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浅野拓磨の負傷を間近で目撃した吉田麻也の言葉から考える。W杯の重さについて。

了戒美子ライター・ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 カタールW杯まであと2ヶ月強となった。直前合宿を除けば最後の代表活動であるドイツ遠征メンバーが発表される15日を前に、ボーフムの浅野拓磨が試合中に右の、ボルシア・メンヘングラッドバッハの板倉滉が練習中に左の、膝のじん帯を負傷した。程度まで明かされていないから断言はできないはずだが、W杯行きは難しいとする報道もちらほらある。

 それにしても選手にとっていかにW杯が大切か。浅野が負傷した10日に行われたシャルケ対ボーフムで知らされた気がしている。シャルケには日本代表主将の吉田麻也がいる。

 浅野が負傷したのは試合開始直後だった。味方の横パスを受けそのまま抜け出そうとする浅野をシャルケのマトリツィアーニが防ごうとし、接触を避けようとした浅野がバランスを崩し、そのまま右膝をかばうような形で左に倒れこんだ。一旦はピッチに立ったものの4分にはベンチに下がっている。ただ、すぐに病院に駆け込むほどのものではなかったようで、その後はベンチから戦況を見守った。試合は3−1でシャルケが、第6節にして今季初白星を挙げている。試合後のミックスゾーンには当然浅野は顔を見せず。一方、フル出場の吉田は試合を振り返る中で浅野の負傷について触れている。

 「いやもう僕個人的には9月の代表のことだけしか考えてなかったから。ただでさえフォワードはけが人ばっかりなのにまたけが人が出たら大変。ちょっと捻ったみたいだけど、少しかかるけど。僕も膝長くやっているんで、最初の応急処置が大事なんでしっかりケアをするように、さっき話しました」

 「9月の代表」とは、15日にメンバーが発表され来週から行われるドイツ遠征のこと。W杯前、実質的には最後の調整の機会となるため、そこには現時点でのフルメンバーが揃うことが望ましい。だがそれは難しそうだ、と浅野の負傷を見てよぎったということだ。この時は対戦相手だった吉田だが、代表のことしか考えてないと試合直後に言えるくらい、代表の存在は大きいということにあらためてはっとさせられた。また、「フォワードはけが人ばっかり」とは、負傷や不調で長らく代表に合流できていない大迫勇也の存在が念頭にあるということだろう。大迫は日本代表としては2月1日のサウジアラビア戦からプレーしていない。「僕も膝長くやっているんで」とは言葉通り。今回の浅野と似た状況だったのは、2018年ロシアW杯前の1月下旬、左膝内側じん帯を負傷し3月いっぱい戦線離脱している。だからこそロッカールームで「しっかりケアするように」とコミュニケーションをとったのだろう。

 とはいえ、これらは試合直後のロッカールームでの話である。浅野本人は負傷の程度をまだわかっていなさそうだと吉田は言った。

「(浅野はどの程度の損傷か)わかってなかった。でも内側(じん帯)をやる時ってだいたいそうなの。試合の後、当日の夜から痛みがひどくなってくるの。最初は『あれ、歩けるな』みたいな。で、夜とかに寝返りうった時に『痛っ、あれめっちゃ痛いんだけど……』ってなってくるから。だから『ギブスをつけた方がいいんだけどね』って言っておいたんだけど。正確には俺も見てないしわかんないけど、あくまで俺の経験上(浅野が負傷したのは)内側だと思う。グレードが1、2、3とあって、3だと断裂なんですよ。2だと4〜6週間かかるんですよ。1だったら1、2週で帰ってくる」

 試合の3日後の13日になってクラブから吉田の見立て通りの負傷と数週間の離脱と発表があった。数週間、つまり1ヶ月以内と考えれば吉田のいうグレード1か2、だと思いたいところだ。

 また、負傷から数分でプレーできないという判断を浅野自身がくだしたことについて「良い判断をしたよね」とし、W杯メンバー入りすることを考えプレーを自重した可能性は「絶対あるでしょ」とも。ただ、来週からのドイツ遠征のメンバーに入ることはないだろう。(もちろんドイツ国内に住む浅野が練習や宿舎に顔を出す可能性は高い)

「みんなタクマの特徴はわかってる。別にこのドイツ遠征で彼とのコンビネーションが変わるとかどうってことはない。まあでも本人としてはそうはいかないけど」

 代表に参加できない浅野の悔しさを代弁していた。仲間のことなのに、まるで自身の怪我のように話す吉田からは、W杯2ヶ月前という差し迫った時期であることが伝わった。

 オランダ、イングランド、プレミアと渡り歩き今季からドイツと欧州で4つ目のリーグ、しかも4大リーグのうち3つでプレーする吉田。W杯だって今回メンバー入りすれば3回目だが、決して慣れたいつもの舞台というわけではなさそうだ。ということは初めてのW杯となるであろう浅野や板倉にとってはなおさら、ということ。早期の回復を願わずにはいられない。

ライター・ジャーナリスト

1975年埼玉県生まれ。岡山、神奈川、ブリュッセル、大阪などで育ち、98年日本女子大学文学部史学科卒業。01年サッカー取材を、03年U-20W杯UAE大会取材をきっかけに執筆をスタートさせた。サッカーW杯4大会、夏季五輪3大会を現地取材。11年3月11日からドイツ・デュッセルドルフ在住。近著に「内田篤人 悲痛と希望の3144日」がある。

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