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精子濃度が40年で半減した欧米。生殖補助医療費は全額保障、しかし深刻な精子不足に直面するフランス

プラド夏樹パリ在住ライター
精子提供の待ち時間は平均14.8月のフランス(提供:アフロ)

日本でも、今年の4月から体外受精や顕微授精などの生殖補助医療が保険適用されることになった。

そこで、EU諸国で女性一人当たりの出産率がトップ(2021年女性ひとり当たり1.83子)、その反面、子どもを望むカップルの4分の1が不妊に悩まされている国、フランスの生殖補助医療が直面している問題についてお知らせしたい。

生殖補助医療の成功率は約25%でしかない

現在、生まれてくる赤ちゃんの約3.4%が生殖補助医療を受けて生まれている。隣国スペインではすでに6%であるから、フランスでは近いうちに10%になるだろうと予想されている。

ところで、治療費用の100%が健康保険の適用範囲で行われているフランスの生殖補助医療だが、その成功率は25%でしかなく、診療に訪れるカップルのうち25%から30%には成功の可能性はゼロという厳しい現実もある。

この成功率の低さの原因は何だろう?

まず、技術の進歩が速い分野であるのに、最新の機器が発売されても、保険で治療費用の全額カバーできるかどうかを審議にかけなくてはならないので、なかなか購入しにくいということがある。アメリカでは体外受精に1万5000ドルから2万ドルという高額費用がかかるのが普通であるが、その分最新の医療器具が揃っており、成功率も高くなる。

生殖の仕組みに関する知識不足が治療の遅れへ

しかし、本当の問題は最新機器いかんだけではなく、まだまだ国民の間に生殖の仕組みに関する正しい知識が行き渡っていないこともあるだろう。

性教育は義務教育の一環であるが、何しろ時間数が少ないので性病や避妊に関する授業に偏りがちで、生殖の仕組みに関して無知な若者は珍しくない。35歳からは急激に卵子の数が減少することを知らず、40歳近くなって生殖補助センターを訪れて、「その年では人工授精の成功率は30%ですよ」と言われて動転する女性は多いという。

ちなみに、昨年、実施されたアンケート「何歳に妊娠しようと考えていますか?」という質問に、女性の30%は36歳から40歳、22%は41歳から45歳、16%は46歳までに妊娠しようと答えているそうだから、高齢出産はこれからも増えるだろう。

ところで、不妊というと、まず女性の側の不妊症を考えてしまう傾向がないだろうか?

王侯貴族は、子どもが生まれなければ妻を離縁していた歴史からもわかるように、少なくとも欧米では、子どもができないのは「女性の落ち度」と、長い間考えられてきた。しかし、フランスの国民健康保険のサイトによれば、不妊の原因は女性因子約30%、男性因子約30%、女性及び男性因子約30%。そして残りの約10%は因子不明、そして環境汚染、偏った食事、喫煙、肥満などが理由と記述されている。

40年で欧米で精子濃度が50%減少?男性にも定期検診を

2017年、欧州ヒト生殖医学学会の学術誌Human Reproduction Updateは人間の生殖能力は年々低下しており、40年間で、北米、欧州、オーストラリアで、精子濃度は半減したと発表している。それだけではない。精巣ガンも増えておりフランスでは年に約2.5%ずつ増加している。

最近出版された、不妊治療を受けた人々の証言と科学的な分析を集めた本、『私たちは不妊年代?』(Estelle Dautry他著, Génération infertile?,Autrement, 2022)が話題になっているが、その共著者であるヴィクトール・ポワン氏は言う。

「女性にとって産婦人科の診察に出向くのは毎年のことだが、男性は不妊という壁にぶつかるまで生殖機能の診断にかからず、自分の生殖能力に関して疑問を持たない。射精できれば生殖能力があると思い込んでいる若者は多いように感じる。そこに私は注目したい。男子にも、思春期の頃から、性器や生殖能力に関して医師の定期診断を義務付けるべきではないだろうか」と語る。

精子提供の無償化とその結果

また、フランスの生殖医療センターが抱える目下の問題は精子提供が間に合っていないことである。待ち時間は平均14.8月と、年々長くなっている。

理由の一つには、フランスでは卵子・精子・胚に至るまでが「人格を持つ人間の一部」として考えられているので、有償提供は禁止されていることがあるかもしれない。この現実をカバーするためには、有償にすべきなのだろうか? 隣国スペインでは精子提供は平均60ユーロ、アメリカでは平均1300ユーロだそうだ。

その上、9月1日から卵子・精子・胚提供は匿名ではなくなり、子どもは18歳で自分の生物学上の出自を知ることができるようになった。これも、今後、一段と精子ドナーの数を少なくする理由の一つになるだろう。

パリ在住ライター

慶応大学文学部卒業後、渡仏。在仏30年。共同通信デジタルEYE、駐日欧州連合代表部公式マガジンEUMAGなどに寄稿。単著に「フランス人の性 なぜ#MeTooへの反対が起きたのか」(光文社新書)、共著に「コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿」(光文社新書)、「夫婦別姓 家族と多様性の各国事情」(ちくま新書)など。仕事依頼はnatsuki.prado@gmail.comへお願いします。

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