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これまでの沈着冷静な仮面を脱ぎ捨て、被告が嗚咽。日本人留学生黒崎愛海さん行方不明事件の公判3日目

プラド夏樹パリ在住ライター
公判初日の模様を報道するル・モンド紙3月31日版

2016年にフランスのブザンソン市で起きた日本人留学生黒崎愛海さん(当時21歳)が行方不明になった事件で、殺人罪に問われている元恋人、チリ人のニコラス・セペダ被告に対する公判の3日目の模様を、ラジオ局フランス3と地方新聞L'Est Républicain紙の報道を基にしてお伝えしたい。

愛海さんは彼のことを怖がっていた

まとめてみよう。セペダ被告は、日本で筑波大に留学中、黒崎さんと恋仲にあった。しかし、黒崎さんは2016年9月からフランスのブザンソン大学に留学。その後、二人の関係は破局した。しかし諦めきれなかった被告は、2016年11月末にチリからフランスへ渡り、12月4日にブザンソンに留学中だった黒崎さんを訪ねた。その後、黒崎さんは行方不明になった。フランスの検察は、被告が学生寮の部屋で黒崎さんを殺害、遺体を近郊の森か川に遺棄したのではないかと疑っているが、遺体は見つかっていない。一方、被告は、黒崎さんと再会した後、学生寮内の彼女の部屋に泊まり、何事もなく別れたと主張している。検察側は、深夜に女性の恐ろしい悲鳴を聞いたとする寮生たちの証言や、被告が借りたレンタカーの走行履歴などを基に立証する方針だ。

3月31日は公判3日目だった。午前中は、東京から黒崎さんの友人たちがビデオリンク方式で証言した。その一人は、「セペダ氏と別れた後、愛海さんは彼のことを怖がっていた」、「愛海さんから『Facebookのアカウントに不正アクセスされた』と打ち明けられた」と証言した。

France3局の報道

「なぜ、行方不明になった彼女に連絡しようとしなかったのですか?」

午後は、被告の人格と黒崎さんとの関係にフォーカスされた裁判となった。仏警察のサイバー攻撃センター所属分析専門家と、黒崎さんが属していたブザンソン大学で学生の検診にあたっていた医師が証言した。

これまで至って冷静な様子を崩さなかった被告が、一瞬動揺して涙を見せた場面があった。

黒崎さんが渡仏して以来の恋人、私訴原告の一人であるアルチュール・デル・ピッコロ氏の代理人であるシュヴェールドルフェール弁護士の質問に対してだ。

同弁護士は、「あなたは愛海さんとブザンソンで再会し30時間の情熱的な時間を一緒に過ごしたと言いました。あなたは彼女を熱愛していた。再会は素晴らしく、何度もセックスしたとも。しかし、その後、彼女はたったの一度もあなたに電話をせず、メッセージすら送ってこなかったではありませんか?この法廷にいる人々は皆、あなたと同じような人間ですが、そこがわからない。そして、あなたも、『元気かい?愛海』といったメッセージを送っていない。再会がそんなに素晴しかったなら、なぜ、二人とも連絡し合わないんですか?あなたの主張は一貫していない。とんでもなく矛盾しています。」

これに対して、被告は、突然としてこれまでの仮面のような冷静さを捨て、「私が心配していなかったとでもいうのですか?違います!私は彼女から連絡してくれるのを待っていたのです」と泣き出す。

同弁護士がとどめを刺す。「きっと、愛海に連絡しない理由があったのでしょうね。亡くなった人に電話はしないものですから」

最後通牒ビデオと5つの条件

次に裁判長は、被告の「嫉妬深さ」に焦点を当てた質問をする。男性が、嫉妬から自分のパートナーを自分の支配下に入れようとして監視を強めるというのは、女性パートナー殺人の定番だからだ。被告が、チリの自宅から、黒崎さんのFacebookアカウントに不正アクセスするなど、フランスに留学中の彼女を「ネット監視」していた証拠が大量に挙がっている。

そこで、裁判長は、被告が黒崎さんにFacebookアカウントの友達リストから男性を削除するように命じたことについて質問する。被告は活気を取り戻し、通訳の間違いまで指摘。イヤフォンは横に置きっぱなし、裁判長に答えるのに通訳を待たずに返事をする。どうやら2020年7月から独房に入れられて以来、フランス語を猛勉強した様子だ。裁判長は、「なぜ、彼女のフランスでの恋人、アルチュール・デル・ピッコロ氏の名前を削除しろと言ったのですか?なぜ彼の名前が削除されなければならなくて、他の女友達の名前ではないのですか?」と。しかし、被告は、自分の嫉妬を、断固として認めない。

