Yahoo!ニュース

自殺幇助で亡くなったゴダール監督とフランスの尊厳死・安楽死法の行方

プラド夏樹パリ在住ライター
(写真:ロイター/アフロ)

9月13日、フランス映画界でヌーベルヴァーグの先導者の一人だったジャン=リュック・ゴダール監督が91歳で死去した。ネット上での報道で、タイトルが「ゴダール監督死去」から「彼の決意〜自殺幇助を受けたゴダール監督」に一変するのにそう時間はかからなかった。

左派日刊紙リベラシオン紙の記事の中では、家族に近い人物が「監督は病気ではなかったが疲れきって人生に終止符を打つ決心をしました。重要なのは、彼が自分で死を決意したことで、それが報道されることです」と語った。

尊厳死すら難しい国フランス

このニュースは、ゴダール監督の作品を愛してやまない人々が多いフランスにとって大きな衝撃だった。「神から授かった命は全うすべき」「神の摂理ならば苦しみにも耐える」と考えるカトリック教の伝統が長いこの国だが、日本と同じく自殺幇助や安楽死はもちろん犯罪とみなされ、尊厳死すら難しい。

(注)尊厳死:延命治療を中止して苦痛緩和ケアをしながら至る自然死。

安楽死:患者の希望により医師が薬物を使用して人為的に死に至らせる。

2014年の統計(Ifop)では、96%の国民が難病にかかり回復の見込みがない患者を対象にした尊厳死の合法化を望んでいたが、その後、2016年のClaeys-Leonetti法により、苦しみが耐えがたいレベルにあると医師が診断を下した患者のみ、薬によって深く継続した鎮静状態におき、流動食と水分供給を中止して尊厳死に導くことができるようになった。つまり人工的な延命治療の中止である。

政府に政治的勇気が欠如

しかし、このClaeys-Leonetti法は、死期が数日後に迫っていると診断された末期患者だけを対象としている。いくら苦しみが耐えがたいものであっても、末期患者でなくては当てはまらない。

例えば、35年間希少疾患で苦しみ、「ここ2年、ガチョウのようにチューブで食料供給されて生き延びている。病状は悪くなり、毎日、天井を見ているだけ。これでは生きているとはいえない」と言って尊厳死を希望し続けた男性アラン・コック氏(享年58歳)が、「これ以上苦しまない権利」を求め、まず、2020年7月、マクロン大統領に「静かに逝くために」強力な鎮静催眠薬ペントバルビタールの投与を許可してくれるように嘆願したが、叶えられなかった。希少疾患ではあっても上記のClaeys-Leonetti法の「末期患者」という条件が当てはまらなかったからだ。

同氏は、最終的に、昨年、とある団体(団体名は明らかにされていない)から8千から1万ユーロの寄付を受け、スイスに赴き自殺幇助を受けて亡くなった。最期に、マクロン大統領宛に「尊厳死を認めないのは、政府に政治的勇気が欠如しているからだ」と批判する公開書簡を遺した。

自殺幇助による最期を希望しスイスへ赴く人が増加

しかし、自分の人生の最期をコントロールしたいと、心底、欲する人を止めることはできない。自殺幇助を望む人は、地続きの隣国であり、世界で唯一自殺幇助が合法であるスイスに行ってやり遂げる。実際に、筆者の周りでも、何人かがこうやって最期の時を選んだ。

ではなぜスイスなのか?

プロテスタント信者がマジョリティーな国であり、それゆえに「個人の責任」に重要な価値をおく文化ゆえと考えられている。刑法15条によって、「エゴイストな理由で他人を自殺に追いやる、あるいは他人の自殺を幇助した者は5年以上あるいは罰金刑」と明記されているが、自殺が自分の意志である場合は尊重される。そのため、ドイツ、イギリス、フランスなど、欧州中から自分の意志で死を選んでスイスにやってくる人々をEternal Spirit, Dignitas, Ex Internationalの3団体が受け入れている。

自分で注射器を押すことができる体力が残っていること

しかし、スイスでの自殺幇助も、無条件ではないのだ。

・明確な判断能力が備わった状態であること

・死を望む欲望が継続したものであること

・重病・難病に苦しんだ結果であることを証明する医師の診断書があること

上記3条件を満たし、また、最後に、自分で致死薬ペントバルビタールの注射器を押すことができる力が残っていることが要求され、ここが、医師が注射器を押す安楽死との大きな違いになる。また、医師の診断書のみならず、その人の人生の軌跡、どうして生き続けることが苦しいのか、その理由についても書いて提出してもらい、また、近親者に自分の決意についてとことん説明するように勧める団体もある。

2021年4月付けル・モンド紙のルポルタージュによると、Eternal Spiritに自殺幇助を依頼する人の数は年々増えており、2020年には1282人で2018年の20%増しという。毎年、80人ほどの自殺幇助を行なっている同団体の医師は、「私たちの団体を訪れる人々のほとんどは60歳以上、管理職、知的職業についている人が多く、人生を自分の思うままに動かしてきた強い性格の人が多い」と語る。

費用は1万ユーロだが、これには書類審査、自殺幇助に使用するアパートの賃貸料、葬式代も含まれる。最期の時、自殺幇助希望者に明確な判断能力がある状態であったかどうかを確かめるために、「あなたの名前と生年月日は?」「注射器を押すと何が起きるか知っていますか?」「本当にあなたは死を望みますか?」といった質問がされ、ヴィデオに撮影される。司法当局に送られ、司法調査を受けるためだそうだ。

よりラジカルなフランスの尊厳死を望む団体

ところで、フランスでは、尊厳死・安楽死と自殺幇助の合法化を求める団体「Ultime Liberté」があり、スイス以上のこと、つまり、「医師の診断」や「重病の末」といった条件も排除した「死ぬ自由」を求めている。フランス各地に支部を持つ活発な団体で、メンバーには研究者、教師、医療関係者が多いという。

Ultime Libertéの会長はインタビューで言う。「人生の最期がいつであるか、それを医師に決めてもらいたくないのです。最期は、人それぞれが自分で決めることであって、健康状態とは必ずしも関係ないからです」と言う。

2017年、まだ大統領候補者だったマクロン氏は「私なら、自分の最期は自分で選びたい」と発言した。その彼が、来年の尊厳死・安楽死法制化に向けて、この10月から、6ヶ月にわたる「尊厳死・安楽死に関する市民討論会」が開かれることを発表した。その結果、来春、国民投票によって、あるいは議員投票によって法制化される予定である。

パリ在住ライター

慶応大学文学部卒業後、渡仏。在仏30年。共同通信デジタルEYE、駐日欧州連合代表部公式マガジンEUMAGなどに寄稿。単著に「フランス人の性 なぜ#MeTooへの反対が起きたのか」(光文社新書)、共著に「コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿」(光文社新書)、「夫婦別姓 家族と多様性の各国事情」(ちくま新書)など。仕事依頼はnatsuki.prado@gmail.comへお願いします。

プラド夏樹の最近の記事