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フランスの「高齢者の愛情・性・私生活」統計報告書の結果は?同じベッドで眠るカップル率78%。

プラド夏樹パリ在住ライター
(写真:アフロ)

今、パリのメトロ構内で、一際目を引く広告がある。

「60歳過ぎたら、セックスなんてしないでしょ」、「70歳になったら性欲は減退」、「あの年で、新しいパートナーを見つけるなんて」、「80歳を越えて一緒に暮らしているなんて、ただの馴れ合いからでしょ」、「老人になると、カップルで話し合うことなんて何もなくなる」、「率直に言って、シワだらけの老いた身体に惹かれる人なんているはずがない」といったキャッチフレーズの横に、小さく「老人をステレオタイプに閉じ込めるのはやめよう」とある。何しろ、パリのメトロの広告は巨大なので、びっくりした。

ところで、よく見てみると、「Petits Frères des pauvres貧者の兄弟」という、特に孤独・貧困生活を送る高齢者を援助することで有名な慈善団体の広告だった。

なぜ「高齢者の愛情・性・私生活」がテーマになったのか?

筆者も近いうちにシニアだのシルバー割引の対象になる年齢なので、興味をひかれた。そこで同団体のサイトを見てみると、上記の広告は、敬老の日に始まった「高齢者孤立化防止キャンペーン」のものなのだった。

その目的はといえば、「高齢者に愛情・性生活なんてあるはずない」、こうした偏見が彼らを孤立させてはいないか?と問い、「老い」に対する負のイメージや偏見を払拭し、社会全体の視線を変えて行くことらしい。

そこで、この団体は、国民老人保険の援助を得て、60歳以上の国民1500人を対象に「高齢者の愛情・性・私生活そして公共政策」という統計(C S A research)を今春に行い、116ページにわたる報告書を10月に発表した。その中にはLGBTの高齢者に関する統計やDVなどの問題も含まれる。

もちろん、このキャンペーンに意表をつかれたのは私だけではなかった。同団体のツイートに対するコメントを見てみると、「いったい誰がこんな恥知らずなキャンペーンを考えついたの?」、「真面目な団体だと思っていたのに残念」という声もあった。

恥知らず……とは厳しい。というのも、欧米では、中世以来、宗教的な理由から生殖目的以外のセックスは一切タブーだったという歴史があるからかもしれない。20世紀中頃に性解放運動が起きたものの、タブー化されなくなったのは美しい身体を持つ若者、生殖能力がある年代の人々のセクシャリティーだけというのがまだまだ現状で、高齢者のセクシャリティーとなると、いまだに「恥知らず」と厳しいコメントをする人もいるらしい。その証拠に、国民の性生活に関する全国レベルの統計はこれまで1970年代から3回も行われてきたが、いずれも70歳未満の国民を対象にしている。これが差別でなくてなんだというのか?

同じベッドで眠るカップル率78%

ところで、この「高齢者の愛情・性・私生活そして公共政策」統計の結果を簡単に要約してみる。

まず、全体の52%が性的生活を営んでおり、パートナーがいない人の33%はそのことを不満に思っている。

パートナー生活を送っている人々に対する質問では

・パートナーに欲望を感じている:91%

・性的生活を送っている:74%(その91%が自分の性生活に満足と回答)

・パートナーに対して愛情を持っている:94% (そのうち65%はベタ惚れと)

またカップル生活で一番大切なのは?という質問には、

・親密さ、共感、一体感を持つこと:53%

・一緒に笑えること:50%

・秘密にしておきたいことでも話し合えること:48%

より具体的な質問、「同じベッドで一緒に眠っていますか?」

・しばしば78%

・時々が9%。

また、71%の回答者が「老いた身体でも魅力はある」と、また80歳以上の41%が自分を「魅力的」と考えているおり、羨ましい限りだ。そして、自分の魅力を信じている人の率はカップル生活をしている人と、性的関係がある人に多いということだ。

しかし、フランスの高齢者生活はお花畑ではない。2019年、パートナー殺人の被害者の26%が70歳以上の女性だったことも付け加えておこう。

ひとり暮らしの人の率は年齢と共に多くなり、60歳から64歳では30%、85歳以上では65%に達する。日本同様、貧困と孤独は比例し、月収入が1000ユーロの人の81%がひとり暮らしであるのに、4500ユーロの収入のある人でひとり暮らしは7%と少ない。また、収入が多い人ほど、社会生活が活発、友人関係が豊富で、近所付き合いも多い。

なるほどと思ったのは、60歳以上のひとり暮らしの人に対する「カップル生活をしたいですか?」という質問に対する答えである。男性でYesと答えたのは26%、それに反して、おひとりさま暮らしの女性でカップル生活をしたいと思う人はなんと6%のみ。私の周囲も離婚ラッシュだが、「彼の家事手伝い、看護師役をするのに疲れた」という女性は多い。「孤独に感じますか?」に対してもYesと答えたのは男性17%、女性7%。

しかし、新しいパートナーと出会ったら、子どもたちにどのように反応されるかが心配と言う人は35%もおり、妻を亡くした義兄が新しい恋人との仲をその息子に邪魔されたと言って怒っていたことを思い出した。

高齢者がセクシャリティーについて話すことができる場を

70年代の性解放時代を生きた年代の人々だが、自分のセクシャリティーについて「他人に話したことがない」と答えた人は多く、その率はなんと76%。そして、51%が高齢者のセクシャリティーについて率直に相談したり話し合える場を求めている。

上記のような統計結果をもとに、同団体は、医療関係者、ボランティア活動をする人々に高齢者の愛情・性生活の実態について理解を深めるような研修を受けることの必要性を訴えている。また、セクシャリティーについて話すことができる適切な場所を設ける、カップルで入居しプライベートな生活を維持することができるような老人ホームを増やすなどの提案のほか、パソコン使用の経験がない高齢者が27%もいるため、ネットワークを広げることを目的に(「出会い系サイトにアクセスできるように」とも……)パソコン教育することなどを勧めている。

余談になるが、最後に、フランスで開発された高齢者と認知症患者ケア技法「ユマニチュード」では、優しく触れることや、患者を正面から見ることなどを重要視しており、日本の介護現場でも取り入れられていることを付け加えておきたい。

パリ在住ライター

慶応大学文学部卒業後、渡仏。在仏30年。共同通信デジタルEYE、駐日欧州連合代表部公式マガジンEUMAGなどに寄稿。単著に「フランス人の性 なぜ#MeTooへの反対が起きたのか」(光文社新書)、共著に「コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿」(光文社新書)、「夫婦別姓 家族と多様性の各国事情」(ちくま新書)など。仕事依頼はnatsuki.prado@gmail.comへお願いします。

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