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落水した子供からのお願い 飛び込まないでねパパ/ママ ライフジャケット編

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
本来のライフジャケットの使い方。1回あるかないかの非常に備えるのが筋(筆者撮影)

 水辺で遊ぶ時、ライフジャケット着用を勧める意見や記事をよく見かけるようになりました。大変よいことです。でも水難事故現場では、最初の溺者のことばかり考えてはダメです。陸にいる人(バイスタンダー)の行動までをも考えなければなりません。最初に溺れた人がライフジャケットを着用しているほど、バイスタンダーが犠牲になる可能性は高まります。現場にいる全員の命のことを考えて、ライフジャケットの着用を推進したいものです。

そもそも、救命胴衣です

 そもそも船が沈没や転覆したような非常時に、乗組員が浮いて救助を待つために開発されたのがライフジャケットです。日本語の方がより的確に使い道を表しています、救命胴衣。

 だから、ライフジャケットを使うということは、非常時、緊急事態で、救助対象案件です。本来、プロの救助隊が現場に駆けつけて、浮いている乗組員を救助するのがストーリーです。素人が救助することは想定されていません。これが真実です。

家族みんなで着用しないと意味なし

 でも、河原でバーベキューをやっていて、肉が焼けるまで子供がライフジャケットをつけて足を川の水に浸けている時、焼き奉行のパパ/ママがライフジャケットを着ているでしょうか。断熱性抜群ですから、気温が高いと身体に熱がこもって、熱中症になってしまいます。

 百歩譲って、パパ/ママも着用していました。目の前で流れていく子供を見たら、追いかけて飛び込むことでしょう。でもライフジャケットの浮力のおかげで沈むことはありません。一方、子供に追い付くことも難しいです。ライフジャケットを着用しながら泳げるのは、日頃から水泳で鍛えている人だけです。ライフジャケットは泳ぐことを想定していません。これも真実です。

 ある一定の距離で離れながら、親子で流されていくことになります。親はスマートフォンを持っているなら、119番通報して、救助を要請してください。GPSがオンになっていれば、位置情報も119番受付台に飛んでいきますので、「流されている」の一言で、消防はどこにいるかリアルタイムでわかります。

 ライフジャケットなしで飛び込んだら、ほぼ沈みます。泳げているうちは沈みませんが、ライフジャケットで流されているお子さんに追い付いた時、どうなるでしょうか?答えは、立泳ぎができない限り、沈みます。お子さんのライフジャケットの浮力は、1人の頭を出すことのできる浮力しかありません。2人がライフジャケットの浮力に頼ったら、2人とも顔の半分は沈みます。呼吸できません。これも真実です。

バイスタンダーは飛び込まないで

 お子さんがライフジャケットで浮いているなら、願うことは「パパ/ママ、飛び込まないで、早くプロの救助隊を呼んで」です。そして、常にパパ/ママの顔が見えて、「ういてまて」と叫ぶ声が聞こえ続けること。親子で生きていることを確認しあいながら、救助を待つことが重要です。

 図1をご覧ください。これは親子で海釣りに来ているシーンで、実験映像から切り抜いてきました。パパは、ライフジャケットを着ていない無謀な人に見えますが、万が一実験中に水没事故に発展したら、潜水救助するためにライフジャケットを着ていません。

 (a) 何かの拍子に、ライフジャケットを着た娘が海に落ちてしまいました。(b) 釣り具にペットボトルをぶら下げて、娘より遠くに投げ入れます。(c) 娘がペットボトルをつかみました。パパは「ういてまて」と声を掛け続けて、降りることのできる岩場に移動します。(d) 娘に「足を岩場に向けろ」と声を掛けて接岸。無事に岩場にあげることができました。

図1 実験写真。本人と保護者の同意を取って行われた。水面には3人の救助員を配置、陸には現役医療従事者が待機している。管轄する海上保安部にも事前に行事届提出済み(水難学会提供)
図1 実験写真。本人と保護者の同意を取って行われた。水面には3人の救助員を配置、陸には現役医療従事者が待機している。管轄する海上保安部にも事前に行事届提出済み(水難学会提供)

 河川での動画は「バイスタンダーだって活躍したい! はい、水難事故現場でできること、あります」を参考にしてください。

釣り具よりロープではないか?

 ロープのことをよく知っている方ほど、そう言いたいお気持ち、よくわかります。水難救助に使うロープはポリプロピレンという素材でできていて、水に浮きます。ロープがどこにあるか、ライフジャケットで浮いている人がはっきりと認識できます。

 一方、ホームセンターなどで売っているナイロン(ポリアミド)、ビニロン(ポリビニルアルコール)、麻、綿、いずれのロープも水に沈みます。(注)水に沈んだら、浮いている人はつかむことができません。素材によって浮き沈みが決まるなど、ロープにうるさい人でなければ気がつくものではありません。

 ロープには救命浮環と呼ばれる浮き具を先端につけます。こうなると本格的な救助用具になります。そして、それなりに取扱い方法があって、赤十字水上安全法救助員養成講習会で本格的に習うことができます。逆に、同講習会で救助員の認定を受けるほどこだわっていただけるのであれば、水難事故現場で、入水救助も選択肢に入れてもいいくらいです。

 ごく普通の家族にできること、準備できること、この現実をしっかり考えて、現場で誰もができることをまず覚えていきませんか。

まとめ

 子供だけがライフジャケットを着用していても、親がどう行動すべきかわかってないと、親が水難事故の犠牲になります。親ができること、それはライフジャケットを着用して、流されることがないように、子供に寄り添って遊ぶこと。ライフジャケットを着用していないのであれば、事故時に釣り具を活用して子供が流されないようにして、救助隊を呼ぶこと。

注 乾燥状態ならロープが空気を含んでいるので、投げ入れ直後は浮きます。でも、先端から沈んでいきます。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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