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韓国と北朝鮮の主張はどちらが正しい? 北朝鮮は砲弾を発射したのか、それとも火薬を爆発させたのか?

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
金正恩総書記の実妹・金与正党副部長(労働新聞から)

 戦争真っ只中にあるウクライナとロシアの情報戦をみるまでもなく、交戦国、敵対関係にある国同士の情報戦はどこにでもある。朝鮮半島とて例外ではない。韓国と北朝鮮の情報戦、心理戦、攪乱戦は対立と緊張が高まれば高まるほど激しさを増している。

 日本や欧米諸国など国際社会は韓国に特派員を置いているので、ソウル発の情報を日々伝えることができるが、北朝鮮とは外交関係がないことや北朝鮮が徹底した情報閉鎖国であることから平壌発の情報は皆無である。国営通信の「朝鮮中央通信」や労働党機関紙「労働新聞」の記事を引用して伝えるのが関の山である。従って、ソウルと平壌とでは国際社会への発信力には団地の差があり、情報戦、宣伝戦では韓国が常にこれまで北朝鮮を圧倒してきた。

 特に韓国と違って、北朝鮮から発信される情報は公式であれ、非公式であれ、確認の術がない。北朝鮮当局の報道も、米CIA系の「自由アジア放送」(RFA)や脱北者らが運営するメディなどが「内部情報筋」として頻繁に伝えている北朝鮮情報も裏の取りようがないので額面通り信用するわけにはいかない。従って、現状では北朝鮮の主張はプロパガンダ、また何とか筋の「内部情報」も「怪情報」として扱うしか他ない。

 昨日から海の軍事境界線である北方限界線(NLL)での南北の「砲撃合戦」を巡って双方の間で激しい情報戦が演じられている。仕掛けているのは北朝鮮である。

 北朝鮮軍が1月5日に午前9時から11時までNLLの南側にある白翎島と延坪島の北方で200発余の沿岸砲射撃を実施し、これに対抗し、韓国軍が島住民を退避させた後、午後3時から3時45分まで白翎島及び延坪島に配備されている自走砲K9や戦車砲を動員して400発の砲弾を発射したことはすでに報道されている通りである。

 韓国軍の射撃終了後に北朝鮮人民軍参謀部は談話を出して「人民軍第4軍団の西南海岸防御部隊と区分隊が砲撃訓練を行った」として沿岸砲射撃の事実を認めていた。しかし、発射した砲弾の数は「200発余」ではなく「192発」だった。

 数の上ではさほど大きな違いはないが、韓国軍が発射音もしくは着弾音を聞いて、数えていたとすれば、韓国軍が聞き間違えたことになり、着弾した際に上がる水柱で数えていたとすれば、北朝鮮が数をごまかし、少なめに発表したことになる。韓国軍が数をどのように確認したのか明らかにしていないのでどちらの言い分が正しいのかはわからない。

 砲弾の数もさることながら、もっとミステリーなのは翌6日に北朝鮮が発射したとされる「60発」だ。

 韓国軍合同参謀本部は北朝鮮が6日午後4~5頃、「延坪島の北西で約60発の砲弾を発射した」とし、砲弾はいずれも「NLL北側の海上緩衝地域に落下した」と発表していた。しかし、どういう訳か、韓国軍は今度は対抗措置を取らなかった。そのことについて合同参謀本部の高官は「北朝鮮は5日と異なり、北朝鮮側地域に向けて発射したので対応する必要まではなかった」と説明していた。

 韓国軍は砲弾がNLL南側に向かって飛んで来るとか、NLL近くに落ちない限り、対応射撃をしないことに方針を定めたとのことだが、それでも韓国にとっては「朝鮮半島の平和を脅かし、緊張を高める挑発行為である」(合同参謀本部)でことには変わりはない。

 最高司令官の尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領も申源湜(シン・ウォンシク)国防長官もこれまで「1発でも挑発されたら、即時、徹底的に最後まで懲罰せよ」と、倍返しを命じていた。従って、この時は韓国軍は極めて沈着冷静な対応をしたと大いに評価はしてはいるもののその一方で、対抗措置を取らなかったことに違和感を抱いたのも紛れもない事実である。

  しかし、このこと以上にややこしいのはこの「60発」について昨日、金正恩(キム・ジョンウン)総書記の実妹の金与正(キム・ヨジョン)副部長が出てきて、「6日は一発の砲弾も撃っていない」と言い出したことだ。

 金副部長は韓国軍が公表した「60発」については「130ミリ沿岸砲の砲声を模擬した発破用の爆薬を60回爆破させた」と、韓国の探知能力を試すための、韓国に恥をかかせるための「欺瞞作戦」であったことを明らかにしていた。

 金副部長は韓国軍は「我々が投げた餌にぱくりと食いついた」と嘲笑っていたが、これに対して韓国軍は「コメディのような低級な扇動で軍に対する心理を棄損させ、韓国内の対立を起そうとする常套手段に過ぎない」とか「我々の探知能力に驚き、嘘をついている」と反論し、北朝鮮が実際に砲弾を放って「NLL北側の海上緩衝地域に落下させた」との主張を譲らなかった。

