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台風が遠くても波にさらわれる 静岡市高松海岸3人死亡の水難事故調レポート

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
秒速7 mほどの戻り流れによって海に引きずりこまれる様子(筆者撮影)

 2018年8月22日深夜に、静岡市高松海岸で男女3人が波にさらわれたと思われる事故が発生しました。結果的に3人とも後日、駿河湾内で遺体となって発見されました。水難事故調査委員会の調査により、台風が遠くにあったとしても、うねりの押し寄せる海岸に近づいてはダメだという教訓が得られました。

 事故発生日、潮岬のはるか約600 kmの南の海上に台風20号がありました。でも、800 km以上離れた静岡市の天候はよかったのです。事故が深夜発生の為に目撃者が不在という難しい状況でしたが、現場の測量とシミュレーションを駆使した結果、3人は台風のうねりによる波にさらわれたと結論づけることができました。台風が遠くても海岸に近づいてはダメなのです。

 なお本日から明日にかけて、東シナ海にある台風8号によるうねりは、千葉県から西の太平洋側各地の海岸にて水難事故を引き起こす可能性があります。「海を見るだけ」と砂浜に入るだけでも危ないのです。水難学会の注意喚起情報です。

状況

23日午前6時10分ごろ、駿河湾に面した静岡市駿河区高松の海岸で「人が波にさらわれたかもしれない」と、近所の男性から110番通報があった。

出典:朝日新聞デジタル

 このニュースでは、捜索中の現場の状況を動画で配信しています。現場付近の静岡海岸波浪観測所のデータによれば、3人が流されたと思われる深夜の時間帯の波高は、この動画の撮影された時間の波高とほぼ同じですから、この動画のような波が押し寄せる状況だったと考えられます。具体には、道路に近いベンチ付近まで波が押し寄せていたことになります。

 水難学会事故調査委員会は、2019年8月19日に静岡大学の協力を得て、現地にて測量等の調査を行いました。

 様々な証言から8月22日22時には3人が砂浜にいたようです。この頃、北よりの風で風速 2m/s程度、気温は28.3℃で、少なくとも雨は降っていなかったようです。つまり、気象としては穏やかだったことがうかがえます。

 ところが、海象は穏やかではなかったようです。付近の静岡波浪観測所のデータによれば、波の高さは2.5 m程度、高い時には3.5 m、波の周期は11秒ほどで、台風20号によると思われるうねりが押し寄せていたようです。

3人は波にさらわれたのか

 波浪観測所のデータと砂浜の測量データを合わせれば、比較的精度の高いシミュレーションができます。その様子から、3人が波にさらわれた可能性を探っていきます。

 この海岸は傾斜のある砂浜海岸であることがわかっています。図1の航空写真の汀線上にあるA点からベンチのあるB点までは80 m以上あります。この間の高低差は約8 mです。ということはベンチの位置は、汀線から見てマンションの3階くらいの高さに匹敵します。

 マンション3階まで駆け上ってきた波は転がるように海に戻っていきます。実際、この日の晩は、最も高い波が駆け上がってきた時の波の到達距離は、汀線から79 mと、シミュレーションの結果からわかっています。

図1 A点が汀線、B点がベンチ、X点が予測される災害点(Yahoo!地図をもとに筆者作成)
図1 A点が汀線、B点がベンチ、X点が予測される災害点(Yahoo!地図をもとに筆者作成)

 ここで、3人が図1のX点(災害点)で遊んでいたとします。この位置では、最も高い波が駆け上がってきた時の流れの速さは秒速4 mに達します。日本の河川なら、洪水寸前でも流れの速さはせいぜい秒速3 mです。つまり、河川の流れよりも速く波が駆け上がってきたと推定できます。

 この流れでバランスを崩して尻もちをつくと、強烈な戻り流れによって海に向かって流されることになります。その過程については、瞬殺的戻り流れ ほぼ3秒で溺れる だから荒れた海には近づいてはダメにて、解説しています。

 以上のように、道路わきのベンチ付近まで波が砂浜を駆け上がり、そして強烈な戻り流れが発生していたと解析できたことから、3人は真夜中の暗闇の中で大きな波が来たという状況に気が付かず、戻り流れに流され、深みで溺れたと考えることができます。

実は砂に流されている

 このような水難事故では、「波にさらわれた」とか「波に流された」という表現が使われます。でも、これは現象を必ずしも正しく説明していません。戻り流れにもっていかれたとすると、水深はそれほど深くはありません。せいぜい10 cmあるかないかです。そうすると、体は砂地に接触しているため、砂地表面との摩擦で、流されないのではないかと考えられます。あるいは、例えば80 mも砂地の上を引きずられれば、体に深く広い摩擦痕が傷として残るのではないかと。

 実際に、カバー写真のように高松海岸の現場で戻り流れに流され、30 mほど砂地に接触しながら何回も流れてわかったことがあります。それは砂地との接触により身体やラッシュガードに傷や破れはほぼ見られなかったこと。なぜかというと、海水とともに砂地表面の砂も流れるからです。水が流れるよりも、砂が流れた方がより身体は流されます。それは水深が浅くて、身体が砂地の上に直接のっているからです。

 水に流されやすいとすれば、海岸表面が大きな石で構成されていてはいけません。高松海岸で計測した砂の大きさ、すなわち粒径はおよそ1 mmでした。戻り流れで水難事故の発生した他の海岸でもやはり砂の粒径は1 mm程度でした。この程度の粒径であれば、戻り流れとともに砂が流れる様子が観察されます。

 このように、砂浜の傾斜ばかりでなく、砂の粒径もある条件を満たすことになれば、水難事故の発生しやすいたいへん危険な砂浜海岸ということになります。そして、そのような海岸は経験上、海水浴場となっていません。

まとめ

 台風が遠くにあるといっても、うねりは500 kmでも1,000 kmでも離れたところにやってきます。海水浴場になっていない砂浜海岸では駆け上がってきたうねりが海に戻る時、人を海に引きずりこみます。ただ砂浜にいるだけでも危険です。台風シーズンに突入したら、このような海岸には絶対に立ち入らないようにしましょう。

本記事に関する詳細な数値解析結果については、次の論文を参考にしてください。

犬飼直之、四家哲人、安倍淳、木村隆彦、鈴木直子、田村祐司、斎藤秀俊、"水難事故防止の為の静岡県高松海岸における遡上波浪の挙動把握"、土木学会、土木学会論文集B2(海岸工学)、Vol. 76、No.2、p.6、2020.

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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