その後、被告が黒崎さんに送ったDailymotionの「最後通牒ビデオ」が法廷で映された。これは2016年9月6日、黒崎さんの渡仏の10日後に、被告が彼女に送りつけたものだ。(下記のTwitterの映像参照)

「つい最近、愛海は悪いことをした。二人の関係を続けていくために、彼女は今後、僕が出すいくつかの条件に従わなくてはならない。(中略)ここで私が言う条件には、フランス留学中だけ適用されるものもあるが、また永遠に適用されるものもある。(中略)彼女は、自分の行いに対して少々償い、自分を愛する人(筆者注:被告のこと)に対してこのような過ちを犯し続けてはならないことを、はっきり理解すべきだ。」

裁判長の叱責。「彼女はあなたとは別の人格を持った他者なのですよ!」

裁判長は、「愛していた男性からこのようなビデオを送りつけた若い女性の立場を考えてみたらどうですか?あなたの姉妹がこんなものを送りつけられたら、あなたはどう感じますか?愛海さんイコールあなたではないのです。彼女はあなたとは別の人格を持った他者ではないですか。自分以外の男性と何らかの関係を持つことを全面的に禁じるなんて、あなたは最低じゃないですか!」と被告を叱りつける。

被告は、弁明する。「私は二人の美しい関係を守りたかっただけです。『このままだったら、関係は破綻してしまう』、そう考えてのことでした。愛海にとって、私が初めての男性だったので、良い思い出を持ち続けてもらいたかったのです」「ですから、自分の日記という気持ちで作成しただけでした」と証言し、その後、黒崎さんにも送りつけたことを認めた。

裁判長は声を高める。「でも、そんなことを言うこと自体が、彼女を裁き、断罪することなんです。そんなことで彼女が良い思い出をもっていたとは、到底、思えませんね」

ところで、このビデオのなかで引用されている『関係を続けていくための条件』とは次の5条件らしい。

1.問題を起こさないこと

2.意地悪をしないこと

3.悪い言葉を使わないこと

4.何事に関しても交渉しようとしないこと

5.セペダ氏が良しとしない彼女の友達の連絡先を消すこと

「あの女に償わせてやる」

黒崎さんのフランスでの恋人、私訴原告の一人であるアルチュール・デル・ピッコロ氏のシュヴェールドルフェール弁護士は、閉廷後、ブザンソンの地方紙L’Est républicain紙の質問に答えて言った。

「セペダ氏は、彼女がフランスで自由を獲得したことに動揺したのではないだろうか?日本では『最初の恋人』として黒崎さんから崇められ、自らの非を振り返る必要もなかった彼だが、その彼女がフランスに行ってしまう。そして新しい友人に囲まれた環境のなかで、日本の行動規範からも自由になって人生を謳歌し始める。そのことに動揺してセペダ氏は、彼女に厳しい条件を突きつけたのではないだろうか?もちろん私たち(筆者注:フランス人にとってはと言う意味か?)にとってはちょっと厳しすぎる条件です。もう一つ、重要なことがあります。被告は2016年11月7日に、自分の従兄弟に対して愛海さんとの別れに苦しんでいることを打ち明け、『あの女に償わせてやる』と言っている。そして3日後、慌ただしく、突然にフランスに行く用意を始め、10日後にフランス行きのエアチケットを購入。愛海さんに会いに来る。それも、彼女に何の連絡もせずに……」

この日、閉廷は20時40分。最後に、被告側弁護士は静かに被告に話しかける。「検察はあなたが嫉妬深かったことを証明し、あなたに愛海さんを殺す理由があったことを明らかにしようとしているのです。嫉妬心があったことを認めるのを恐れているのですか?」と。「はい、誤解されたくないのです。特に、充分に主張させてもらっていないように感じます」と被告は疲れ切った様子で答えた。

パリ在住ライター

慶応大学文学部卒業後、渡仏。在仏30年。共同通信デジタルEYE、駐日欧州連合代表部公式マガジンEUMAGなどに寄稿。単著に「フランス人の性 なぜ#MeTooへの反対が起きたのか」(光文社新書)、共著に「コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿」(光文社新書)、「夫婦別姓 家族と多様性の各国事情」(ちくま新書)など。仕事依頼はnatsuki.prado@gmail.comへお願いします。

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