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国民の10人に一人が近親者からのレイプ・性的虐待の被害にあうフランスで期待される法整備

プラド夏樹パリ在住ライター
(写真:Cultura/イメージマート)

国民670万人が近親者によるレイプあるいは性的虐待に

2020年にIPSOS が発表した調査によれば、フランスでは10%の国民、つまり670万人が子ども時代に近親者によるレイプあるいは性的虐待を受けており、平均して9歳頃に最初の被害を受けている。子どもにとって家庭は保護される場であるべきだが、不幸にも、危険な場でもありえるのだ。

こうした未成年者に対する性犯罪を取り締まる法整備への第一歩として、1月21日、「成人と13歳未満との性的関係は、子どもの同意の有無にかかわらず重罪」という新法案が上院で審議され、全会一致で可決された。第一条項は「成人が13歳未満に対して行う挿入は、同意があろうとなかろうと20年の禁固刑」、つまり13歳未満の子どもと成人の間での性的関係においては「暴行や脅迫、不意打ちがなくても成人の側からの強制が推定され」、「同意はあり得ない」ということである。(日本では、刑法 177条で「13歳未満の者に性交した者は5年以上の有期懲役」と定められている)

また、フランスでは、身近で起きる未成年者に対する虐待の事実を知っていて告発しないことも軽罪にあたり、現在はその時効が6年だが、今回の審議では修正案として、10年に延長という案が採決された。

この法案を「生ぬるい」とする人々は多い。

マルレーン・シアパ元男女平等大臣は「では13歳1ヶ月の子どもの性的同意はありえるとするのでしょうか?性行同意年齢は15歳なのだから15歳未満とするべきでしょう」と。また、自分自身も6歳の時に性犯罪の被害を受けた精神科医のミュリエル・サロモナ氏は、子どもに対する性犯罪は無時効とする修正案が上記の法案審議の際に否決されたことに対して「欧州評議会では未成年者に対する性犯罪を無時効にと各国に勧めているのに、なぜ我が国の時効は被害者が成年に達してから30年、つまり48歳までなのでしょう? 子どもの時に性的被害を受けると記憶喪失することが多々あるので、訴えるまでには膨大な時間がかかるし、加害者が同じ犯罪を繰り返さないようにするためには無時効にして欲しいのです」と言っている。

今後、この新法案は下院での審議を減ることになるが、13歳か15歳か、また時効の有無が争点になりそうだ。

憲法学者として名高い義理の父による性的虐待

未成年者に対する性犯罪に対する社会の意識は確実に変わってきている。

折しも1月7日に近親姦を証言するカミーユ・クシュネール著の「La Familia Grande」(seuil社出版)が出版されたばかりだ。当初は初版7万部が予定されていたが、発売日に17万部増刷が決まった。

著者は自分の弟が13歳の時に実母の再婚相手、つまり義理の父である、オリヴィエ・デュアメル氏から近親姦を受けていたことをこの本の中で証言した。(フランスでは刑法222-31- 1により、被害者の親、祖父母など祖先、兄弟、姉妹、叔父、叔母、甥、姪、及び前述の人々のパートナーのうち被害者に対して監護権がある人が加害者である性的虐待とレイプは、近親姦とみなされる)

これまでにも近親姦を証言する本は1980年代から数回出版されてきたが、この本は今までになく、フランスの社会を動揺させている。というのも、このカミーユ・クシュネール氏の実父はNGO「国境なき医師団」の設立者の一人で、ミッテラン政権下で保健大臣、サルコジ政権下で外交大臣を務めたベルナール・クシュネール氏。また、近親姦を告発されている義理の父デュアメル氏は憲法学者として名高く、テレビやラジオに頻繁に解説者として登場する人物。現政権の要人とも親しく、2017年、マクロン大統領の当選パーティーに招待されていた。

同書は、この近親姦をきっかけにこれまで何の問題もなく暮らしていたブルジョア家庭が崩壊していく様子を如実に表現している。事件が起きた20年後、母は30代半ばに達した息子から、自分の現夫であり子どもの義理の父親であるデュアメル氏から子ども時代に性的虐待を受けたことを打ち明けられ、「何でもっと早くに言わないの?今からでは遅すぎるわよ」、「挿入がなかったならばレイプではないわ」、「真の被害者は私」と言い、夫を庇うことを選ぶ。著者は「その時、私たちは母を失った」と語る。

最後に著者はデュアメル氏に直接語りかける形で次のように書いている。「あなたは私たちの育ての親で実親ではないけれども、あなたが私の弟にしたことは近親姦なのよ。彼は、あなたのことを信頼して、また『性教育してあげるから』というあなたのバカバカしい言葉を信じて性的同意をしたかもしれない。でも、おとなが、子どもの信頼と性的同意を濫用するのは暴力なのよ。わかるかしら?子どもはあなたが喜ぶ顔を見たいし、また性という未知の世界を発見したいという気持ちもあって、あなたに『イヤ』とは言えなかったのよ。」

この本が出版されて約1週間後の19日、#MeTooinceste (#MeToo近親姦)というハッシュタグで約8万のTweetが流された。

「私は5歳だった。母の兄が私の子ども時代をぶち壊し、その後の一生を暗闇の中に放り込んだ。一瞬にして私は老女になった」。

フランスの社会全体が、近親姦というこれまで「他人事」だったことが、いかに身近に起きているかを目の当たりにして驚愕している。近親姦は鬱、自殺願望、拒食症、依存症を引き起こし、人格形成に多大な悪影響を及ぼし、被害者の平均寿命は被害を受けなかった人に比べて20年短いという調査結果もある。約670万人が被害にあっているフランス社会では、未成年者に対する性犯罪に対する早急な法整備が求められている。

マクロン大統領は23日、ツイッターでこれまでになく強い語調で「子どもに対する性犯罪に目を光らせ、彼らの訴えに耳を澄ませよう」とメッセージを送った。

パリ在住ライター

慶応大学文学部卒業後、渡仏。在仏30年。共同通信デジタルEYE、駐日欧州連合代表部公式マガジンEUMAGなどに寄稿。単著に「フランス人の性 なぜ#MeTooへの反対が起きたのか」(光文社新書)、共著に「コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿」(光文社新書)、「夫婦別姓 家族と多様性の各国事情」(ちくま新書)など。仕事依頼はnatsuki.prado@gmail.comへお願いします。

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