夏休みの短縮 教員は反対か 静岡県吉田町「夏休み16日間」計画から考える

(写真:アフロ)

■夏休み16日間に短縮へ 静岡県吉田町

 この夏、静岡県吉田町立の小中学校における「夏休み短縮」が話題となった。町が5月に発表した計画によると、来年度から夏休みの期間を計16日程度(前後の土日を含む)にまで削減とするという。

 今日まで多くの報道が展開されたものの、しかしながら、自由な夏休みを奪われる子どもの悲鳴ばかりがとりあげられていて、教員の声が聞こえてこない。

 教員からはどのような声が出ているのか。そして、そもそも教員にとって夏休みとは、どのような意味をもつのか。夏休みの大幅な削減が、教員にもたらす影響を考えてみたい。

■普段が忙しすぎる

公立校における一週間の勤務時間数(出典:内田良『ブラック部活動』p. 105)
公立校における一週間の勤務時間数(出典:内田良『ブラック部活動』p. 105)

 吉田町が立てた計画にも示されているように、夏休み短縮の背景には、教員の多忙化がある。

 なるほど2016年度に10年ぶりに実施された文部科学省の教員勤務実態調査は、教育関係者の予想を裏切ることなく、改めて全国の学校現場の過酷な勤務状況を明らかにした。

 勤務時間が週60時間以上の教諭は小学校で33.5%、中学校では57.7%に達した(図の(1)よりも下方)。勤務時間が週60時間というのは、おおよそ月80時間の残業に換算できる。

 さらに週65時間の勤務つまり月100時間の残業を超えるのは、小学校で17.1%、中学校で40.7%にのぼる(図1の(2)よりも下方)。なお、いずれのデータにも、持ち帰り仕事の時間は含まれていない。

 多くの教員がいわゆる「過労死ライン」の「月80時間」「月100時間」を超えている。そして吉田町の計画には、教員は普段が忙しすぎるから、従来の夏休み期間に授業を入れることで、普段の一日あたりの授業時間数を減らそうという狙いがある。

■「学校の先生たちはほぼ反対」

 8月24日のこと、静岡朝日テレビがついに「夏休み短縮 吉田町の教師の声」と題して、これまで語られることのなかった教員の声を報じた。

「実態調査や意見集約など何もなく、夏休み短縮を報道で知った。」

「私のいる学校の先生たちはほぼ反対している。賛成の声は聞いたことがない。」

「子どもがいない夏休みだからこそ、教師はリフレッシュできるのに。」

出典:吉田町の夏休み!どうなる?

 「実態調査や意見集約など何もなく」「先生たちはほぼ反対」といった言葉にあらわれているように、報道の限りでは、教員の側は夏休みの削減にあまり乗り気ではなさそうである。

■子どもとはちがう理由がある

内田良「学校の先生に夏休みはある?」(2015年8月20日)
内田良「学校の先生に夏休みはある?」(2015年8月20日)

 「『先生たちはほぼ反対』であるのは、夏休みを失うからだ」と、単純に考えてはならない。

 なぜなら一般的に、夏休み中も先生は学校に来ているからである。2年前の拙稿(「学校の先生に夏休みはある?」)で指摘したとおり、夏休み中も平日は所定の勤務時間である7時間45分を超えて勤務しているし、土日の勤務もあり、さらには持ち帰りの仕事までこなしている。

 先生たちにとっては、夏休みも勤務日である。だから、子どもたちが「休みがなくなる」と悲鳴をあげるのと同じように考えてはならない。

 その意味では、吉田町の計画は合理的と言える。教員は普段が忙しすぎるから、少しでもそれを相対的にゆとりのある現在の夏休みに移せばよいという発想である。

■子どもがいない夏休みにできること:有給休暇の取得

一年間における有給休暇取得日数の比較
一年間における有給休暇取得日数の比較

 それではなぜ、吉田町の先生たちから「反対」の声があがっているのか。

 その理由の一端は、上述の「子どもがいない夏休みだからこそ、教師はリフレッシュできる」という発言に求めることができると考えられる。

 ここで、教員が夏休みだからこそできることを2点あげておきたい。

 一つが有給休暇の取得である。授業期間中は毎日子どもが学校にやってくる以上、教員は実質的には有給休暇をとることが難しい。そこで、結果的に夏休みに取得することになる。

 ただし有給休暇がとれるとは言っても、実際の年間取得日数は、連合総研の調査(2015年)によると、小学校教諭がおおむね国家・地方公務員と同程度、中学校教諭は公務員のなかではもっとも少なく、かつ民間よりも少ない。

 普段はほとんど休めない分、「なんとか夏休み期間中くらいはゆっくりと」という思いが、教員にはある。

■子どもがいない夏休みにできること:研修への参加

イメージ写真(フリー写真素材「写真AC」より)
イメージ写真(フリー写真素材「写真AC」より)

 教員が夏休みだからこそできるもう一つのことが、校外研修への参加である。

 教員は「職務専念義務免除」により、校長の承認を受ければ学校を離れて研修に参加することができる[注]。

 ただし、これはもはや形骸化している。

 というのも、公教育の透明性を高めるという趣旨から、文部科学省は2002年に2回の通知により、上記研修を厳しく管理・統制したのである。

 校外で何をしているかさっぱりわからないような状況は望ましくないから、管理・統制に一定の意義はある。だがその結果、学校を離れた自主的な研修への参加はきわめて難しくなった。また研修に参加したところで教員には計画書や報告書の作成が待っているため、研修の魅力は急速に失われていった。

 実際に神奈川県教育委員会による調査では、長期休業中の「勤務場所を離れての研修」の日数は、2002年から2015年にかけて、3.5日/人から0.06日/人へと激減している(教育文化総合研究所『教職員の自己規制と多忙化研究委員会報告書』p. 64.)。

■特別な期間が消え失せる

 夏休みというのは、先生たちにとっては、多忙な授業期間とは異なる「特別な期間」である。

 だが、夏休みが短縮されて、たとえばその半分が授業期間になってしまえば、有給休暇取得の機会は一気に少なくなる。同様に校外における自主的な研修に参加できる機会も、今後その活用が促されたとしても、有給休暇と同様にその機会がほとんど確保されえないことになる。

 私は、夏休みの短縮をやめるべきと言いたいのではない。いまのところ、短縮に対する教員の声がほとんど聞こえてこないこと、さらには夏休みが教員にとってどのような期間であるのかに関する議論がないということが、私の最大の懸念である。

 子どもの声と教員の声を車の両輪にして、教員の働き方改革を進めていくことが大切である。

  • 注:教員には「職務専念義務免除」(教育公務員特例法第22条第2項)による研修が定められている。教員は「絶えず研究と修養に努めなければならない」(同法第21条第1項)ことから、校長の承認を受ければ学校を離れて研修に参加することができる。