 当たり前のことだが、北朝鮮が「60発」撃った証拠を示せば、北朝鮮の嘘が赤裸々にバレる。韓国の艦船はNLL一帯で監視態勢に入っていており、これまでも拡大望遠鏡で撮った写真なども数多くある。従って、水柱が写った写真を公開すれば、まさに韓国の「勝ち」だが、北朝鮮の発射地点、黄海南道溶媒島からNLLまでは11km、延坪島との距離は19kmもある。NLLの視界はおよそ1kmで、現実問題として着弾地を写真や映像で収めるのは容易ではない。

 そこを見透かしたのか、「朝鮮中央テレビ」は昨晩(7日午後8時)放送したニュースで、約20人の軍人が箱に入った爆薬を田畑に埋め、起爆装置を押している場面を公開したのである。

 すると、韓国軍は今朝になって北朝鮮が6日に砲撃を実施した前後に「約10回にわたり爆薬を爆発させていた」と前日の発言を若干修正していた。北朝鮮が砲弾「60発」を発射したことには変わりないが、それとは別に「爆薬も爆発させた」と付け加えたのである。

 但し、北朝鮮が言う「60回」ではなく、爆発は「10回」で、「事前に把握していた」とのことである。爆破の事実を知っていたならな、どうして昨日のうち公表しなかったのか誰もが疑問に思うが、韓国軍とすればあえて手の内を見せたくはなかったのかもしれない。

 北朝鮮の映像には起爆装置を押し、14回にわたって轟音と煙が上がる様子が実際に映し出されていたが、韓国軍の発表では「14回」ではなく、「10回」とのことだ。南北の言い分はここでも「10回」と「14回」で食い違っている。

 思えば、確か13年前も、即ち2011年8月10日にも同じような出来事があった。韓国軍は北朝鮮がNLLに向けて砲撃したと発表したが、北朝鮮はNLLに近い黄海南道で「大型建設事業に伴う発破作業を行っていたのに韓国側は『誤認し、騒いでいる』と、韓国側の対応を批判していたのである。

 それにしても、韓国軍が金与正副部長に振り回され、小馬鹿にされたのは今に始まったことではない。

 最も強烈な印象として残っているのは2022年8月17日の巡航ミサイル発射を巡ってのバトルだ。

 この日、北朝鮮は午前未明にミサイルを発射したが、韓国軍は発射地点について「平安南道の温泉から発射」と素早く発表したが、金副部長は尹大統領の8月15日「光復節」演説を批判する18日の談話の中で「最後に一言付け足す。本当に申し訳ないが、8月17日の我々の兵器試射地点は韓国当局が慌てふためき軽々しく発表した温泉一帯からではなく、平安南道安州市の『クムソン橋』であったことを明らかにする。事あるごとに米韓間の緊密な共助下での追跡監視と確固たる備えを口癖のように言ってきたのにどうして発射時間と地点ひとつまともに明らかにすることができないのか?」と述べ、韓国の探知能力を愚弄していた。

 韓国合同参謀本部は「金与正談話」は軍に対する国民の信頼を低下させることと韓国軍の情報資産を公開させることに狙いがあるとみて相手にしないことにしている」とのコメントを出していたが、当時の韓国のメディアはこぞって事実関係を明らかにするよう迫っていた。

 例えば、「韓国日報」は「暴言で『大胆な構想』を拒否した北・・・孤立を招くだけ」と題する社説(8月20日付)で「北側の安州と南西側の温泉は直線で90km以上も離れている。北朝鮮の主張が正しければ、韓米情報資産の対北探知能力に穴が開いていることになり、重大な問題である。合同参謀本部は北朝鮮の主張を一蹴しているが、軍の信頼に直結しているだけに、関連情報のさらなる開示を検討してもらいたい」と軍に注文を付けていた。

 また、保守系の「文化日報」は「北朝鮮から『ミサイル原点』を嘲笑された軍 対北情報力を再整備すべき」の見出しの社説(8月19日付)で「北朝鮮が韓国軍の諜報能力も嘲笑した。韓国軍が北朝鮮のミサイル挑発の原点で揶揄された現実は深刻だ。(中略)真相究明が必要だ。南浦市温泉郡と平安南道安州市との距離は軍事的な意味が大きく、相当な距離がある。もしミサイルが発射されても原点を探知できなければ、攻撃兆候が明らかな場合、先制攻撃の戦略である『キルチェーン』はとんでもない場所を狙うことになる。軍は『韓米情報当局の評価は変わらない』と一蹴し、『金与正の嘘』と片付けているが、厳正に調査し、事実関係を再確認しなければならない」と事実関係を明らかにするよう迫っていた。

 さらに、進歩系の「ソウル新聞」(8月20日付)は「北朝鮮は我々の対北情報体系を嘲笑っていた。我が軍は諜報資産の露出を挙げ、説明を拒否し、既存の『温泉一帯からの発射』の発表に固執しているが、金与正が言うように発射の原点が間違っているとすれば、これは我々の防衛態勢に大きな穴が開いていることになる。真偽を徹底的に明らかにし、結果次第ではミサイル探知システム全般を大幅に再整備することを望む」と書いていた。

 今回、韓国のメディアがこの南北のバトルを取り上げるのか、興味深い。おそらく、「北朝鮮の宣伝に乗ってしまうわけにはいかない」あるいは「北朝鮮を利することになりかねない」との安保優先の理由で取り上げることはないであろう。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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