Yahoo!ニュース

スペインで個人の家賃帳消しを求める「家賃ストライキ」 欧州に飛び火するか?

プラド夏樹パリ在住ライター
スペインでは2012年の経済危機時に多くの人々が住居の強制退去を強いられた(写真:ロイター/アフロ)

スローガンは「給料なかった、だから、家賃も払わない」

Covid19感染者数が欧州一だったスペインでは2万人以上の国民が亡くなり、失業率は20%と予想されている一方、首都マドリッドを中心に、4月1日から個人の家賃帳消しを求める市民運動、「家賃ストライキ」ことHuerga de Alquiler(注)が起きている。

借家人組合が率いる200以上の住民グループが行っており、「給料なかった、だから、家賃も払わない」というスローガンで、いま、大きく発展している。今のところ15000人が家賃の支払いを拒否。5万5000人の署名を集め、私の住む国フランスにも広がりつつある。

フランスの左派メディア、メディアパールのルポによれば、マドリッドに住むヨガ教師は「仕事は4契約あったけれども、そのうち二つは帰休制度を利用ということになって、食料を買うのにも苦労している。……でも家主はいくつも賃貸アパートを持っている。何も億万長者にこの時期、家賃を払う理由はない」と言っている。

ストライキなぞ成功するはずがないというなかれ。すでにスペイン政府(中道左派社会労働党PSOEと急進左派Podemos連立政府)は

・ 非常事態が解除された後、6ヶ月間は借家人に退去を求めることはできない

・ 非常事態中に家屋の賃貸契約が終わった人は自動的に6ヶ月延長

という措置を3月からとっていたが、「家賃ストライキ」に恐れをなし、個人の家賃や住宅ローン返済に関するいくつかの措置を4月になって発表した。スペインは2012年の経済危機で多くの人々が自宅から強制退去させられたという苦い過去がある。

(1) 家主が大型賃貸会社や銀行の場合

借家人には2つの選択ができる。4ヶ月分の家賃を3年間で分割払い(利子なし)するか、50%に減額した家賃を通常通りの期日に払う。

(2) 家主が個人で、彼自身が経済的に貧窮している場合。

政府は借家人に月に900ユーロまでの家賃支払い支援金をだす。

(3) 6ヶ月分の家賃をゼロ利率で国が貸し出すマイクロクレジット設立

(4) 住宅ローンの返済は利子の増額なしで3ヶ月延期

(5) 使用料未払いを理由に水・ガス・電気を止めることを禁止。

これだけでも悪くないと思うが、家賃ストライキは今後も続く予定、いやもっと激しくなる模様である。

どうやら上記の(3)の「6ヶ月分の家賃をゼロ利率で国が貸し出すマイクロクレジット設立」が、ストライキ賛同者の意識を逆撫でしたらしい。「なんだって、国民の経済状況を考慮せずに、何が何でも家賃を払わそうとするのか? 私たちは、単純に、この非常事態下での家賃はなかったことにしてほしいだけ」というのである。

フランスでは家賃の期限は7月24日か?

同じく、Covid19の被害が大きかったイタリアでも、住宅ローンや消費者ローンの支払いが条件付きで18ヶ月延期された。

ドイツでは3月末、今年4月から6月にかけての家賃滞納を理由にした強制退去を2年にわたって禁止。2022年6月に支払わなければ、退去を言い渡すことができる。

しかし、私が住むフランスでは、中小企業への家賃取り消しなどの措置はあっても、腹立たしいことに、個人の家賃や住宅ローン支払いを援助する措置はない。ただ、家主と話し合った上でならば、外出禁止令が解禁になってから2ヶ月後、7月24日までに払えば良いという説もある。これも、ある新聞の法律相談の答えにすぎないので、ただの一説であり、政府からは何の発表もない。

例えば、私自身は、正規雇用であるのに収入は半額になった。

しかし、住宅ローンは待ってくれない。銀行に泣きついたが、「支払い延期はできますが、その分、高くなってしまいますよ」とのこと。

国が個人の家賃支払い援助をしないので、セーヌ・サン・ドニ市など社会福祉住居のいくつかは家賃の延期を借家人に提案した。1万8千戸を賃貸するPlaine Commune Habitat賃貸会社は、希望者には家賃の一部延期、あるいは全て延期し、外出禁止令解禁後、12ヶ月で分割払いを、サント・ウアン市のSemisoは全員に12ヶ月に分けて分割支払いを提案。政府が何もしないから、家主の方が動いているという事態である。

フランスでも「スペイン家賃ストライキ」は遅まきながら話題になりつつある。反政府運動「黄色いベスト」と結びついて飛び火することはなきにしもあらず。

非常事態下での「家賃の帳消し」はなんら初めてのことではないのだ。第一次世界大戦中(1914年から1918年まで)フランスでも家賃は取り消しだった。もちろん、家主の中には家賃を副収入に細々と暮らす人もいるだろうから一概に「帳消し」とは行かないだろう。しかし、Covid19パンデミックを「戦争だ」と言うのなら、4月から3ヶ月分の家賃は、政府がどうにかしてほしいものだ。

(注)「家賃ストライキ」ことHuerga de Alquiler:これはあくまで個人の家主に対するストライキではなく、北米のブラックストーンのような大手の不動産会社に対するストライキ。ハゲタカ投資会社として知られるブラックストーンは、ここ数年でスペイン一の不動産賃貸会社にのし上がり、現在約3万5千件の建物を所有。

パリ在住ライター

慶応大学文学部卒業後、渡仏。在仏30年。共同通信デジタルEYE、駐日欧州連合代表部公式マガジンEUMAGなどに寄稿。単著に「フランス人の性 なぜ#MeTooへの反対が起きたのか」(光文社新書)、共著に「コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿」(光文社新書)、「夫婦別姓 家族と多様性の各国事情」(ちくま新書)など。仕事依頼はnatsuki.prado@gmail.comへお願いします。

プラド夏樹の最近の記事