のフローチャート(水難総合研究所動画より抜粋)
図1 浴槽溺水を発見した後のフローチャート(水難総合研究所動画より抜粋)

  左側に発見とあります。 できれば、10分ごとに入浴している人に声をかけてください。「なかなかお風呂から出て来ないな」では、助かる命が助かりません。

 まずお湯を沸かしている状態なら止めます。 そして、傷病者の顔が湯面についているか、ついていないかを、見極めます。

 顔が湯面についていない場合は、声をかけます。傷病者の肩を軽く叩きながら「どうかした?」などと声かけをします。「大丈夫だ」とか、「はい」とか明確な回答があれば、「そろそろ出た方がいいよ。立ち上がれる?」と声をかけることになります。「いや立ち上がれないんだよ」というような回答があれば、家族の補助で、ゆっくりと立ち上がって、そして移動します。移動することができるならば、居室で様子を見ることとなります。

 このような中では、脳卒中などの脳血管障害とか脱水熱中症なども忘れてはいけません。もちろん心疾患つまり心臓の病気ということもあります。 ここで大切なのが、「なんとなくいつもと違う」という家族の第六感です。「なにか違うな」と思えば、やはりここではすぐに119番通報をするべきです。

 市民の皆様の中には病院に行く必要があるかどうかを迷って、通報するのに時間がかかったという方がいらっしゃいます。その判断は救急隊に委ねてはどうかと思います。例えば、お風呂の中で脳梗塞などの疾病、病気を発症したとします。その場合1分でも1秒でも早く病院で治療を受けることで、その後の麻痺の改善であるとか、病気の治療、治癒に大きく変化が出てきます。

 顔が湯面についている場合、つまり溺水している場合の動きです。このような状態では、全て緊急事態と考えて行動してください。まずは傷病者の顔をあげます。気道確保つまり空気の通り道を作る、このような体勢に持って行きます。

 続いて「どうした?」などと、傷病者の肩を軽く叩きながら声をかけます。この時に要領を得ない回答、なんかおかしいということも含めて、「清明ではないな、はっきりしてないな」と思ったり、また全く応答がなかったりした場合は、すぐに119番通報を行います。救急車を要請するということです。

 この動作の中では、呼吸の確認、そして沈水の防止をとること、またお湯が少なければ湯水を足します。浴槽のお湯は、傷病者を浴槽から揚げるのに役立ちます。119番通報をして、傷病者を愛護的に浴槽から上げることができるかどうかの判断をします。 ここが、お風呂の救急手当の特徴となります。溺水は時間との勝負です。救急車が来るまでに準備して、救急隊が素早く処置に取りかかる時間を短くすれば、救命の可能性が高くなります。

 もしどうしても浴槽から揚げることができない場合、その時は傷病者を浴槽の中に残し救急車を待つこととなります。救急隊が素早く引き揚げられるように浴槽の栓を抜いて排水します。

1人で引き揚げられるか

 動画では、ある夫婦の例を取り上げています。夫の体重は72 kg、妻の体重は52 kgです。この20 kgの体重差がある夫婦で、夫が和式の浴槽内で溺水した場合を想定して、妻が夫を浴槽から引き揚げます。動画では比較的簡単に引き揚げられる様子が映っています。

 妻は特に体を鍛えているとか、そのような方ではありません。しかし練習なしで20 kgの体重差がある夫を引き揚げることができました。この時、浴槽の中に残っている湯、これがとても大切な役割を果たします。ずばり、浮力が働きます。この浮力を利用すると、重い人でもそれなりに引き揚げることができます。

 引き揚げる時に、傷病者の持ち方にポイントがあります。まず傷病者の体を回します。そして下側になる手の前腕部で、肘のすぐ下側と、手首の辺りを握ります。この状態でしっかりと傷病者の体を確保して、自分の体との距離を近くにもって行きます。これで浴槽の縁まで引き揚げます。

 家族2人で揚げれば、さらに楽です。1人が浮力を利用して浴槽の縁まで傷病者を引き揚げます。もう1人が膝部分を確保して、そのまま2人で浴槽の外に傷病者を連れて行きます。

たいせつな気道確保

 傷病者の空気の通り道を作る気道確保について、ここで説明をします。図2の左側をご覧ください。

図2 救急車が来るまでのフローチャート(水難総合研究所動画より抜粋)
図2 救急車が来るまでのフローチャート(水難総合研究所動画より抜粋)

