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黒崎愛海さん行方不明事件公判5日目。夜中の悲鳴、そして誰も警察に通報しなかった………

プラド夏樹パリ在住ライター
ル ・モンド紙4月6日版(筆者撮影)

2016年にフランスのブザンソン市で起きた日本人留学生黒崎愛海さん(当時21歳)が行方不明になった事件で、殺人罪に問われている元恋人、チリ人のニコラス・セペダ被告に対する公判の3日目の模様をお伝えしたい。

まとめてみよう。セペダ被告は、日本で筑波大に留学中、黒崎さんと恋仲にあった。しかし、黒崎さんは2016年9月にフランスのブザンソン大学に留学のために渡仏。その後、二人の関係は破局した。しかし諦めきれなかった被告は、2016年11月末にチリからフランスへ渡る。そして12月4日にブザンソンに留学中だった黒崎さんを訪ね、その後、黒崎さんは行方不明になった。

裁判はブザンソン重罪裁判所で行われている。18世紀の大革命以来導入された陪審制度で、23歳以上の読み書きができる国民の中からくじ引きで選ばれた人々が裁判官と合議して、有罪か無罪か、そして刑を定めると言うものだ。

「恋人らしい仕草は見かけませんでした。」

4月4日月曜日、公判5日目は、2016年12月4日の夜に、黒崎さんと被告が一緒に食事をしたオルナン市のレストランのサービス係、また、黒崎さんが暮らしていた学生寮で「女性の悲鳴を聞いた」とする学生5人が証言台に立った。

2016年12月4日、黒崎さんが行方不明になる直前に、被告と彼女は一緒にオルナン市のレストランで食事をした。そのレストランのサービス係がは次のように証言した。「女性(黒崎さん)は綺麗にお化粧してきちんとした服装をしていましたが、あまり笑顔を見せず、ゆっくり食事をしていました。男性もシックな感じでした。」

裁判長が聞く。「二人はいかにも恋人という感じでしたか?愛情を表現する仕草などはありましたか?」

「いいえ、いかにも恋人という感じではありませんでした。」

二人が食事をしたオルナン市のレストラン

元学生寮の住人の証言:「I’m fucking terrified」

そして午後には、黒崎さんの学生寮に暮らしていた学生5人が証言した。2016年の4日と5日の間の夜に、「恐ろしい叫び声を聞いた」「ホラー映画のような叫び声だった」「最後に瀕死の人のような喘ぎ声が聞こえた」と証言した人々である。

そのうちの一人、現在はスコットランドに住むラシェルさんはビデオリンク方式で、英語で証言した。「私は当時、黒崎さんと同じ廊下にドアがある部屋102号室に暮らしていました。朝3時頃、叫び声を聞きました。普通の叫び声ではありませんでした。傷ついている、あるいは傷つけられている人の断末魔の叫び声でした。怖くなり、自分の部屋のドアに鍵をかけ、明かりを消しました」と。まだショックを受けているような様子でカメラを前にして頬を拭う。そして「あの時に警察に通報しなかったことを本当に悔いています。でも、私も怖かったのです」と付け加えた。

続いて、彼女は、「その数日前に、寮の通路で、今日、まさに被告席にいる人とすれ違いました。彼は共同使用の台所に隠れていて、不審な感じでした」と重要証言をした。

裁判長が「どんな感じの人でしたか?」と聞くと、「20歳代、あまり背丈は大きくはなくて濃い髪の毛の色の男性。白人だけれどもやや日焼けした肌の色。私にアメリカ人なまりの英語で話しかけてきました。黒っぽい服装でした」と。被告は微動だにせずに、顔色を変えずに、この決定的な証言を聞く。注意深く聞き入り、証人から目線をそらさない。

そこで、黒崎さんのフランスでの恋人、私訴原告の一人であるアルチュール・デル・ピッコロ氏の代理人であるシュヴェールドルフェール弁護士が質問する。「セックスしている音も聞こえましたか?」。(公判初日についての記事を参照。被告は、黒崎さんと情熱的なセックスをし、彼女が大きな声をあげ、それが寮の住人たちには「恐ろしい叫び声」として聞こえたとしている)。

ラシェルさんは「いいえ、それは聞いていません」と答える。そして「警察で被告の写真を見せられた時、私は心臓がひっくり返るような恐怖を感じました。寮の台所で私がすれ違った男性は殺人犯だったのだと、その時、直感したからです」と言って泣きだす。彼女は、当初、警察署で「I’m fucking terrified」と供述したという。

下記は学生寮内、黒崎さんの部屋。

そして、誰も警察に通報しなかった………

同じ学生寮に住んでいた30代の学生、フランス人のナディアさんは、自分で描いた学生寮の共同使用台所のデッサンを裁判長に提出した。デッサンは法廷内のスクリーンに映し出される。

彼女は言う。「あの頃、変なことがありました。台所の床に男の子が座り込んでいるのに出くわしたのです。膝に顔を埋めてしゃがんでいました。気味が悪かったので、私はミルクを温めてすぐに出て行こうとしました。その時、彼が出て行かないようにと私に頼んだのです。立ち上がると、髪の毛はぐちゃぐちゃで、長い間泣き続けたような腫れ上がった赤い目をしていていました。私がわからない言語で話しかけたので、『どうしたの?』と聞いてみましたが、理解し合うことができませんでした。」

