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「対北強硬派」の金寛鎮元国防長官のカムバックで勢いづく保守紙「朝鮮日報」

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
2015年に北朝鮮高官と会談した金寛鎮元国防長官(左から2番目)(青瓦台提供)

 尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権が何かと勇ましい。北朝鮮と一戦を交えるのも辞さないとの鼻息だ。

 尹政権は年々高まる北朝鮮の核・ミサイルの脅威に圧倒的な対応能力を備えるため「国防革新基本計画」を打ち出し、対北朝鮮強硬派として知られる金寛鎮(キム・グァンジン)元国防部長官を国防革新委員会副委員長に据えた。委員長は尹大統領自身である。

 北朝鮮との対決姿勢を鮮明にしている保守紙「朝鮮日報」(5月11日付)は「『北の気をくじかなければまたやられる』…帰ってきた金寛鎮」と題して金元国防長官の人物像を以下のように伝えていた。

 「北朝鮮による延坪島(ヨンビョンド)砲撃挑発当時、除隊したばかりの彼を当時の李明博(イ・ミョンバク)大統領が呼んだ。『北朝鮮に対抗してソウルに砲弾が落ちたらどうするか』との大統領の質問に金氏は『不安に打ち勝ち確実に対処すれば挑発などできない』と答えた。国防部長官に就任した金氏は延坪島で大規模訓練を行った。米国防総省は『危険だからやめろ』と要求したが、金氏は『北朝鮮の気を折らなければまたやられる』と言って強行した。訓練ではミサイルを搭載した戦闘機も出撃させた」

 「朝鮮日報」は金正恩(キム・ジョンウン)総書記が最も恐れている人物が尹政権に戻ってきたということで大歓迎している。

 「延坪島砲撃」は13年前の出来事なので当時の状況を詳細に覚えている人はそう多くない。

 韓国の哨戒艦「天安艦」が2010年3月に北朝鮮の魚雷で撃沈された以後、韓国国防部は「北朝鮮が一発撃ったら、10発、100発でお返しする」との指針を固めていた。軍は北朝鮮がちょっとでも手を出せば、哨戒艦沈没の敵を打つ気構えでいた。

 従って、8か月後の11月に延坪島を攻撃された時は、1か月後に国防長官に任命された金寛鎮氏は就任挨拶で「戦闘機を動員して、爆撃しても、北朝鮮は全面戦ができない」とか「北朝鮮が追加挑発すれば、自衛権の次元から戦闘機で攻撃し、相手が屈服するまで徹底的に叩く」と、勇ましい言葉を発していたのは事実である。

 金剛山韓国人観光客射殺事件(2008年)、哨戒艦撃沈事件と、北朝鮮に何度もやられている李大統領が堪忍袋の緒が切れて、「今度挑発があったら容認せず断固対処し、砲撃基地をミサイルで叩いても良い」と軍にはっぱをかけていたこともあって韓国放送記者クラブが主催したTV討論会では「北朝鮮が挑発すれば、挑発の原点だけでなく、そこを支援する勢力まで懲罰する」と啖呵も切っていた。

 金国防長官の公言どおり、韓国軍の単独による軍事演習がこの年の12月6日に実施された。事前の発表では黄海(西海)、日本海(東海)、南海で合わせて29箇所で海上射撃訓練が行われることになっていた。

 しかし、どういう訳か、黄海での演習は北朝鮮と睨み合いが続いていたペクリョン島はオミットされ、延坪島と並んで西海5島である大青島(テチョンド)周辺海域を含む16箇所で発射訓練が行われた。当然、北朝鮮人民軍も対抗心を露わにし、「空爆すれば、ソウルを攻撃する」と沿岸砲部隊に戦闘動員態勢に入るよう指示し、韓国軍のF-15戦闘機に対抗するためミグ23戦闘機をスクランブルさせ、合戦に備えていた。

 結果はどうなったのか?

 韓国軍の射撃訓練は北朝鮮寄りの北東海域方向ではなく、南西側に向かって行われた。米国が韓国に対して射撃訓練は認めるが、短時間に終え、絶対に北に向かって発砲しないよう命じ、実際に射撃訓練に立ち会い、監視したからである。

 韓国軍の射撃演習は北朝鮮に背を向け行なわれ、それも前回(4時間)と違い1時間半と短時間に終わった。発射された弾薬も3、600発から半分の1、500発。さらに使用された火器も北朝鮮の沿岸には届かない射程距離5~6kmの迫撃砲や2~3kmの海岸砲がほとんどで射程距離40kmのk-9自走砲は1600発中、たったの4発しか発射されなかった。

 南北の一触即発の状況に当時、米国の実戦部隊No.2のジェームズ・カートライト統合参謀副議長は「韓国の射撃訓練に北朝鮮が撃ち返せば、連鎖反応的に応酬に発展し、統制不能になる恐れがある」との懸念を表明し、いきり立つ韓国軍に対して射撃訓練を認めるが、短時間で済ませ、絶対に北朝鮮に向かって発砲しないよう釘を刺していたのである。金国防長官はそれに従ったのである。

 言行不一致はそれだけではない。翌年の2011年8月10日に延坪島海域付近で「砲撃事件」が起きた時の韓国軍の対応も口ほどではなかった。

 韓国側の発表では北朝鮮側から海の軍事境界線と呼ばれる北方限界線(NLL)に向けての砲撃が2度あった。1度目は午後1時頃で、計3発。そのうち1発がNLLを越えて韓国側領海に着弾した。2度目は6時間後の午後7時頃でこの時は2発で、その内の1発がNLL越えていた。北朝鮮からは計5発が発射され、2発がNLLを越え、韓国側海域に着弾したのである。

 当然、韓国軍は対抗措置として午後2時頃にK9自走砲で3発、午後8時頃に再度3発発射した。北朝鮮よりも1発多い6発で、10発でも100発でもなかった。

 北朝鮮もまた、「射撃訓練を中止しなければ、第2、第3の予想できない自衛的打撃を加える」と韓国を脅していたが、いざ韓国が演習を始めると、北朝鮮最高司令部は「韓国の挑発にいちいち応じる価値もない」と、手を出すこともなく傍観していた。

 「領海を0.001ミリでも侵犯するなら、躊躇せず無慈悲な軍事的対応攻撃を加える」とか、「海上で水柱が上がっただけでも、敵の根拠地を殲滅せよ」との北朝鮮の威嚇もまたハッタリであった。

 南北とも大声を張り上げ、脅し合うが、よほどのことがない限り行動に移すことはない。2か月後には朝鮮戦争休戦から70年目を迎えるが、戦争が再発しないのは戦争になれば南北共倒れになることがわかっているからであろう。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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