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末期がんで緩和ケア病棟を1ヶ月で退院させられるのはなぜか?(2)参院選争点にならぬ緩和ケア病棟入院料

大津秀一緩和ケア医師
(写真:アフロ)

本来は回転を良くして入院待ち時間を減らすつもりだった?

70代女性で肺がんの終末期を迎えている鈴木さん(仮名)の前回紹介した訴えです。

「なぜ私は、もうがん治療を受けていないのに、緩和ケア病棟に入院させてもらえないのでしょうか? 最近少しずつ足腰が弱ってきています。いつ歩けなくなるかと不安です。なのに『まだ早い、”本当に”悪くならないと入院できません』と緩和ケア病棟に言われるなんて。見た目とは違ってもう十分弱っています。それなのにまだだったら、いつ入るのでしょうか? しかも『入院が長くなったら帰ってもらいます、それを約束してください』と言われたのですよ? 驚きました……。それって今よりもっと足腰が弱っているのに、入院日数が長いからという理由で退院や転院させられるということなのでしょうか? いろいろ聞いて不安になってしまいました……」

緩和ケア病棟・ホスピスは、がんの終末期の方が穏やかに過ごせるように設けられています。

それなのになぜ今、日本の緩和ケア病棟やホスピスは上のような鈴木さんが嘆かれる現状になってしまっているのでしょうか?

その答えは、診療報酬に課された条件と関連しているのです。

前回、2018年から緩和ケア病棟の入院料が2段階性になり、

直近1年間で

A 全ての患者さんの入院日数の平均が30日未満であり、患者さんの入院意思表示から平均14日未満で入院させている

あるいは

B 患者さんの15%以上が在宅に退院あるいは診療所等に転院する(※例えば、患者さんの9割が死亡退院すると満たさない)

を満たすと高いほうの診療報酬となり、満たさないと低いほうになることを述べました。

「それがどうしたの?」

と思われる皆さんもいらっしゃるかもしれません。「病院の診療報酬の高低なんて、何か関係があるのか?」と。

けれども実は、この条件によって「緩和ケア病棟やホスピスに、より入りにくく、退院も勧奨されやすくなる」という事態を招いているのです。

なぜこの条件が作られたと思われるか、説明していきます。

緩和ケア病棟は入院待ちが長いことが知られています。

実は、先述したAもBも入院待ちが短くなると、つまり回転が良くなると、高い診療報酬となる仕組みです。

Bは、在宅医等とも連携し、調子が良くなった患者さんをすぐに退院させることで、基準が達成しやすくなります。

つまり狙ったのは、待ち時間が短く緩和ケア病棟に入れるという改善です。結果、必要な人に順番が回って来やすくなる、ということを企図しているのでしょう。

この診療報酬を設定することで、「必要な方が緩和ケア病棟を使えるように」という理想は透けて見えます。

しかし、事態は思わぬほうに動き出します。

経営者の視点からすれば・・・

先ほど挙げたAやBの条件を満たすためには、

●ぎりぎりまで入院希望が出されるのを遅らせる(例えば「保留」等にする)

●できるだけ退院してもらう

という方策になります。

まず、患者さん側からすればあまり嬉しくない事態であることはわかります。

入院は遅らされ、早く退院させられかねないのです。

しかし、ある病棟では高いほうと低いほうの診療報酬では、年間1600万円も収入が変わってしまうのです。

岐阜の緩和ケア病棟医師である西村幸祐さんは次のように書かれています

病院を挙げて、すわ、「(筆者注;緩和ケア病棟入院料の高いほうである)1をとるぞ」となったわけであります。そのような気勢を上げたご施設も少なくないのではないでしょうか。

中山間部の比較的のんびりとしたロケーションにある当院は、限界集落を含む地域を医療圏としており、介護力・施設数・マンパワーがかなり不足しています。「やっと安心する場所を見つけた。」と当病棟に転院してこられる患者さんとご家族に対して、この仕組みは見事に医療者との対立関係をもたらしてしまいます。すなわち、「どこの病院に行っても、最初から追い出すことばかり言われる」という言葉に表されるように、医療機関からの圧力に怒りとともに困惑する患者・家族と、その“プロジェクト”を進めざるを得ないスタッフの軋轢です。

出典:日本緩和医療学会ニューズレター2018年8月

同じことをして収入が上がるならば、条件を満たすように推し進めるのが経営者の考え方です。

結果として「なるべくここ(病棟)にいたい」という患者さんを退院に急き立てたり、入院しようとしている患者さんに「またか」と思われるような「ここは長く入院できません。良くなったら移ってもらいます。ご承諾頂けますか?」と確認したりすることにつながってくるのです。

ただ様々な事情があってなるべく病棟にいたい方もいます。

在宅での介護力が足りなかったり、ご家族にこれ以上の迷惑をかけるのをしのびなく思い、早めに入院してずっと最期までと思う方もいるでしょう。

これまで緩和ケア病棟はそれらの個々の事情に向き合ってきました。

そもそも終の棲家の一つとして知られている緩和ケア病棟で、入院する側は最期を見据えて入院してきているのに、よもや「早く帰って。転院して」と言われるとは本末転倒です。

しかし一律に早く退院させないと病院が減収になってしまうようになり、現場のスタッフは経営と患者さん・ご家族の思いとの板挟みになったのです。

そして問題は、それを診療報酬が、つまり国が作っているということなのです。

まとめ

最期くらいは、安心して、急き立てられることなく、時間を過ごしたいというのは誰にとってもそうでしょう。

もちろん病棟が自助的に、帰ることができる患者さんを帰せるように努力することは大切ですし、緩和ケア病棟は公共性もある限られた資源であり必要な方に空けることが求められているのは広く一般に知ってもらうことが重要でしょう。

しかし、そこに金銭的報酬が設定された時、予測していなかった「入院の遅らせ」と「退院の勧奨」が起きてしまっているのが現実です。それが現在、がんの高度進行期から終末期を迎えている方やそのご家族を不安にさせています。

医療費全体のうち、終末期医療(死亡した人)にかかった費用は1割程度にすぎないと医療ジャーナリストの市川衛さんも指摘しています。

それをしゃにむに削ろうとするのではなく、むしろ穏やかに最期を過ごせる安心のため、条件によって診療報酬が上下することは止めて緩和ケア病棟入院料1に一本化すべきと考えます。

調べたところ、来る参院選において、この問題(緩和ケア病棟入院料2段階制の改善や、緩和ケア関連報酬の減額の解消)に直接切り込んでいる政党はないようです。残念なことです。

安心して最期を過ごせるような社会のため、変わっていってもらいたいと願います。

※冒頭の例は、実例を元に書いていますが、ケースそのままではないことをおことわりしておきます。

緩和ケア医師

岐阜大学医学部卒業。緩和医療専門医。日本初の早期緩和ケア外来専業クリニック院長。早期からの緩和ケア全国相談『どこでも緩和』運営。2003年緩和ケアを開始し、2005年日本最年少の緩和ケア医となる。緩和ケアの普及を目指し2006年から執筆活動開始、著書累計65万部(『死ぬときに後悔すること25』他)。同年笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。ホスピス医、在宅医を経て2010年から東邦大学大森病院緩和ケアセンターに所属し緩和ケアセンター長を務め、2018年より現職。内科専門医、老年病専門医、消化器病専門医。YouTubeでも情報発信を行い、正しい医療情報の普及に努めている。

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