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黒崎愛海さん殺害事件判決、禁固刑28年、そしてわずか半日後に発表された控訴

プラド夏樹パリ在住ライター
判決を伝えるテレビ局フランス3のニュースサイト 筆者撮影

4月11日(月曜日)、公判10日目。2016年にブザンソン大学に留学していた黒崎愛海さんが行方不明になった事件で、検察側は元交際相手のニコラ・セペダ氏を殺人罪で終身刑に求刑した。被告は公判初日から一貫して殺害を否認していた。

ここでは、11日の弁論内容についてお伝えしたい。 

裁判所に殺到したメディア

女性にあるべき姿を押し付けることは人格の否定

まず午前中は私訴原告黒崎さん家族代理人のガレー弁護士の弁論だった。

同弁護士は、被告が愛海さんに「女性のあるべき姿」を押し付け、自分が出した5条件を呑まなければ別れると脅していたことを、単なる嫉妬心だけではなく、「人格の否定」であるとした。

そして、フランスに留学することによって被告の執拗な監視から解放され、まさにこれから自分の人生を歩もうとした彼女を殺害したことを、「愛するがゆえにではなく、嫉妬心・自分の支配から逃れようとする女性に対する憎悪・女性に対する差別ゆえの殺人」であるフェミサイドだったと定義づけた。

上の画像はチリの女性イラストレーターのTwitter

葬儀にまつわる日本の伝統を無視した被告

さらに遺体を遺棄したことの深い罪に関して言及し、「殺すことと、遺体を遺棄することの間には大きな距離があります。彼は、自分が愛した人の身体に対して敬意を払わなかった。(中略)遺棄された遺体は永久に失われました。被告は、葬儀にまつわる社会通念や信仰を、そして、特に、納骨しなければ故人が成仏できない、故人の霊は現生を彷徨い続けるとする日本の死生感も無視したのです」と、述べた。

そして、フランスを代表するフェミニスト、シモーヌ・ド・ボーヴォワールの「レ・マンダラン」Les Mandarinsの中の一節「すべての涙の影には希望がある」を引用し、「被告が自白しなかったことから、黒崎さん家族の遺体が見つかるかもしれないという希望は失われた」とし、黒崎さん家族の気持ちも代弁した。

「しかし、この公判には、愛海さんの霊の息吹が感じられる時がありました。妹さんのくるみさんが、励ましの声、思いやりに溢れた声をかけに来てくださった傍聴席の人々に、折り紙の鶴を作って贈った時です」と、傍聴席の一般市民との温かいひと時について触れることも忘れなかった。そして、一時間半続いた弁論の最後に、同弁護士は、「父の恩は山よりも高く、母の恩は海よりも深し」という日本のことわざを引用して終えた。

行方不明ではなく亡くなっている12の理由

午後はエチエン・マントゥー検事長(下記の画像)が1時間40分にわたって論告した。

まず、学生寮の部屋の中に、厳寒の12月だというのに、愛海さんのマフラーとオーバー、クレジットカードが残っていたこと、近いうちに日本からの友人を迎えて旅行する予定があったこと、自殺をするような傾向もなかったことなどの12点の理由を挙げて、同検事は、「愛海さんは、行方不明なのではなく亡くなっています。遺体は、ドーブ川下流に遺棄されたのではと思います。ダムや遮るものがないところで沈められて、何処かに引っかかってしまえば遺体が浮かび上がることはないからです」とした。

殺害されたときの状況については、学生寮の中で学生たちが女性の叫び声を聞き、最後に断末魔の微かな声を聞いた人もいることから、「愛海さんは、被告に精一杯抗い、生き続けるために生にしがみつこうとした」と強調し、「部屋の中に血痕がないこと、また、枕カバー、シーツが失くなっていることから、手か枕カバーで絞殺し、シーツで遺体から流れでた体液を拭いたものと思われます。(中略)絞殺には長くても5分かかるが、その長さは、学生たちが聞いた最初の悲鳴から断末魔の喘ぎまでの長さと一致するので朝3時15分から21分の間に殺されたと考えられます」と述べた。

計画的な犯行

また、被告がガソリンとマッチを購入したこと、森の中に長時間いたこと、フランスに来て以来の愛海さんの行動を逐一監視していたという3点の証拠から計画的な犯罪であるとした。

「日頃から愛海さんに『あるべき女性の姿』を押しつけ、自分の好みに造り変える権利があると思っていた被告は、愛海さんがフランスでアルチュール・デル・ピッコロ氏と恋人になったことをFacebookから知り、彼女を取り戻そうと、3日後にフランスへ行くためのエアチケットを購入した。(中略)愛海さんは遠方から自分のためにフランスまで来た被告に心を動かされ、一緒にオルナン市のレストランで食事することを受け入れた。しかし、二人を見かけたレストランのサービス係が『ビジネス上の関係の人々かと思った』と証言したほど、二人の関係は冷え切っていた様子で、彼女の心の中で被告との関係はもう終わっていたようだ」。(中略)

