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北朝鮮は本当に核爆弾を60個も保有?

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
ICBM級「火星14型」搭載用の核弾頭(労働新聞)

 世界で最も評判の悪い首脳同士が握手し、意気投合したことへの違和感からなのか米メディアによる「トランプ・金正恩会談」と「米朝共同声明」への酷評が後を絶たない。

 酷評の理由の一つは、北朝鮮が共同声明で約束した「完全なる非核化」に「検証可能で不可逆的な」という文言が盛り込まれなかったこと、非核化に向けての具体的な手順や方法についても触れてなかったこと、さらには非核化完了の期限が明示されなかったことにある。当然と言えば当然のことだ。

 もう一つは、北朝鮮がまだ何一つ非核化措置を講じてないにもかかわらず、見返りを与えすぎたとの批判である。

 祖父(金日成主席)、父(金正日総書記)の時代からの悲願である米朝首脳会談に対等な形で応じことで金正恩委員長に大きな外交成果を与えてしまったこと、人権抑圧者と何事もなかったかのように握手し、人権問題を不問にしてしまったこと、極め付きは北朝鮮が「挑発的である」と反発していた米韓合同軍事演習を北朝鮮の主張をそのまま受け入れ、いとも簡単に中止を決断してしまったことなどが問題視されている。

 これに情報機関の国防情報局(DIA)の報告書に基づいて「トランプ政権は金正恩政権に騙されている」との論調がどうやら新たに加わったようだ。

 米紙・ワシントンポスト(WP)は6月30日、「DIAは北朝鮮には完全な非核化をする意図がなく、核兵器と主要核施設を隠そうとしていると判断している」と報じていた。その前日にはNBCが12人以上のDIA関係者の話として「米国を騙そうとする取り組みが続いている」と伝えていた。これら二つの米有力メディアの報道を総合すると、DIAが問題にしている北朝鮮の「背信行為」は主に以下の4点に絞られる。

 1)北朝鮮は米国が核開発プログラムの全体を把握してないとみて核弾頭とミサイル、核開発施設と個数を減らす方法を模索している(WP) 

 2)最近数年間にわたり人工衛星写真分析とコンピューターハッキングを通じて寧辺とカンソンの他にも、少なくとも一カ所以上の秘密核施設が存在する(WP)

 3)北朝鮮は最近数カ月間、核兵器開発のためのウラン濃縮生産を高めており、米朝首脳会談で「完全な非核化」に合意した後も核開発作業を続けている(NBC)

 4)米国は米韓合同軍事演習の中止という大きな譲歩をしたのに北朝鮮は核備蓄量を減らすとか、核兵器生産を放棄したという証拠はどこにもない(NBC)

 DIAは機密情報に関わるとして詳細については明らかにしなかったが、両メディアとも結論としてこうした情報当局の判断は「トランプ大統領が米朝首脳会談以後『もはや核脅威はない』と宣言したことに相反する」と指摘していた。

 DIAは報告書で北朝鮮が保有している核爆弾の数を「65個」と推定しており、ニューヨークタイムズも5月6日付の記事でこのDIA情報に基づき保有数を「最大で60個」と報じていたが、その根拠、証拠は示されてなかった。

 北朝鮮の保有数は昨年まで最大で20個が相場とみられていた。北朝鮮は本当に核爆弾を3倍以上の65個も保有しているのだろうか?

 米上院のダイアン・ファインスタイン情報委員会委員長は2年前の2016年2月に開いた聴聞会で「北朝鮮は最大で20個のウラン型、プルトニウム型の核兵器を保有している」との極秘情報を開示していた。これは、多くの米国内の北朝鮮核専門家が予想していた「最大で16個」を4個ほど上回っただけだった。

 また、昨年7月に発表されたスウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の世界の核軍備に関する最新報告書には「北朝鮮は2017年1月現在で、推定10-20発の核弾頭を保有している」と記されていた。同じく米シンクタンク、科学国際安全保障研究所(ISIS)もその数か月前(4月)に公表した報告書でも「北朝鮮は核兵器13~30個を保有している」と報告していた。そのうえで「年3~5個のペースで増やしている可能性もある」と補足していたが、1年経った現在、北朝鮮の保有数はどんなに多く見積もっても35個が関の山だろう。ということはDIAは明かに水増ししていることになる。

 仮に北朝鮮の保有数が最大で35個ならば、北朝鮮が正直に「35個」と申告したとしても、DIAや米メディアからすれば「トランプ政権を欺くため少なく申告し、隠匿した」という結論になる。正確な保有数が不明なだけにこの数の問題はどちらに転んでも物議を呼ぶことだろう。

 また、高濃縮ウラニウムの保有量についてもDIAは700kg以上と見積もっているが、韓国の専門研究機関では半分以下の280kgと推定している。これも一体、どっちが正しいのか当事者の北朝鮮以外、誰にもわからないのが実情だ。

 また「少なくとも一カ所以上の秘密核施設が存在する」とのことだが、核関連施設では黒鉛型原子炉と軽水炉が稼働している焦点の寧辺以外に平安南道・順川に原子力エネルギー研究所、平安南道・平城に核物理研究所、咸鏡北道・金策に原子力研究所、江原道・元山に放射防護研究所、咸鏡北道・清津に放射性同位元素活用研究所、咸鏡北道・羅津に核技術研究センターがあり、また、平安北道・亀城には核起爆装置製造工場、黄海北道・平山と平安北道・博川には濃縮ウラン生産工場があることはすでに明らかにされている。さらに平安北道・泰川に20万kw原子炉が建造中であったことや咸鏡南道・新浦に発電用原子炉が3箇所あることも北朝鮮は隠してない。「秘密核施設」とは一体どこを指すのだろうか?

 もしかすると、2年前の2016年7月に米科学国際安全保障研究所が「寧辺から45km離れた平安北道・金倉里のパンヒョン空軍基地内の敷地に遠心分離200~300個程度で稼働できる小規模のウラン濃縮施設とみられる施設がある」と発表していたが、ここの場所を指すのかもしれない。

 北朝鮮がありのままを申告すれば、完全なる非核化は可能だが、北朝鮮には「前科」があるだけに「すべてを申告した」と言っても簡単には信用されないだろう。それだけに国際機関など第三者による徹底した検証はむしろ北朝鮮にとっても不可欠なはずである。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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