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溺者からのお願い ペットボトルに水入れないでください クーラーボックス投げないでください

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
クーラーボックス、水入りペットボトル、いずれも溺者から見たら凶器だ(筆者撮影)

 ういてまて教室が全国的に広がり、実際の水難事故現場で、溺者(水にいて、陸に上がれない人)が背浮きで浮いて救助を待つことが多くなりました。ただし、この実技ができないと、溺れた瞬間に沈水してしまいます。つまり、溺者は浮いているか、沈んでいるかのどちらかなのです。浮いて救助を待っている時、安定して背浮きしています。だから、浮き具があれば「なおよい」程度の話です。ここのところ、凶器になるような「水入りペットボトルやクーラーボックスを溺者に向かって投げ入れる」などという記事を目にします。私(溺者)にこんなもの投げ入れないでください。

浮いて救助を待っている人が主役

 水難救助現場では「溺者が主役」です。特に浮いて救助を待つ人は、その人が最善の環境で救助を待てなければなりません。最善の環境とは、図1のような安定した背浮きです。安定して背浮きができるのなら、ペットボトルなどの浮き具が無くても大丈夫です。このようにしていれば、安定して呼吸ができます。少々の波や流れでも沈むことはありません。

図1 安定した背浮きで待てるなら、ペットボトルなどの浮き具は必要なし(筆者撮影)
図1 安定した背浮きで待てるなら、ペットボトルなどの浮き具は必要なし(筆者撮影)

 ただ、怖いのは呼吸のタイミングを逃した時や、背浮きのバランスを崩した時です。こういった環境の変化があると、背浮きから垂直姿勢になって沈水、呼吸ができなくなってしまいます。

 だから、陸上にいる人(バイスタンダー)は、最善の背浮きができるようにしてあげなければなりません。バイスタンダーは「ういてまて」と大きな声で溺者を励まします。そして119番通報をします。それだけでいいのです。でも、バイスタンダーにはそれでも「どうしよう」とパニック状態が続くので、水難学会では「浮くものを探して、投げて渡そう」という(活躍?の)場を与えました。それが、ペットボトルなどの浮くものを投げ渡すという実技につながりました。

 バイスタンダーに役割が増えるほど、バイスタンダーは飛び込まなくてすむ。だから、ペットボトルを探して投げるという行為は、「陸上にいるバイスタンダーが水に飛び込んでしまわないよう」にするという、オプションなのです。

いつの間にかバイスタンダーが主役になってしまった

 最近、「ペットボトルが空だと、溺者に届きにくいので、ペットボトルに水をいれる」との解説をよく目にします。溺者に届けにくいなど、それはバイスタンダーの都合であって、溺者にとっては、いい迷惑です。溺者にとっては、その瞬間が生きるか死ぬか、本当に瀬戸際に立たされているのです。ギリギリの所で頑張って呼吸を確保しているのです。そこに凶器が降ってきたらどうでしょうか。それは溺者のためには全くならないのです。

 そして、バイスタンダーが飛び込む行為も溺者のためにはなりません。「自分は学校で習った背浮きで浮いているから、お母さん飛び込んじゃダメ」と心の中で叫んでいるのに、いつしか陸にいるはずのお母さんの声が聞こえなくなった。これ以上の不安はありません。「まさか、お母さんは飛び込んでしまった?」

 溺者の気持ちになって、水難事故を考えましょうよ。

こちらもどうぞ  バイスタンダーだって活躍したい! はい、水難事故現場でできること、あります

水入りペットボトルなどの凶器の現実

 こういうものをバイスタンダーが投げ入れてしまうだろうという品物をカバー写真に示しました。600 ccと2 Lのペットボトル、大型クーラーボックス、小型クーラーボックス、衣服の詰まったリュックサックです。それを図2のような人形で、背浮きで救助を待っている子供を表現して、それぞれの浮き具を投げ渡します。

図2 実験に使った人形。7歳児を想定している(筆者撮影)
図2 実験に使った人形。7歳児を想定している(筆者撮影)

水なしペットボトル(動画1)

 定番です。より遠くに到達させるため、少し弧を描くようにして投げます。そのため、溺者の目線から見ると、上から降ってくるように見えます。そうすれば、ペットボトルの着水点がおおよそ推測できて、手の届く範囲内であれば、ペットボトルをつかむことができます。万が一顔面に当たっても、キャップの部分さえ直撃しなければ、衝撃を感じることがありません。

動画1 正しい方法、水なしペットボトルを溺者に投げ渡す(筆者撮影)

水ありペットボトル(動画2)

 より遠くに到達させようとするため、直線的に溺者に向かってきます。2 Lのペットボトルは人形の左わき腹に当たりました。その衝撃で人形の位置が明確にずれました。これは空のペットボトルではありえない現象です。600 ccのペットボトルでも人形を動かすほどの衝撃はないにしても、溺者目線では向かってくるペットボトルに対して、恐怖に感じます。

動画2 凶器、水ありペットボトルを溺者に投げ渡す(筆者撮影)

クーラーボックスなど(動画3)

 まず、大型クーラーボックスを人形に向かって投げ入れました。動画を見ただけで、これは助けたことになっていないことがわかります。

動画3 凶器、クーラーボックスの威力(筆者撮影)

 小型クーラーボックスではどうでしょうか。発泡スチロール製の小型であれば、溺者に対する衝撃が少なく、投げ入れるとすればこの辺の大きさと重さが限界です。

 さらに、衣類の詰まったリュックサックはどうでしょうか。動画を見る限りでは、相当な衝撃を溺者に与えてしまいそうです。衣類の詰まったリュックサックは自分でもって、いざという時に緊急浮き具として使うのが、もっとも安全な使い方です。

 こういう現実を実験して確かめず、やすやすと文章や言葉で伝えてしまう恐ろしさ。ういてまて教室は、こういった実験を繰り返し、「いま現在考えられる範囲で最も安全で効果的なプログラム」へと発展し、全国の小学校などで、事故を起こすことなく展開されているのです。

さいごに

 どうでしょうか。「私」が溺者になってイメージできたでしょうか。水の入ったペットボトルなど、たとえ練習中でも投げられたら、怖くてかないません。しかも直進性抜群ですから、おなかとか顔にコントロールよく直撃します。

 安定して背浮きができるのなら、ペットボトルは届かなくてもいいのです。だから、水を入れずに投げ入れてください。練習の時にもどうか、そうして行ってください。

 筆者も反省の毎日です。水難学会の指導員が水入りペットボトル投げを学校で試して、児童の顔にあざを作ってしまった暗い過去があります。「命を守る講習会で、なぜ子供がけがをするのか」と責められました。まったく、その通りです。学会で禁止していても弁明の余地がありませんでした。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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