「学生寮まで来て、愛海さんはおそらく、『シャワーだけでも浴びさせて』と哀願した被告を部屋に入れたのだろう。そして被告は、関係を持とうとするが愛海さんは拒絶。そして、殺害」と事件の過程を説明し、「被告は、愛海さんの心を取り戻そうとフランスに行くことを決めた時から、『万が一、拒絶されたら殺そう』と考えていたはず、計画的な犯行だった」とした。

元恋人を自分の所有物のように扱った被告に情状酌量なし

そして、法廷が自白に導けなかったことを遺憾に思うと同時に、被告に向かって「彼だけが遺体の在り処を知っている。それだけがあなたの勝利だ!」と叫ぶ場面もあった。黒崎さん家族には、「これまで悲しみに耐える勇気をもって生きて来られたご家族に深い敬意を表します。愛海さんの笑い顔の思い出を支えにして、あなたの二人の娘さんたちを育て続けられることを願っております」と、思いやりのある言葉をかけた。

最後に、被告に向き直り、「日本ならば死刑に値します。自分の元恋人でさえも自分の所有物のように扱う支配的な男性として振る舞ったあなたに対して、情状酌量の余地は皆無。したがって最高刑である終身刑(最短でも18年、その後はフランスへの再入国禁止)に求刑します」と、2時間にわたる論告を終えた。

感情面でのハンディキャップ

フランスの重罪裁判所では被告人代理人弁護士の弁論は最後に行われる。夕方、被告代理人のラフォン弁護士(下の画像)の弁論だった。

超辣腕弁護士として有名な彼女だが、最初に「今までに経験したなかで一番、難しい裁判だった」と明かした。彼女は、不起訴にするのではなく、せめて終身刑にはしないようにするという姿勢をとった。

「被告は公判を通じて否認の殻に閉じこもり、しかし2回だけ、泣きじゃくりながら『殺していない!』と叫びました。私はその叫びには真摯なものがあったと思います。あるいは本当に殺していないか、あるいは自分の行為を認めることができない人なのかもしれません。自分で自分のしたことを認めることができない、何かが麻痺してしまっているということです」。

「精神鑑定では共感力に欠けると鑑定されました。彼は普通の人のように世界と関わることができないのです。公判を通じて彼の話が噛み合わなかったりしましたが、それは戦略ではなくて、他者の感情を理解できない、他者と関係する能力の欠如です。それは彼の責任でしょうか?」と、被告の精神的な欠陥を理由に減刑に導こうとした。

「私には終身刑への求刑は、とてもできません。皆さんはこれから、感情面でハンディキャップを持つ人に対して刑を宣告するのです。鑑定医も言ったように、前歴も再犯の可能性もないまだ若い31歳の彼に終身刑を宣告するのは厳しすぎます」。また、「検察は日本でならば死刑と言いましたが、いまだに死刑があることは嘆かわしいことではありませんか? フランスは死刑を廃止したことを誇りに思うべきです」といった場面もあった。

最後に、「もし彼が無実なら、もしも無実なら」と、陪審員と裁判官に、慎重な評議を求めた。

そして、4月12日、裁判官3人と6人の陪審員はニコラ・セペダ被告に有期刑28年の禁錮刑を言い渡した。被告も、また被告の父もまったく反応せず「二人は視線を交わさなかった」と報道されている。

上記はフランス司法とガレー弁護士に感謝の念を表した筑波大の弁護士

判決後、12時間以内で控訴

13日、被告は判決を不服として控訴した。再審は2023年か24年と報道されているが、L’Est républicain紙に、黒崎さん家族の代理人であるガレー弁護士は、「被告にとっては一貫した否認の延長ですが、黒崎さん家族にとってはさらなる試練であり、苦痛です」、「今、日本にお帰りになっている途中なので、これから新しい気持ちで出直そうとしているときにこのニュースを聞くのは大変、辛いことでしょう」と述べた。再審では、さらに刑が重くなる可能性があると報道されている。

パリ在住ライター

慶応大学文学部卒業後、渡仏。在仏30年。共同通信デジタルEYE、駐日欧州連合代表部公式マガジンEUMAGなどに寄稿。単著に「フランス人の性 なぜ#MeTooへの反対が起きたのか」(光文社新書)、共著に「コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿」(光文社新書)、「夫婦別姓 家族と多様性の各国事情」(ちくま新書)など。仕事依頼はnatsuki.prado@gmail.comへお願いします。

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