 発見した時に顔が前のめりに湯についている、と仮定しましょう。この時には傷病者の顔をゆっくりあげます。傷病者の呼吸の様子を見て、もし人工呼吸が必要ならば、この状態から数回の人工呼吸に移ります。

 その後、119番通報することになりますが、その間に傷病者の気道が塞がったらだめです。そこで、図3のように傷病者を浴槽の縁にもたれかかるように体の位置を動かします。具体には、傷病者のお風呂の縁に近い方の手、動画なら右腕をつかみしっかりとお風呂の縁にかけます。そのままで反対の手、動画なら左腕をつかみ、そしてゆっくりと傷病者の体をねじりながら両腕を浴槽の縁にかけてきます。

図3 119番通報に向かう前の傷病者の気道確保の方法(水難総合研究所動画より抜粋)
図3 119番通報に向かう前の傷病者の気道確保の方法(水難総合研究所動画より抜粋)

119番通報

 そして119番通報に向かいますが、できるだけ携帯電話(スマートフォン)を使いましょう。しかも携帯電話などのGPS 機能をオンにしてください。

 最近の通信指令装置、119番通報を受け付ける装置ですが、これはかなり進歩を遂げています。携帯電話の位置情報、119番をかけたその電話がある場所が地図上に表示されます。

 また携帯電話を使うことで場所を選ばず通報することができます。傷病者の様子を確認しながら通報も出来ますし、もし異常があったり、再び浴槽内に溺れたりした時に、その場ですぐに引き揚げる、助けることができます。

119番通報の後

 119通報をした後、どのような行動を取れば良いのでしょうか。現在、119番通報から救急隊が現場に到着するまでの全国の平均的な所要時間は8.7分です。

 119番通報が終わったら、すぐに引き揚げに入ります。自身の転落や滑りに注意をしてください。引き揚げようとして滑り、浴槽内に転落する、このようなことがないようにします。自分の姿勢を低くして転落を防止すること、これが大切です。引き揚げる時はゆっくりと、愛護的に行動してください。決して乱暴に動かないように。

 引き揚げた後は、明るくて救急隊が搬出しやすい場所に移動してください。ただ、1人で引き揚げた場合は、なかなか浴室から傷病者を出せないかもしれません。できるところまでにします。 

 なお傷病者に意識があれば、体を拭いて、毛布で包むなどして保温をして、様子を見ることになります。ここから先の手当については、日本赤十字社救急法基礎講習会などで勉強するようにしてください。

救急隊の動き

 図2の右側をご覧ください。

 119番通報が入った場合、通信指令室から救急隊に対して、予告指令と言って、「119番が入った」という放送または無線を流します。いよいよ指令が流れて、救急車に隊員が乗り込み、その後は通信室と交信しながら、通報の詳細を聞きます。さらに情報が欲しい場合には、傷病者のお宅に電話をして、確認をすることもあります。

 例えばここに一つの例を示します。

○○代、男性、浴槽内溺水を妻が発見したもの。意識なし。心肺の状態は不明。浴槽内から引き揚げ、もしくは気道確保、無理ならばお湯を抜くように指導している。また、再呼び可能。

再呼びとは、「もう一度電話をすることができます」という意味です。

 救急隊が現場に着いた時に、傷病者が浴槽の中にいた場合、救急隊が引き揚げ、そして明るい場所に移動、観察、救命処置、そして救急車へ移動、搬送開始という流れになります。

 ここで、引き揚げ明るい場所に移動、この2つについては、既に居間などで傷病者が救急車を待っていると、時間的に有利となります。

 なぜ明るい場所に移動したいのかと言いますと、的確な救命処置のためです。救急隊、救急救命士は病院に連絡をして医師と連携をとります。医師の指示の下で、どのような救命行為を行っていくのかを決めて行きます。もちろんご家族の方にも色々と話をしながら、その中で決定していきます。この中で例えば点滴をとって、心臓を動かしやすくなる薬を使おうとなった場合に、暗いところ、狭いところでは、そのような処置ができません。したがって明るくて広い場所、安定した場所に移動させることが必要となります。

まとめ

 通報して救急車を待つまでの8.7分。この時間に、浴槽から傷病者を引き揚げること、そして傷病者を明るい場所に移動すること、これができれば、概ね3分程度の時間が短縮されます。

 この3分というのは、例えば心肺停止状態の場合ですと、脳に酸素が行くか行かないか、ということに関して重要な意味を持ちます。後々、生還、蘇生した場合の状態に大きな違いをもたらします。従いまして、皆様の救急手当てと、救急隊が少しでも早く処置を始められるようにする皆様の行動がとても大切になります。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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