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博士課程修了者のキャリアパス創出に関する問題の所在(後編)

西田亮介社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

(ブログ過去エントリを加筆修正して再録)

(「博士課程修了者のキャリアパス創出に関する問題の所在(前編)」http://bylines.news.yahoo.co.jp/ryosukenishida/20130302-00023705/

3.政策・施策の担当者は「非当事者」であり、かつ、担当組織が分散していて縦割り行政の狭間に落ちてしまいやすい?

よく考えてみればあたりまえなのだけれど、この問題に係る大学教員を除く多くの人たち――たとえば文科省の担当者にせよ、大学の事務方の多くの人たち――は研究者ではないし、大学院博士課程を出たわけでもない。したがって「研究者」のインセンティブや業績を蓄積するとはどういうことか等々、そしてもっとも重要な「研究者のキャリア」像について、具体的かつ経験的に理解できている担当者はそれほど多くはない。そして国でも、大学でも担当者は数年スパンでローテーションしていってしまう。言い換えれば「非当事者」が、資料を通じて知った「博士人材像」に対して施策をつくるという状況が生じてしまいがちである(もちろん政策形成の少なくない現場でこうした非対称性が生じるが、政策当局と当事者のあいだで直接交渉や交流が生じることが少なくない。ところが大学の場合は当事者ではなく、大学教員や事務があいだに入ることで実際の当事者にまで直接アクセスしないケースも少なくない。やっかいなのは、大学で役職がついている(比較的年配の)教員が博士院生だった時代と、現在の大学院が置かれている状況は大きく異なるが、その点は看過されてしまいがちである)。

研究者のキャリアが学界と産業界にまたがるものであるから、国も多くの大学においても「キャリア」についての所轄が複数にわたっており、かつそれぞれ立脚する視点が違う。国の場合は内閣府、文科省、経済産業省(そしてさらに内部で複数の部署にわかれている...)あたりで、大学の場合は各研究科と研究マネジメントに関連する部署と教学に関連する部署、さらに(民間での)キャリア開発に関連する部署といったところだろうか。さらにポスドクは学生ではないから、博士院生とは所轄が異なっていることもある。

研究者はキャリアを、培った研究力や付随して醸成される能力をコアコンピタンスとして、それらを柔軟かつ多様に運用することで切り開いていく。それはまさしく総合力が問われるもので、かつ日本で一般的な新卒大学生のキャリアと比較して異なったものであるから、そのような特殊性に対して経験的な理解が乏しく、かつ所轄の分担も細切れになっていることは、博士院生の「総合的なキャリア」構築の阻害要因になっているのではないか。

4.当事者自身は自身のキャリアについては主体的に取り組むはずだが、構造的な問題解決に取り組む誘因が乏しい? あるいは実態をきちんと主張しづらい?

ところで、ここまで簡潔にぼくなりに整理を試みてきたのは、博士課程修了者のキャリアパス創出にあたっての構造的な阻害要因だが、よく考えてみるとこの問題は当事者にとっては取り組む誘因を欠く(したがって当事者が構造問題を解決するというアプローチは採用しにくい?)。高等教育研究などを専門にしない限り、当事者である博士課程院生たちは研究の推進と自身のキャリア開発で必死であろう。加えて構造問題は変化とその効果に一定程度長い時間がかかることが予想されるから、当事者本人には短期的にはその利益が還元されない。当事者にとっては、当事者自身が構造的な問題解決に取り組む誘因が見当たらない。また意思決定の権限は大学当局や行政当局にあるため院生が直接関与しづらい領域である。また下手に対立姿勢を見せることで、当事者にとって直接間接の不利益につながりかねないように思えてしまうあたりも、構造的な問題解決に当事者が積極的にかかわろうという意欲を削いでしまうように思える。

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少々長くなってしまったが、このように問題の所在を簡潔に整理してみた。

今後日本の科学技術政策、あるいは高等教育政策、戸別の大学の、この問題への施策はどのようなものになるのだろうか。

たとえば『科学技術基本計画』は期を超えて、若手のキャリアの問題を取り扱っているが、若手研究者を取り巻く環境が厳しいが、研究力の基盤を支えるという視点からしても改善が必要であること、そのためにインターンやマッチングを推進することを述べている。一貫して同様のメッセージと、同じ手法が推奨されているということは、日本の政策文書の常だがそれらが功を奏しておらず、それでいて別のアプローチが見つかっていないというメッセージを発している可能性が高い。

おそらくこの問題を他の諸課題に優先して解決する必要があるという「強いメッセージ」が必要と思われる。この「強いメッセージ」は文科省、大学等々の主体が学内、学外、そして社会に向けて発信することが望ましいのではないか。理由はシンプルで「大学院博士課程修了者の出口がないらしい」ということ自体は「高学歴ワーキングプア」などの議論を通してそれなりに社会のなかで認識されていて、優秀な人材(とくに研究人材)が博士課程への進学を検討する際に重要な阻害要因となっているからだ。研究力の向上や、日本の大学の国際的地位向上が政策目標のひとつになっている以上(そしてそのような目的自体は合意できるなら)、大学院教育を通した優秀な研究教育人材の育成と、教育として大学への還流が不可欠だが、いくら優秀なカリキュラムやプログラム、政策を作ったところで、そもそも優秀な人材が存在しなければ、絵に描いた餅になってしまう。このように考えると博士課程修了者の出口の不在という問題は一刻も早く解決しなければならないものと思われる。

このような認識・問題意識のもと、ぼくは立命館で、この問題の解決に向けて、しばらく仕事をしていきます。ぜひご意見等いただければ幸いです。

社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

博士(政策・メディア)。専門は社会学。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教(有期・研究奨励Ⅱ)、独立行政法人中小企業基盤整備機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授、東京工業大学准教授等を経て2024年日本大学に着任。『メディアと自民党』『情報武装する政治』『コロナ危機の社会学』『ネット選挙』『無業社会』(工藤啓氏と共著)など著書多数。省庁、地方自治体、業界団体等で広報関係の有識者会議等を構成。偽情報対策や放送政策も詳しい。10年以上各種コメンテーターを務める。

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