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冠水地域で活躍する小型ボート 被災地の状況に合わせた操船が必要

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
いつもと勝手が違う被災地で、ボートの操船に注意が必要(筆者撮影:実験映像)

 台風19号が本州に上陸して1週間以上がたちました。宮城県を中心にいまだ冠水した水が引かず、ボートにて浸水した自宅との往復を余儀なくされている方もおられるようです。平成16年7月新潟・福島豪雨でも市街地の冠水がなかなか引かない地区がありました。冠水の残る地域で物資運搬などに活躍したのが小型ボートです。

 冠水地域で活躍する小型ボートには、水上オートバイ、船外機ボート(パワーボート)、手漕ぎボート(ローボート)があります。船体にプラスチックを使った軽量ボートやゴムボートは比較的軽くて持ち運びが容易なため、ボランティアが冠水地域に持ち込んで利用する例がありました。

 これらはボランティアが日頃から釣りなどに出かけるときに用いているので、穏やかな海や湖においては操船に慣れていることでしょう。しかしながら、被災地で使用するとなると通常使用ではあまり出合わない状況におかれますので、状況に合わせて注意深い操船が求められます。

ライフジャケットの着装

 近年、海岸にてボートを出して釣りをしている方はきちんとライフジャケットを着装しています。冠水した被災地の活動でも、ライフジャケットを着装しましょう。特にボート乗船前、および下船後を含めて、活動中は常に着装します。

 被災地域で活動していると、きちんとした乗船・下船場所が整備されているわけではありません。簡易的な乗船・下船場所として、冠水していて比較的浅いところが選ばれますが、水深は一定であるとは限りません。万が一沈水してもライフジャケットの浮力で浮いて呼吸を確保してください。

 同乗者がいれば、その人数分のライフジャケットを準備して、同乗者にも着装してもらいます。乗船させてほしいとお願いされた時、その人にあうライフジャケットがなければお断りします。被災地での活動では、思わぬ事態が起こりえます。ボートから転落して溺れさせてしまったら、元も子もありません。

船体による向き不向き

 船体にプラスチックを使った軽量ボートやゴムボートは比較的軽くて持ち運びが容易なため、ボランティアが運んできて操船し、冠水地域の荷物などの運搬のお手伝いに使います。

 プラスチックボートは船体が硬くて、針金などの先端のとがっているものが存在するような場所でも安全に航行することができます。一方で安定性に欠けて転覆しやすくなっています。例えば動画1に示すように、ボートの中で立ち上がった時にバランスを崩して落水することがあります。また、荷物を積載している時に荷崩れを起こすといっきにバランスを崩し、最悪の場合には転覆します。

動画1 プラスチックボートからバランスを崩して落水する実験動画。実験では最悪の状況を再現するためライフジャケット非着装ですが、これを推奨するものではありません。ボートに乗る時にはライフジャケットを着装しましょう。(筆者撮影)

 ゴムボートは船体の至る所に空気が入っています。針金などで簡単に穴が開き、空気が抜けます。船体はいくつかの空気室に分かれているので、すべての空気が抜ける確率はかなり低いのですが、定員ギリギリで運航している時などは、水船状態になることも想定できます。ボートですからもちろんボート内で立ち上がれば不安定になります。ただ、ゴムボートではすぐに転覆するようなことはありません。荷崩れにも比較的強いと言えます。

定員と積載量

 通常、小型ボートは床面積に応じて定員を決めています。ゴムボートでは十分な浮力を有しているので、定員以上の浮力を有しています。ただし、あくまでも船体の空気の量が規定値通り入っているという前提ですので、穴が開くなどの思わぬ事故を考えて、定員を守るようにします。

 積載量についても例えば4人乗りボートだと積載質量は乗組員の体重を含めて250 kg程度です。ボート本体にこれ以上の浮力は確保しているとしてもやはり過積載は禁物です。さらに、荷物は平置きにします。積み重ねません。運航中に勝手に位置が動かないように固定しておきます。

 人の乗降、物資の積み下ろし、それぞれについてボート上で立って誘導しないように、乗船・下船場所で一人ずつ、あるいは一個ずつ乗り降り、あるいは積み下ろししていきます。

パワーボートとローボート

 パワーボートとローボート、どちらにも一長一短があります。

図1 ゴムボート型パワーボート例。この大きさで定員は4名(水難学会撮影)
図1 ゴムボート型パワーボート例。この大きさで定員は4名(水難学会撮影)

 図1にゴムボート型のパワーボートを示します。パワーボートの場合には移動時間を短くし、船長の疲労を抑えます。ところが、速力が出る分、特に接岸時に気を付けなければなりません。いつも以上に人を乗せている時、荷物を載せている時、回転は大回りになりますし、速力も落ちづらく、何かに衝突すれば、かなりの威力で人も物も前方に飛ばされます。人が一人増えるだけでも感覚が全然変わります。そのため、毎度毎度、接岸は慎重に行います。またスクリュープロペラにも注意が必要です。被災地の接岸場所は浅いので、多くの人が水の中に立って作業しています。

 ローボートでは、オールを漕ぐことになります。安定した水面ではよいですが、流れがあったり波があったりすると人力では逆らえない方向に流されることがあります。冠水地域の排水が進めば当然流れもあります。あるいは急に排水が始まったりもします。従って、環境変化には特段の注意が必要です。

 さらに、こういった小型ボート類は強風に極めて弱く、場合によっては急に転覆します。天候ばかりでなく、救助活動中のヘリコプターからのダウンウオッシュと呼ばれる吹き降ろしの風でも事故につながるので、そのような時には活動を控えます。

万が一落水したら

 落水した人がいたら、ボートでそこまで近づき、パワーボートならエンジンを切ります。引き揚げるときには、艫(とも)と呼ばれる船尾から引き揚げます。それ以外から引き揚げようとすると、船が傾いて、引き揚げようとした人も一緒に水に落ちてしまいます。動画2にその失敗の様子を示します。ボート上から引き揚げることができなかったら、落水した人に水面にて背浮きで浮いてもらい、ボート上の人は落水者のズボンのベルトなどを船からしっかりつかみます。この状態で助けを求め、救助が来るまで待っています。

動画2 ボート船体の横から落水者を引き揚げようとして失敗する実験動画。船内のクーラーボックスが移動して、重心がずれ、ボートがいっきに傾く様子がわかります。実験では最悪の状況を再現するためライフジャケット非着装ですが、これを推奨するものではありません。ボートに乗る時にはライフジャケットを着装しましょう。(筆者撮影)

さいごに

 以上に記載した内容は、数多くのボートの細かな仕様や、置かれている状況でブレがでます。あくまでも筆者の経験をもとに筆者が所有するボートを例として書かれていますので、実際には、各々が使用するボートの特性と環境を考慮して、この解説も参考にしつつ、活動を行っていただきたいと思います。

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水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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