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がんの末期なのに緩和ケア病棟やホスピスを出される?(1)参院選の争点になっていない緩和ケア病棟入院料

大津秀一緩和ケア医師
(写真:アフロ)

緩和ケア病棟に入りたいのに入れないという現実

「先生、私は以前から、最後のまとまった時間は緩和ケア病棟で過ごしたいと決めていました」

70代女性で肺がんの終末期を迎えている鈴木さん(仮名)はそうおっしゃいます。がん治療はもう終了しており、推測される余命は数ヶ月以内です。

「私は独居ですし、在宅で最期というのもやってやれないことはないかもしれない。でも私は最後は緩和ケア病棟で過ごすことを希望しています。長年親しくしていた友人が数年前にホスピスで1ヶ月半くらい過ごして、本当に穏やかに亡くなったということもあります。がんの末期なのに、あんなに安らかに過ごせるなんて驚きました。それなのに……」

「それなのに?」

「なぜ私は、もうがん治療を受けていないのに、緩和ケア病棟に入院させてもらえないのでしょうか? 最近少しずつ足腰が弱ってきています。いつ歩けなくなるかと不安です。なのに『まだ早い、”本当に”悪くならないと入院できません』と緩和ケア病棟に言われるなんて。見た目とは違ってもう十分弱っています。それなのにまだだったら、いつ入るのでしょうか? しかも『入院が長くなったら帰ってもらいます、それを約束してください』と言われたのですよ? 驚きました……。それって今よりもっと足腰が弱っているのに、入院日数が長いからという理由で退院や転院させられるということなのでしょうか? いろいろ聞いて不安になってしまいました……」

終の棲家に安心して生活できない時、それは終の棲家と言えるのでしょうか。

今、日本の緩和ケア病棟・ホスピスはそのような問題に直面しています。

緩和ケア病棟・ホスピスとはどういう施設か?

緩和ケア病棟やホスピスは、主としてがんの高度進行期~終末期の方の入院受け入れを行う医療施設です。なお緩和ケア自体は、国のがん対策推進基本計画で「がんと診断された時からの緩和ケアの推進」が明記され、末期限定どころか診断された時から対象になるので混同しないように注意が必要です。

緩和ケア病棟やホスピスに関しては、がんの終末期の患者さんが、痛みや苦しみを可能な限り取り除いてもらって、穏やかな時間を過ごすために専門の医療者が治療・ケアを行う病棟です。

緩和ケア病棟とホスピスは多少ニュアンスが異なりますが、医療的にはほぼ変わりはありません。それなので緩和ケア病棟と記載を統一しますが、ホスピスも含んでいると考えて頂ければと思います。

だいぶ数自体は増え、現在届出受理施設累計415施設、届出受理病床累計8423床に達しています<日本ホスピス緩和ケア協会。2018年>。

しかしがんの年間の死亡者、つまり終末期を迎える方は、約37万人(2017年)に及んでいます。

単純にひと月あたりにしても約3万人が亡くなるということになり、それに比して数が十分とは言い難く、また都道府県によって人口当たりの数にはばらつきがあります。

そのような状況ですから、本当に必要な方を優先的に受け入れる必要があります。

それもあって元々、病気がそれなり以上に進行していないと入院予約の面談を受け付けてもらえないのですが、それをかなり厳密に運用していて、がん治療が一切終了していないと「入院予約面談」の”予約”すらもできないという施設も少なからずあります。

一方で、最近は治療の進歩で、がんにおいてはかなり後のほうまで治療することができたり、緩和ケアを並行しているとそれなりに元気に生活していたりするケースもありますから、いよいよになって「そろそろ緩和ケア病棟に入りたい!」と思っても、そこから入院予約面談の待ち→面談→入院受け入れ決定→入院の順番待ち・・・と待っている間に、患者さんが亡くなってしまうということがわりとよくあるのです。

そのため緩和ケア病棟に適切な時期に入れるようにするにはどうするのか、という疑問が生じます。基本的には、その実態をよく知っている紹介元の病院等の緩和ケア医や私のようなフリーの緩和ケア医に相談するという手段等がありますが、それをシステムとして解消しようということで導入されたであろうのが、これから述べる「診療報酬の2段階制」だったのです。

減らされる緩和ケアの診療報酬がもたらすもの

診療報酬が生じたり上がったりすることは、その分野が発展することにつながります。

実際、昨年から病院の緩和ケアチームが末期心不全の緩和ケアの診療報酬を得られるようになったので、最近とみに末期心不全の緩和ケアが話題になることが増え、熱心に取り組んでいる病院も出て来ているようです。

診療報酬が増えれば、患者さんが同じ医療行為に支払うお金は増えます。

私も患者経験があるので、負担が増えないことのありがたさは身にしみてわかっています。

けれども、二つの視点(患者側・医師側)双方から統合しても、正当な報酬が設定されてほしいと思います。それは、日本全体でその医療をより熱心に取り組むことに間違いなくつながるためです。結果的に患者さんに利益が返ってきます。

なお、国は緩和ケアを普及させるという方針と裏腹に、緩和ケア関連の診療報酬を引き下げています

  • 緩和ケア診療加算  4000円/日→2018年より3900円/日
  • 外来緩和ケア管理料 3000円/月→2018年より2900円/月

言っていることとやっていることが別の気が否めません。

同様に2018年、緩和ケア病棟の入院料が2段階制になりました。

特定の条件を満たすことで、多いほうの診療報酬を得られるようになったのです。

具体的には下記のようになります。

  • 緩和ケア病棟入院料1  50510円/日(~30日) 45140円/日(31~60日) 33500円/日(61日~)
  • 緩和ケア病棟入院料2  48260円/日(~30日) 43700円/日(31~60日) 33000円/日(61日~)
  • 2018年の改定前  49260円/日(~30日) 44000円/日(31~60日) 33000円/日(61日~)

なお、緩和ケア病棟は健康保険が適用され、承認施設の場合は医療費が定額制になります。

値段だけを見ると高いですが、高額療養費制度が使えるので上限があって差額ベッド代の負担がむしろ総費用を分けます

さて、何が入院料1と2を分けるのか。

簡略化して言うと、直近1年間で

A 全ての患者さんの入院日数の平均が30日未満であり、患者さんの入院意思表示から平均14日未満で入院させている

あるいは

B 患者さんの15%以上が在宅や診療所に退院する(※例えば、患者さんの9割が死亡退院すると満たさない)

を満たすと高いほうの診療報酬となり、満たさないと低いほうになります。

そして、条件を満たすと以前の(2018年改定以前の)報酬より高くなる一方で、条件を満たさないと以前の診療報酬より減額となってしまい、病院は同じことを同じようにしていても減収となります。

では、なぜこのような基準を設けたのでしょうか?

それにはある理由が存在します。

次回に続きます。

※冒頭の例は、実例を元に書いていますが、ケースそのままではないことをおことわりしておきます。

緩和ケア医師

岐阜大学医学部卒業。緩和医療専門医。日本初の早期緩和ケア外来専業クリニック院長。早期からの緩和ケア全国相談『どこでも緩和』運営。2003年緩和ケアを開始し、2005年日本最年少の緩和ケア医となる。緩和ケアの普及を目指し2006年から執筆活動開始、著書累計65万部(『死ぬときに後悔すること25』他)。同年笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。ホスピス医、在宅医を経て2010年から東邦大学大森病院緩和ケアセンターに所属し緩和ケアセンター長を務め、2018年より現職。内科専門医、老年病専門医、消化器病専門医。YouTubeでも情報発信を行い、正しい医療情報の普及に努めている。

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