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こんな小さな用水路で、なぜ人は次々と溺れるのか?富山の用水路の現状から

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
この小さな用水路でまさかの水難事故が(筆者撮影)

 7月29日、NHKニュース おはよう日本にて、全国的に多発する用水路事故の問題が取り上げられました。筆者はNHK富山放送局と共同で、平成29年1月から富山県内の用水路事故の実態調査に乗り出しています。29日の放映は、これまでの2年半にわたる調査結果をもとに、富山県が抱える用水路事故の現状、ならびに全国で同様な問題点があることを指摘する形で構成されました。本稿では、研究者の観点で富山県の用水路事故を解析した結果について、解説いたします。

富山県で目立つ用水路事故

 富山県内にて用水路で亡くなる人の数は例年20人~30人で、全国の都道府県のうち常にトップにあり、その割合は全国の用水路にて亡くなる人の総数の15%前後を占めます。用水路事故では、負傷して救急車にて病院に運ばれた場合は警察の統計にカウントされない場合が多く、その結果、警察に届けがあった事故の大半が死亡事故となります。そのため、富山県の水難事故からの生還率は20%程度まで下がり、全国のワースト1をとることもしばしばです。

富山県の用水路の特徴

 富山県の用水路は網目状に平野に張り巡らされ、畑や田んぼに水を供給しています。多くは幅が60 cm前後、水深は10 cm前後で、要するに幅が狭く、水深がないかわりに流れが速くなっています。田んぼの中にポツンとある一軒家が多く、平野は散居村と呼ばれています。こういった家が水を利用するため、図1のように家屋と用水路の距離がたいへん近くなるばかりでなく、四方を用水路で囲まれる場合もあります。人と水が近いということは、それだけで水難事故が発生する要件を満たすことになります。

図1 家屋の間にある用水路で、合計3本見える。(筆者撮影)
図1 家屋の間にある用水路で、合計3本見える。(筆者撮影)

用水路事故のきっかけ

 研究という観点で用水路事故を解析すると、富山県の場合、用水路事故に至るきっかけは次の3つにほぼ分類できます。すなわち、またぎ、入水作業、転倒で、いずれも人の起こした行動そのものが事故につながります。

 またぎは、用水路をまたいだ時に誤って用水路に転落するケースです。富山県の用水路は幅が狭い分だけまたぎやすく、例えば図2のように畑から畑へ移動するときにまたぎます。若い時から毎日またいでいるので、その日まではなんともなかったのです。しかし、歳を取って足腰がだんだん弱っていき、とうとう最期の日を迎えてしまいます。

図2 畑と畑との間に用水路があるとまたぐ機会が多い。(筆者撮影)
図2 畑と畑との間に用水路があるとまたぐ機会が多い。(筆者撮影)

 入水作業は、用水路に直接入ってする作業です。富山県の用水路は基本的にまっすぐなので、要所に可動堰をつけて水の流れる方向を変えられるようになっています。図3はその様子を示します。1として示した木の板が可動堰で、例えば人が用水路に入ってその板を2として示す溝に入れたり抜いたりします。堰を抜いた瞬間が危なくて、水が足元をいっきに流れ出し、その勢いで足がすくわれ、倒れたりします。用水路はまっすぐなので、人が倒れると、時にはウオータースライダーを流れるように流されます。

図3 用水路の分岐にある堰の様子で、1が堰で2が溝だ。(筆者撮影)
図3 用水路の分岐にある堰の様子で、1が堰で2が溝だ。(筆者撮影)

 聞き取りで意外に多かったのが転倒です。用水路が脇にある道路を歩いていて、突然つまづき倒れ(転倒)、そのまま用水路に転落します。図4のような道路と用水路の関係であれば、道路でつまづき、そこから法面(のりめん)を滑り落ちます。まさかと思いますが、実はわが国では年間6000人以上が転倒で亡くなっています。交通事故で亡くなる方よりも多いのです。転倒した先に用水路があるとそこに転落してから溺れることになり、カウントの仕方で、死亡に至るきっかけは転倒ではなくて、不慮の溺水となってしまいます。

図4 実際に人が用水路に転落した現場。(筆者撮影)
図4 実際に人が用水路に転落した現場。(筆者撮影)

 用水路に転落したあとは、頭をどこかしらにぶつけて意識がもうろうとし、うつ伏せでは水に顔が浸かり溺れ、仰向けでは立ち上がる暇もなく水が顔を覆うようにかかり、溺れます。

今後の展開

 番組で強調されたのは、まず実態を正しく認識しなければならないことです。警察と消防とでは分類の仕方が異なるため、用水路での死者数が大きく異なります。また、用水路転落で一命をとりとめた負傷者の存在も重要です。消防の救急出動の記録から、負傷者の数は亡くなる方の数の何十倍にもなることがわかりました。この方々の経験がとても大切で、この経験を聞き取り調査して整理し、前述したきっかけをもとに分類しながら、事故の原因を突き止めることが現在急がれる作業です。場所ごとの事故の原因が明らかになれば、用水路への転落を防止するための効果的な策から順次実行することができます。

 引き続き、このニュース欄でも、突き止めた原因ならびに効果的な転落防止について、定期的に報告する予定にしています。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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