再びシュヴェールドルフェール弁護士が質問する。被告の方を見ながら「あの人ですか?」と。ナディアさんは、「間違いありません、あの人です。」

続いて、黒崎さんと同じ1階の住人アンヌ・ロールは「バーンという音、そして叫び声、またバーンという物音。高い叫び声、そして何も聞こえなくなった」、「一晩中、眠れなかった」と証言。

135号室のナビルも「恐ろしい音」を聞き、3時26分に三階に住む友人アルノーから「聞いた?今の音」と言うSMSを受け取り、廊下に出て辺りを見回したが何もなかったので部屋に戻ったと供述した。

しかし、誰も警察を呼ばなかったのである………

「なぜ警察に通報しなかったのですか?」と質問する裁判長に対して、全員が「怖かったから」と答える。

これには、フランスでは警察に対する市民の信頼感が極度に低いことも関係しているように思う。「警察なんて呼んでも来るわけないじゃん」、「あいつら来るロクなことにならないから」というのはよく聞くセリフで、まったく根拠がないわけではない。3日に一人の割合で女性が元パートナーや現パートナーに殺されているフェミサイド(女性に対する差別的殺人) 頻発国だが、そのほとんどは、DVを受けるごとに警察に通報したが、対応がなかったために、殺されてしまったというケースだ。ちなみに、今回の事件の被告の出身であるラテン・アメリカもフェミサイド が多い地域だ。(筆者のフェミサイド に関する過去記事はこちら

目が眩むほど明白な証拠の数々

それだけではない。この公判5日目の午後には、黒崎さんの部屋を見つけるために寮の外部を歩き回っている被告と思われる監視ビデオの画像(下記)が法廷内スクリーンに映し出された。

全国紙、ル・モンド紙4月5日版は、『ニコラ・セペダ被告の裁判、目が眩むほど明白な証拠』とタイトルして、次のように報道した。一部を訳してみる。

スクリーンに映ったのは洗い晒しの薄色のジーンズ、黒いコート、フードを被って、手袋をした男性。2016年12月1日、0時31分。早足で歩き、数秒立ち止まり、監視カメラから消える。再び1時11分に同じ場所に現れ、携帯電話で写真を撮る。進み、引き返し、また写真を撮る。そして朝の6時14分、再び現れる。6時42分、7時12分。次の夜、つまり12月1日と2日の間の夜、同じ人物が20時33分、22時26分、そして2日の朝10時59分、16時15分。(中略)

この人物が監視ビデオに現れる時間と、被告が借りたレンタカーがブザンソン大学構内に駐車していた時間は、車のGPSと携帯電話を分析した結果、一致している。そして彼が4日間で合計13回立ち止まり撮影する部屋は、106号室、つまり元恋人である黒崎愛海さんの部屋である。

公判の初日、「彼女とはブザンソン大学構内に車を駐車した時にたまたま再会した」と供述した被告だが、もう覆しようのないほどの証拠が並び、目が眩みそうだ。(中略)

黒崎さんのお母さんと妹さんは、声を発せずに苦痛に打ちひしがれている。被告の父親は落ち着きなく、頭を後ろに倒し、額の汗をぬぐい、手を握り締めている。母親はといえば、証言台を虚な目で、放心状態で見つめている。二人とも、公判初日に、「私たちの育ちの良い息子は、黒崎さんの『失踪事件』とは無関係です」と証言した。

裁判長は、「セペダ氏には今日の数々の証言についてよく考えてもらい、明日、尋問を再開します」と言って、この息苦しい時を切り上げ、閉廷した。

証拠物件の数々。

法廷内の父親の存在が、被告に重くのしかかっているのか

地方紙L’Est Républicainは「続々と出てくる証拠を突きつけられて、果たして、被告は供述の方向性を、一部、あるいは全面的に変更するだろうか?これだけの証拠の嵐に耐えうるか?」としている。被告側弁護人はといえば、もうほとんど影が薄くなってしまっている。

ところで、黒崎さんのフランスでの恋人、私訴原告の一人であるアルチュール・デル・ピッコロ氏の代理人であるシュヴェールドルフェール弁護士が、閉廷後に、地方紙L’Est Républicainのインタビューに答えて示唆に富む発言をしている。

「明日こそは、セペダ氏に説明してもらいたいですね。ああ言えばこう言うといったのらりくらりとした曖昧な答えに我慢し続けるつもりはありません」と。そして、彼が、あまりにも多くの決定的な証言や証拠を前にしても、終始一貫して犯行を否定することについて、「セペダ氏の父親が法廷で一列目にいることが、被告がなかなか口を割らないと言う状況にかなり影響していると思います。家父長制度的な環境に育って、自分にとって権威ある人物が目の前にいると、自白しにくいのでは」と。

パリ在住ライター

慶応大学文学部卒業後、渡仏。在仏30年。共同通信デジタルEYE、駐日欧州連合代表部公式マガジンEUMAGなどに寄稿。単著に「フランス人の性 なぜ#MeTooへの反対が起きたのか」(光文社新書)、共著に「コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿」(光文社新書)、「夫婦別姓 家族と多様性の各国事情」(ちくま新書)など。仕事依頼はnatsuki.prado@gmail.comへお願いします。

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